第2話 改変

育望が部屋から出ると後を追うように次々に列を作っていた人達が部屋から出ていく。

すぐに呪鬼を倒しに行かなければならないからだ。


そんな中、残った部屋にいるおばば様に向かって恵美が心配事を零す。


「大丈夫ですかね…佐々木君。」

「心配かね。」

「そりゃぁ、ずっと同じ学校だったって聞くと親近感湧きますしせっかく助けたのに・・・。」

「まぁ十中八九、記憶が消される方を選ぶじゃろうなぁ…。あの子が恐怖に立ち向かえるとは思えん。」

「そんな!?」


おばば様がどれだけ知恵のあるお方か分かっている恵美はその予想が間違っていないと思い慌てるが手が無い。


おばば様はそんな姿に呆れて溜息を漏らす。


「先人様達が記憶を消して隠蔽してきたのも呪鬼と相対する事を選ぶ人が居なかったからじゃろうて。今回ばかりは儂の特権で例外を作り受け入れられるようにしたが・・・無駄骨だった見たいじゃな。」

「・・・。」


おばば様の感情に左右されない意見に返す言葉も無くただ黙って俯く恵美。

そんな恵美をあまり開かない目でチラリと覗くとおばば様は立ち上がった。


「儂は用があるから行くぞ。おや、そうじゃ。この佐々木育望という人物の個人情報も国に返さんとな。」


置いてあった紙の束を掴みそれを座っていた場所の裏にある部屋へと運び出す。


ひらり


その時一枚の髪がおばば様の手から離れて恵美の目の前に舞い落ちた。

見てはいけないと分かりつつもつい見てしまうとそこには


『佐々木育望の住所と地図』


が書かれていた。


それを確認した恵美は思わず素早く自分の後ろにおばば様から見えないように隠してしまう。


「ん?」

「どうしました?おばば様。」


唐突に振り向いたおばば様に驚きつつも態度でバレないように平然とした表情で伺う。


「いや・・・気のせいかの。ではな。」


そういうとおばば様は奥の部屋へと入り、その襖が締まると同時に姿を消した。


恵美は急いでその場から離れる。手に持っているのは先ほどおババ様の手から離れた紙で言うまでも無く育望の家へと行き説得しようとしているのだ。


トタトタ走り去る恵美が居なくなって静かになった部屋が静けさを取り戻す。


数秒後・・・・・・・・・・・・・・


奥の襖が開きそこからおばば様が顔を覗かせ、恵美が居ない事を確認する。


「やれやれ、世話のかかる子じゃのう・・・。上手く行くかは儂にも分からぬ。精々頑張れよ。」




.....................




気が付けば家の前に居た。後ろでは高級リムジンがエンジンをかけて去って行く。

自分の家の前でポカーンと目と口を丸くして気の抜けた表情をしながら立っている。


思い出せば結局あれから頭が考える事を止めていて車の中でもボーっとしているだけで何も考える事は出来なかった。


「あっ!やばいビニール袋忘れた!」


お忘れかもしれないが育望は買い物の帰りだった。しかし気絶から目を覚まし目を開ければそこにビニール袋は無くそのまま流れで忘れていたが・・・これが日常なのだと思い出すと記憶の扉が開いたように次から次へと思い出す。


「怒られるだろうなぁ。」


事実を言っても信じてくれないだろうし何より言ってしまえばきっと両親も記憶を消される羽目になる。記憶を消す方法は分からないが危険すぎる。


どんな年齢になっても怒られるのは嫌だなぁと思いつつ家の玄関のドアを開ける。


「あらお帰り。山本君って知ってる?その子が育望の代わりに買い物の袋持ってきてくれたわよ。あとでお礼いいなさいね。」

「分かった・・・。」(誰だよ山本って!)


間違いなくおばば様達の仕業だと確信したがそのまま部屋に続く階段を昇っていると違和感が目覚めた。


「もしかして家の場所を知られてるのか?絶対そうだよな、だって送ってもらった時だって・・・。」


あまりにも自然な流れだったため気が付かなかったが個人情報駄々洩れすぎる。

背筋がゾワゾワと電流が走り怖くなって急いで部屋の中へと入った。


部屋は真っ暗だが通常運転でつけっぱなしのパソコンを前に考え込む。

猶予はたった一日しかない。なるべく早くに考えておいた方がいいはずだ。


「や、やばすぎるだろあいつら・・・。記憶を消すだとかあの化け物・・・呪鬼って言ってたな。あんなの倒してるのか?」


少し自分があの呪鬼という生物相手に活躍している姿を想像するが情けない事に嫌な想像しか出来ない。


「無理無理無理!出来ない!あんなのと戦うなんて出来ない!」

「ちょっと育望うるわいわよ~。」

「ごっめ~ん♪。」


絶望の表情から一転勘づかれないように機嫌のいいように返事をする。


(危ない危ない、あまり大きな声を出すと下に響くんだった。)


こんな軽いやり取りももう1日も無い。あまりにも急展開過ぎる話に身体が拒否反応を起こしているがそれでも真面目に考えなければならない。


(何でこんな事になったんだよ。まーじ訳分かんね。)


さっきまで寝ていたはずなのに脳を酷使し過ぎたのかついつい横になりたくなり敷かれている布団の上で寝転がる。天井を見ながら少しずつ・・・少しずつ冷静に解決していく事にした。


(記憶消されるって言われたけどどうなるんだ?言うて俺昔の事なんて殆ど覚えてないし…。あんなのと戦うぐらいなら記憶消された方が楽な気がするなぁ。)


実感の湧き方の違いからか、次第に育望の考えは呪鬼と戦う事から記憶を消されてその後普通に生きる方がマシに思えてきた。


多少怖いという感情はあるが記憶を消されるというのはパッとしない。


時計を見ると既に夜中の9時。思いの他考えたなぁと思っていると部屋の扉がノックされる。


「(母さんかな?)開いてるよ。」


普段ノックなんてせず平然と開ける癖に珍しいなと思いながら返事をすると扉が開いた。


「安藤さん!?」

「お邪魔するわよ。」


母親かと思っていたが何と恵美だった。

恵美は部屋に入ると真っ暗な部屋が嫌だったのか勝手に明かりをつける。


「決めた?」

「まだですけど・・・。」

「それなら良かった。ねぇ、記憶が消されたらどうなるか・・・気にならない?」


気にならない訳が無い。是非話を聞きたいがどうしてわざわざここに来てその事を話そうとするなんて嫌な予感しかしない。それでも聞かない事は出来なかった。


育望が「なります。」と喋ろうとすると被せて恵美は勝手に話始める。


「全く別の自分が生まれるの。最初は不思議な感覚らしいわ。多重人格みたいに自分の中に別の性格の自分が出来てどんどんその別の自分が身体を支配していくの。そしていつか」

「やめろよ!」


思った以上に怖い話に思わず止めてしまう。「気になる。」と言っていなくて良かったと思いながら気が付けば額やこめかみから汗が流れて出ている。それも身体を動かした時に出る綺麗な汗じゃなくお化け屋敷など掻く嫌な汗だ。


「記憶消されても大丈夫だとでも思った?普通に生きていけるって。でもね、世の中はそんなに甘くないのよ、段々と自分が消えていく事を実感しながら死にたいの?」

「いきなり来て何を言うかと思えば・・・怖がらせに来たなら帰れよ!」


ただでさえまだ悩んでいるのに偉そうに語る少女に腹を立てた育望は大きな声を出して脅す。

このまま言い争いになると思いきや、恵美は目に涙を浮かべていた。


「そんなに怒る必要ないじゃない!馬鹿!」


先ほどの怖い雰囲気を纏わせていた少女とは思えないほど今の恵美は子供がムキになっている姿だ。

育望は思い出した。学校での恵美は確かこんな感じで本来がこっちの姿なのかもしれない。


「そりゃ誰だって怒るだろうよ。こっちはどうやって死ぬかって聞かれてる時にその死に方を選んだ時にどういう苦しみが待ってるかって教えられてるようなもんなんだぞ?怒らん奴いないだろ。」

「わ、私はそういうんじゃなくてただ…。」

「あんだって?」


恵美が何かごにょごにょと言いだして聞き取りずらかったため耳に手を当てて耳を差し出すとそこへ恵美は大声で


「あんたのためを思っていってあげてるのよーーー!!!!」

「!!!???!??!?」


耳の近くであまりにも大きな声を出されてしまって育望の耳は耳鳴りを起こしてしまった。

耳が聞こえなくなりそうで怖い…。


運がいいのか専門じゃないため分からないが数秒で耳鳴りは止む。


「俺のためって。実体験なのか?」

「そんな訳ないじゃない。ただ、私の友達がね、気づいちゃったのよ。この仕事の事・・・。」

「あっ。」


つい察してしまう。

恐らく恵美も話したくないだろうに勇気をだしてその友達について話しだす。


「普段は大人しい子だったんだ。喋る時も皆に話を合わせてくれる優しい子。でも何故か私が何してるのか気になって…尾行しちゃったらしいのよ。」

「尾行ねぇ。」

「付き合いも悪かったし理由もその場凌ぎだったから興味心をくすぐられちゃったんでしょうね。それで私が結界に入って行くところを見ちゃってその日からだと思う。段々様子が変わって行って明るくなっていったの。」

「ちなみにその子の名前は?多分知ってると思うけど…。」


この質問に特に深い理由は無かった。記憶力は悪くなく、少なくとも目立っている人の周辺の人達までは名前と顔を記憶している。


それが結果衝撃的な真実を知る事になる。


「黒瀬(くろせ)明乃(あけの)ちゃんなんだけど覚えてる?中学2年生の頃に転校した。」

「はぁ!?あの黒瀬か!?小学校も一緒だったけどあいつのどこが大人しいんだよ、ギャルだっただろ!」

「小学1年生から?」

「あぁ!・・・ン?」


それはおかしすぎる。いや、記憶が間違ってないはずがない、ギャルで特に派手だったから。でも小学生の頃から?小学生でギャルなんて印象に残り過ぎるに決まってる。でもなんだか・・・・


何かがフラッシュバックする。それは育望の知っている黒瀬とは違う別人の黒瀬だった。


変な話だが育望の頭の中には二人の黒瀬明乃が存在していた。


「どういうことだ。いっつ、頭が…」


思い出したその後に頭痛が走り大人しかった方の黒瀬の記憶を消そうとしてくる。今は教えて貰った事で意識して覚えられているがこれが単なる頭痛だと思えばすぐに忘れてしまいそうだ。


右手で頭を抑えつけるが痛みが引く様子は無い。


「これもお前等の仕業か?」

「これは私達の仕業じゃないわ。私達が消しているのはその人が体験した記憶だけ。自然の摂理で消された記憶が与えた影響はそのままに周囲の人間も似たように段々と過去を忘れて補完されてしまうのよ。」

「も、もう少し俺でも分かるように簡単な言葉でお願い・・・。」


多分これは高校に行っていないせいだから理解出来なかったという訳じゃないはずだ。


「えっとね?記憶を消すとその人が変わって行って性格が変わって違和感が残るでしょ?それを世界が違和感の無いように作り替える・・・って事なんだけど、これでいい?」

「すまねぇ、さっぱりだ。」


単語の一つ一つは今度は理解出来た。しかし並みの人間には到底理解し難い内容過ぎる。こんな内容が小学校から一緒だった人の口から出てくる事の方が驚きだ。



段々と頭の痛みは引いていき、溜息をつく余裕が出来た育望はやっとの思いで息を吐き身体の力を抜く。


「なぁ、一つ聞いても良いか?」

「答えられるなら。」


恵美は本当に答えられる事なら何でも答えてくれるような真剣な表情でこちらを見ている。今ならスリーサイズを聞いても答えてくれそうだが自分でも頭がおかしいんじゃないかと思って止める。


そして満を持して育望は質問を口にした。


「俺がもし仲間になったら、両親の記憶はどうなるんだ?」

「それは・・・」


恵美は言いにくそうに、だが答えないという事ではなく重たい唇で教えてくれる。

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No pain,No gain 鷲藁 童子 @kounozomu

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