第1話 不条理
自分が気絶してしまった事に気付きながら目を開ける。
どうやら寝かされているようで背中には馴染み深い布団の感触が伝わってくる。
「ここは…?」
目を開けてすぐ上半身を持ち上げて周囲を確認する。
床は畳と和風で部屋がとても広い。6畳の部屋の3倍はあるかもしれない。
ただそれ以外に特に目立った特徴は無く家具も置かれていない。
ただこの部屋の真ん中に寝かされているだけだった。
何があったか一瞬だけ振り返るが全く理解しきれず脳が痛み出した事で頭皮をポリポリと掻いて、思考を放棄すると立ち上がり部屋を仕切る障子に向かって歩き出した。
障子からは外からの光が漏れ出していて部屋は電気がついていないのに明るい。
何枚もある障子のうちから最も近い障子を開けて外の風景を見つめると縁側にその先の広い庭には石が敷き詰められその向こうには小さな森とそこに添う中ぐらいの池。
まるで歴史を題材にした作品に出てくるような古風な作りになっている。
その時誰もいなかったはずの後ろの部屋から足音が聞こえてきた。
後ろを振り返ると反対側の壁がこの障子と同じように開いていて、綺麗な模様が描かれている襖(ふすま)だという事に今更ながらに気が付く。
その足音の主は身長は172㎝である自分の胸の辺りにその子の頭があるほど体格が小さい。
青い髪のショートカット。俺があの巨大な生物に食われそうになった時に助けてくれた人で間違いない。
そして、俺はこの人を知っている。
「安藤(あんどう)…恵美(えみ)さん。」
安藤恵美。背丈が一般的には考えられないほど小さいが同学年で同じ学校だった。
勿論、俺が彼女を知っているのもその見た目にあった。
中学最後の身体測定では150㎝を越えず、物凄く小さい事で学年全体で有名になった。
マスコットのように扱われ、名前を知らない方が少数派だろう。
「私の事知ってるの?でもごめんなさい、私あなたの事覚えてないのよ・・・。」
恵美は礼儀正しく頭を下げ謝る。
当然だ。これが人気者と下層の人間との違い、一方的にこちらが知っているだけで向こうはこちらを知っている訳が無い。
「どこかで会ったとかじゃないです…。実は中学の頃同じ学校で恵美…安藤さんは有名だったので知っていただけです。」
「有名って。それこの身長の事じゃないわよねぇ???」
その小さな見た目からは到底思えない圧倒的威圧感に思わずたじろいでしまう。
自分よりも小さい相手に敬語だなんて違和感があったか本能が彼女の存在感を感じ取ったのかもしれない。
(身長にコンプレックスを持っていたなんて初耳だ。今後は言わないようにしよう)
「まぁいいわ。おばば様が呼んでるから着いてきて。」
「着いて行けばいいんですね。」
恵美に連れられてそのおばば様とやらがいる部屋に案内される。
とても長い廊下を歩きながら一つ気が付いたことがある。これほど大きなお屋敷(?)なのに人の気配が恵美以外無いという事。
先ほどの部屋もそうだったが生活感がまるでない。
「着いたわよ。」
ざっと5分ほど歩いた先に見えたのはひと際大きな襖。その奥から恵美よりも鋭い威圧感がぷんぷんと漂っている。
ここにいる事が場違いな事を思い知らされながらもここに居る事を強要されて心が痛い。
「私が開けるからそのまま入って。真っすぐにおばば様がいるから適当にその前に座って。あとはおばば様の質問に答えてればいいから。」
緊張で表情筋が固くなっている人に「適当に」というのは禁句だ。
既に頭の中には(適当ってなんだ・・・。適当っていうのは適当であって適当にしていいという訳ではなく・・・。)と適当がゲシュタルト崩壊してしまう有様。
そんな事をどうでもいいとばかりに恵美は襖に手を掛け一気に開けた。
そこは広く縦長い部屋だった。確かに奥におばば様と言われれば納得いくほどの高齢のお婆様が鎮座している。
問題はそこまで行くための道だ。
左右には強そうな人や賢そうな人が何列にも渡りおばば様へと続く道を作り出している。
その堅苦しい雰囲気から頭は何か悪さをしてしまったのかとネガティブな方向へと考えてしまう。
その間に身体は勝手に動きだし道を進む。
歩いている最中背中から刺されないかと心配になりながら歩いていると、左右の人達は怒っている様子は無くその逆で心配そうに見つめてきている。
おばば様から少し遠めの所に左右を見て全員正座しているという事が分かり正座しようと腰を降ろすと
「もう少し前にきんしゃい。」
「あっ、すいません。」
ちょっと遠かったようでもう少し前に進んでから正座する。脚が物凄く痛い。親指の爪が肉に食い込むし血が足に巡っていないのが分かる。
その前にまずは自己紹介だ。間違いなくおばば様は目上の方、先に自己紹介をして貰うのは無礼という物。
「あの、僕は…。」
「知っとるよ。佐々木(ささき)育望(いくむ)。年齢は16。ふむ、高校は通ってすぐ退学しアルバイトもすぐに辞めとるな。ほ~、恵美とは小学校から高校までは同じ学校じゃったのか。」
「・・・。」
育望の口を遮り、右太ももの隣に置いてあった紙を持ち上げると淡々とそこに書かれている経歴を読み上げられる。
思わず顔を伏せて周囲から降り注ぐ視線の雨を感じないようにしてしまう。
その時ちらっと横目に恵美が自分の左後ろで正座して座っているのが見えた。いつのまに!?
何もかもが知られているようだ。俺の何から何まで『悪い所も』。
「今度(こんたび)は本当に申し訳ない事をした。許してくだされ。」
「何が何だか…。」
おばば様は頭を下げ、誠意を見せて丁寧に謝る。
しかしそんな事をされても謝られるような覚えは無く困惑するだけだった。
それもおばば様がすぐに説明してくれた。
「見たじゃろう、あの禍々しい生物。あれは呪鬼(じゅき)と言ってな。何百年前から存在しているのか儂にも分からぬ。ただ分かるのはあの呪鬼を倒すのが儂等一族と、呪鬼を放って置くと地上はあの呪鬼によって滅ぼされるぐらい。」
「大変そうですねぇ。」
さっぱり理解出来ないが相槌を打つために顔をヘラヘラとにやけさせる。
「全くじゃ。普段は結界を張り、万が一にもその呪鬼のいる世界へ入らないようにしておるが・・・万が一の中にも万が一があるもんじゃのう。お主・・・育望が結界を越えてしまったのは儂等の管理不足が原因じゃ。もう一度謝罪をさせてくれ。」
おばば様はもう一度頭を下げ土下座する。
話を聞く限りだと本当に珍しいケースだったのかもしれない。しかし俺は無事だ。怖い思いをしたがこんなに謝られるなんてのはやっぱり気恥ずかしい。
「そんな、後ろにいる恵美さんに助けて貰いましたしそんな大袈裟な。この事は勿論他言無用しますし、それが要件なら僕はこれで…。」
この重く苦しい雰囲気からさっさと立ち去りたかった俺は失礼を感じながら話をまとめて帰ろうとする。
「あぁそうじゃな。このままただでは帰せん。」
「・・・え?」
先ほどまでの柔らかい物腰のお婆さんが気が付けば冷酷で残忍な言葉を言ってきた。
脳はまだ追いつけてはいないが身体がその言葉の真意を感じ取り逃走本能が沸き上がる。
だが身体はこの雰囲気から動く事を拒む。
おばば様はそんな矛盾しまくっている育望を無視し更に話を展開する。
「今回は完全に儂等一族に非がある。よって特例として選ばせてやる。『儂等一族の仲間となりあの化け物と戦う』か『死ぬか』じゃ。好きに選ぶとよい。」
「なん・・・っ!!」
それはあまりにも理不尽過ぎる選択肢だった。
育望の耳には『死ぬ』か『死ぬ』かという「はいorYES」並みの理不尽過ぎる選択肢にしか聞こえない。
あんな化け物と戦って無事に生き残れる自信なんてない。
どちらとも言えないおばば様の言葉に思わず激情に駆られてしまう。
立ち上がりおばば様を見下ろし大声でこの理不尽な選択肢について叩く。
「そんな理不尽な事があってたまるか!俺を普通に家に帰してくれよ!助けて貰った事には感謝してる・・・。でも勝手に巻き込んだのはそっちだって言ってたじゃないか!」
感情から次々と出てくる言葉に意味は無くただただ叫びこの胸のイライラを解消していく。
それでもおばば様は淡々と言葉を返してくる。
「生きて帰す方法はある。その代わりこの一族の関係者との記憶を消させてもらう。ただ運が悪いのう。恵美は良くも悪くも目立っておったし小学校から一緒とはなぁ。この場合小学生から今までの記憶を消させて貰うがの。それを生きとるというのならばそれもいいじゃろ。」
どうやらおばば様はあくまでの2択という姿勢を取っているようでそれが更にイライラを加速させる。
このまま無理やりにでも帰ってしまおうと思った矢先、右隣の男性が声を荒げた。
「なんだよお前!」
「こら、やめなさい!」
「いや、言わせてくれ!」
その隣の母親らしき人物の抑制では止まらず、怒りの表情を浮かべながら立ち上がる。
身長は育望とそれほど代わりはしないが、運動していない貧弱な身体とは反対に鍛え上げられた膨れ上がった筋肉が存在感と身体の大きさを主張している。
「な…なんだよ!」
俺よりも強そうな人が出て来た時声が小さくなっている自分が恥ずかしい。
如何に自分が弱く醜い存在であるかが分かってしまう。
それでも今更引く事は出来ず激情に身を任せて立ち向かう。
「うじうじ、うじうじ死ぬのが嫌だの理不尽だの。当たり前の事言うんじゃねぇぞ馬鹿にしやがって。まるで俺達が命張って呪鬼と戦ってんのが阿保らしいとでも言いたげじゃねぇかよ。」
「そんな事言ってるんじゃない!そっちが戦いたいのなら勝手だけど俺を巻き込むなって言ってるんだ!」
「俺だって好きで戦ってんじゃねぇ!」
男はここ一番に大きな声を上げて気持ちを発散させる。
そのおかげか男は落ち着いた様子で、育望もその大声で理性を取り戻す。
「俺の父さんは呪鬼との戦いの最中俺を庇って死んだ。兄も親戚の兄弟二人も。怖くない訳無いだろ。知り合いが、しかも目の前で死んだんだ。いつ死んでしまうかも分からない日常の中に俺は生きている。」
男は荒い息を整えるために一度大きく深呼吸をして更に口にする。
「俺には生かしてくれた皆に報いるために戦う責任がある。それをお前に求めるつもりは無い。だけどな、もうお前が生き残る道は俺と同じで戦うしか無いんだよ。男だろ、覚悟を決めろ。」
「そんな事言われても・・・俺には・・・。」
いくら説教をされた所で改心することは難しい。覚悟たってそんな事を「よしやっちゃお☆」で決められれば苦労はしない。足りないんだ、立ち向かう勇気が。
そんな育望の心の内を察してか否か
「一日やるから考えんさい。家までは車で送ってやるが・・・逃げるという事は儂等と共にするという話は無しとするからな?」
何も言葉に出来なかった。
頭がおかしくなりそうだ。現実を受け入れられないほど意識が遠のいてくる。
それでも止まらない逃げ場の無い選択肢の決定までたった1日のカウントダウンが始まった。
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