No pain,No gain
鷲藁 童子
プロローグ
子供の頃は自分が特別な人なのだと思っていた。
保育園、小学校の頃は運動も出来て勉強も出来て。
テストでは満点では無かったものの努力せずとも90点代。運動だって日頃動かなくたって50メートルではそこそこのタイムが出せた。
持って生まれた人なのだと思っていた。
ただそれは小学校卒業を境に・・・いや、その時の俺は井の中の蛙大海を知らずという奴だったのだろう。
中学に入ってからは勉強は難しくなり50点台が良い所。スポーツだってその時の俺よりも足が速く力持ちの人がうじゃうじゃと出てきた。
それでも俺は最初の頃は慢心していた。何も努力なんてせず好きな事を好きなだけやる生活。将来の事なんて一切考えずゲームをしたり漫画を読んだりと今思えば情けない人生を送っていた。
・・・勿論そう長くは続かなかった。
中学3年生は高校について考え始める人生の節目の最初と言っても良い大切な時期だ。
既に成績は最悪で両親からも度々注意されていた。体重も動かない割に食べていたためお腹も少し出ていた。
そんな俺でも高校を見据えて塾に通わせてもらう事になった。
運のいい事に父親はそれなりの企業の務めで収入はよく、母親も貯金を増やすためにパートに行っていたためお金はあった。
ただ今まで頑張ってこなかった人間がいきなり頑張れるという事は出来ず、成績はあまり伸びない。それでもモチベーションはあった。
俺には好きな子がいた。クラスでも明るく可愛いクラスメイト。当然そんな彼女は他の人達からも人気で俺なんかが告白した所で成功できる訳が無い。ただせめて同じ公立高校にだけでも行きたいと願っていた。
後半になるにつれ段々と長時間勉強し続ける事にも慣れてきて、あまり偏差値の高くない公立の高校だったこともあり模擬試験の最終判定は「B」。
塾の先生が言うには受かる確率は70%らしい。今までの人生の中で一番頑張った時期だった。
試験当日。判定がBという中々の結果だっため(自信はある。きっとうまくいく。)そう感じていた。
しかし、テストが配られてからそんな考えは消え去ってしまった。
テストが始まってから終わるまで、俺の頭は真っ白になった。自分の導き出した答えが正しいのかが分からない。
緊張と後戻りは出来ない状況に初めて立たされた俺は頭に血が昇ってしまい、最初の試験での失敗が更に緊張とストレスを生み、雪だるまのようにその思いは膨らんでいく。
それは本当の心の底に眠る日々の積み重ねによる「自信」という土台が俺に全くなかったからなのだろう。『間違えてはいけない』という場面においてそれは不可欠。
何度も消しては書き直し消しては書き直し。試験が終わるのはあっという間だった。
テストの答案では無く問題用紙に自分の書いた答えを書いて後ほど自分で採点するように塾の先生に言われていたため、持って帰ってから問題用紙に書かれている自分の答えを見て答え合わせをしたが信じられなかった。
前までは簡単に解けていた問題がどうやって解いたのかもわからない答えになっていたり枠がずれていたり、ちょっとしたミスが多すぎていた。
思えば試験前に感じていた自信も今となっては分からない。結論を言うと今まで努力せずに呑気に生活してきたつけが回ってきたのだ。
しかしあれだけ努力をしたにも関わらず失敗してしまった。その時の喪失感は今でも忘れられない。
【努力をする事の大切さと努力をする事に対する恐怖】を知ってしまった瞬間だった。
.....
高校には滑り止めに受けた私立に行く事になった。
好きだった子は無事合格出来たため離れ離れになってしまったけど、そこまで後悔は無かった。
問題は試験が終わってからの喪失感が残り続けてしまったという事。
学校まで自転車で15分とそこまで遠くない距離がとてもつらく感じた。
きっと頑張らなくてもこの高校には通えていただろう。それが更に(頑張らなかったらこんな気持ちには・・・)とつい考えさせられてしまう。
本当は俺が悪い。そんなのは分かっている。だけどそれを受け入れる事は俺のプライドが許さなかった。
高校は次第に行かなくなり、3か月後に自主退学。
両親からは「もういいからバイトだけでもしっかりしなさい。」と言われた。やけに優しかったため、理由を聞いてみると生気が感じられないとか言っていた。意味が分からない。
バイトは母親の紹介の元、スーパーのレジ打ちを始めた。都会では無く地方のため時給は850円。
最初の頃は週に6日入れたり退学の責任から頑張っていたが次第に身体と心がついていけなくなり4か月で辞めた。バイトのお金は全て母親に渡しそれからは部屋に籠るようになる。
部屋から出る時は大体ご飯を食べたり飲み物を取りに行ったりする以外無く、家から出る時は母親の手伝いでのお使いのみ。自分から何かの用事で外に出ていく事は全くしなかった。
そんな生活からまた半年、時期的には春になりもし高校に通っていたら高校2年生という学校にも慣れ、まだ大学受験に本格的にならなくても良い一番楽しい時期なのかもしれない。
高校を辞めた事に憂いが無い訳ではない。だがもう戻る事は出来ず、俺は日々『ワーク村』という求人のサイトを見ながらネットサーフィンに明け暮れていた。
とある日、また母親からお使いを頼まれて近所のスーパーに行った。最近はあまり頼まれなかったのもあり外に出るのは久しぶりで太陽が眩しい。
買い物も済ませたしご褒美にお菓子も買った。また動画でも見ながら横に寝転がる生活に戻るのだ。
この生活がいつまで続くか分からないがそんな事を考える力はすでに無い。
ビニール袋に膝を当てて自転車を漕ぎながら家へと戻る帰り道、高層マンションの近くを通った時何か音が聞こえたような気がした。
「何だ?何か聞こえたような…。」
足を止めてなるべく音を消し周りの音を探る。
それは映画とかで聞いたことがある建物が崩れ去る音。しかし当然マンションが崩壊や火災すら発生していそうにない。
(聞き間違えだな。)
あり得ない音が聞こえたから反応をしただけで本当に聞こえたとは思っていない。もしこの高層マンションが壊れているのならば今頃無事では済まなかったはずだ。
再び自転車のペダルに足を置き前進しようとした瞬間また音が聞こえてきた。
さっきの音とは違い、鉄と鉄とがぶつかり合う高い音。トンカチで釘を打つ時の音という方がイメージがしやすいかも知れない。
ただ不思議な事にその音は上空から聞こえてきた。
そんな事はあり得ない。しかし確認せずにはいられなかった。
すぐにまた足を地面にくっ付けてバランスを保ちつつ、今度は空を見上げる。
一目見た時は(また聞き間違えかよ。)と思ったがすぐに異変に気が付いた。
飛行機ではない空を飛ぶ物体。あまりにも小さく黒い点にしか見えないがUFOのようにふよふよと空中を飛んでいる。
「何だ…あれ。」
衝撃的な光景に喉仏を上下に動かし唾を飲みこむと周りの景色が一瞬にして変わった。
空は太陽が出ているにも関わらず半透明の黒色で塗りつぶされたように暗くなっていて、そのせいか周りも薄暗くなっている。建物の全ては崩壊していて足元にはさっきまで隣にあった高層マンションの名前が書かれている看板が半分に割れている。
それだけでもかなり異常だ。だけどそれも気にならないほど異常過ぎる物が目に映っていた。
上空の遥か遠くにあるはずなのに視界を覆うほどの巨大な空中浮遊をしている真っ黒な生物。
エイの様に平べったく正面だけでは無く更に横に3つずつの計8個の目。歯はギザギザで鋭く尻尾が長い。
周囲には先ほどの遠くて姿が把握できない黒い点が何個もうようよと漂っている。
今すぐ逃げ出したいが足が意に反してガクガクと逃げる事を拒んでいる。
いつからこんなに勇気ある身体になったのやら。
急にその巨大な生物の目の一つがこちらの方に向いた事に気が付く。
それと同時に巨大な生物は脳にまで響く低い音で叫んだ。
巨大な生物は平べったい身体を器用に動かし恐らく頭部である目と口のついた先を下にいる男に向け、浮力を失ったかのように口を大きく開けながら一気に突進してきた。
「あ…あ…。」
蛇に睨まれた蛙でただただ何とか出る声で恐怖を紛らわせながらその視界一面に染まる巨大な生物の口の中を見つめる事しか出来なかった。
身体が死を受け入れる。思考を放棄させ出来うる限りの恐怖を減らそうと何もかもを捨て去る。
ただただ何もせず親に迷惑をかけ続けてきた自分の人生を食いながら視界だけじゃなく、世界が真っ暗に染まる。
(死んだのか・・・?)
死後の世界という物なのか。周りは今までに感じた事のない突風で髪は乱れ、顔にヒリヒリとした冷気が当たる。現実的な感覚だったが身体が宙に浮いている気がして今自分がどういう状況下に置かれているのか分からない。
目を開けてみると目の前には先ほどの巨大な生物が地面で倒れ伏せていた。動く気配はなく死んだのかもしれない。
身体は宙に浮いていてお腹の部分に腕を回され担がれているようだ。しかもそれをしているのがとても小さい女の子。あり得ないと思いながらもこの現実は嘘か真か判断も出来ぬまま、俺は恐怖で気絶した。
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