Gun on the Moon.

naka-motoo

Gun on the Moon.

ほんの些細な立ち寄りだったのにこんなことになるとは思っていなかった。


社会人一年目の初めての正月。


わたしは実家に帰省していた連休明け、東京に飛行機で戻ってきた。

空港から電車を乗り継いで神田までやって来、そのまま地下鉄でアパートに戻る通常ルートではなくって、なぜか靖国神社にお参りしようと九段下で途中下車したのだ。


正確に言うと武道館に行ってみたかった。


なぜかって言うとわたしが学生の時に大好きだったロックバンドが新春のコンサートを今晩行うのだ。


わたしは観に行くわけではないんだけれども。

懐かしくって祭りの前の高揚した空気感を味わい、ちょっとだけ学生気分に戻りたかった。


さすがに武道館に行く前に神社にお参りしようと、大きな大きな鳥居をくぐった。

まだ幕内だから参拝客が大勢いる。


道路を渡ってもう一つの鳥居をくぐるとようやくたどり着いた。


本殿に歩く途中、左側に何人も人が並んでいるのでちらっと見てみる。


戦没者の手紙が掲示されていた。


わたしもなんとなく見てみる。


内容は、結婚してまだ間もない若い父親がこれから外地に赴くという時、家族に宛てたものだった。

どうやらまだ生後数か月の女の赤ちゃんがいるらしい。奥さんにその子と同居している自分の両親をくれぐれも頼むという言葉がまず綴られる。そして最後に奥さんに対して、『君には、すまない』と一言だけ労っている。

わたしは何よりもこの文章の簡潔さに胸を打たれた。


「すみません。僕と一緒に来てくれませんか」


手紙の内容に涙を滲ませていたわたしは突然声をかけられた。はっ、と振り返ると、銃をわたしに向けて、男の人が立っていた。


なんだろう。

ウールの黒いコートを羽織り、ボタンを止めない胸元からはクリーム色のセーターが見えている。

若い。

学生、っていう感じがする。


その『男の子』があまりにも静かで堂々としていたのでしばらくそのままの状態でいたけれども、さすがにざわざわと周囲の人たちが騒ぎ始める。


この場所らしく正装した近衛という風貌の警備員が近づいてきた。


「君、何をしているんだ」


「近づかないでください」


彼は銃を両手で握り込む。


「近づいたら撃ちます」


群衆もそれ以上のざわめきをあげることはない。


ただ遠巻きにしているだけだ。


「警察が来ます。その前に僕と一緒に来てください」


どうしてわたし?


何がしたいの?


あなたは誰?


種々沸き起こる疑問を押し殺し、わたしはただこくこくと頷く。

彼はわたしの手を握った。

そのまま境内の外へ向かって歩き出す。

なんとなくだけれども、彼の手の保湿や体温から、想像以上に若い子ではないかという印象を受けた。


「後ろに乗ってください」


小さな青いバイク。

こんな状況の中だというのにわたしはそのシルエットをとても美しいと思った。


「止まりなさい!」


警官が2人、わたしたちの方へ銃口を向けている。


彼は警官には何の反応も示さずわたしに促す。


「乗ってください」

「わたし、バイクとか乗ったことありません」

「怖いかもしれませんけど、我慢してください」


わたしは彼よりも警官たちに急かされているような気がしてそのまま後ろに座った。

彼は落ち着いた様子でバイクを出す。

後方で警官が無線に大慌てで何やら怒鳴っている声が聞こえた。


「僕は、サメユキ。もしよかったら貴女の名前を」

「・・・ユキノ」

「ユキノさん、ほんの30分ほどだけです。しばらくお付き合いください」


バイクのエンジン音はさほどうるさくはなかった。会話は成立する。


「サメユキ・・・さんはすごく若いですね?」

「14歳です」

「えっ!」

「だから、呼び捨てでいいですよ」

「・・・サメユキくんは何でこんなことを」

「逃げたいんです」

「逃げる?」

「はい。いじめられてるので」

「学校で?」

「学校でも、家でも」

「だからって、何でこんな」

「周囲の年長者はあてにならないので。自分の身は自分で守るしかないですから」


飛躍しすぎだと思った。

しかも、14歳。

わたしはもうひとつ核心に触れてみる。


「その銃はどうしたの?」


「いじめのスレッド見てたら、昔いじめられてたっていう暴力団の人が居て。僕の計画を話したら、銃とバイクを提供してやるって」

「お金は?」

「要らないって言われました。でもその人、何日か後に覚醒剤所持で逮捕されました」


軽い優しいエンジン音でバイクは都会の真ん中を走る。


「少しガタゴトします」


彼はコンクリートで固められた川へ降りる石階段の、自転車用通路を下る。謙遜の割にはとてもスムーズな走りだ。


「運転、上手」


なんとはなしに褒めたら彼は頭のうしろに手を当てて恥じらった。


「バイク、初めてなんですけど」


そのまま川ベリのコンクリート通路をずっと走る。


遠くでパトカーの音がする。


「ユキノさん、すごいですね」

「え? 何が?」

「だって、こんな状況なのに取り乱しもせずに」

「そうね・・・なんでだろ。サメユキくんが犯罪者っぽくないからかな」

「ありがとうございます・・・なんですかね?」

「ねえ。わたしサメユキくんがいじめられてるなんて信じられない。こんなに冷静で行動力があって。銃まで普通に扱ってる」

「でも、多分撃てませんよ。怖くて。それに僕は真性のいじめられっ子です」

「そんなこと・・・でも、普通に逃げる方法もあったんじゃない?」

「親から逃げるためには心底ビビらせておかないと。犯罪に絡めて闇に消えた、って感じにしたいんです」


彼は今度は石階段の中央にあるスロープをバイクで駆け上がった。上がりきると、バンパーが折れたボロボロの車がハザードランプをつけて川のガードレールにぴったりと停車していた。


「ユキノさん、ここでお別れです」

「その車は? どこへ行くの?」

「・・・NPOです。一応、警備関係の」


そんな訳ないって小娘のわたしにだって分かる。警備という言葉から、武器という言葉をわたしは連想する。


彼は運転席の日本人顔の男と多分英語でやり取りしている。男が銃をなんとかしろと言っているようだ。


「これ、あげます」

「え」


彼は銃をわたしに手渡す。


「僕を撃ってもいいですよ」

「ううん。わたし、実は途中で殺されるんだろうなって思ってた」

「そんなこと・・・しません」

「サメユキくん、最後に教えて」

「はい」

「なんでわたしだったの?」

「泣いてたから」

「え」

「手紙に泣いてたんじゃないでしょう」

「そっか。分かるんだね」

「それから、ユキノさんの顔がタイプだったから」

「ふふ」


男が低い声で彼をせかす。


「じゃあ」

「うん」

「さよなら」

「さよなら」


車が行ったあと、パトカーの音が少しずつ近づいて来た。


わたしは彼にもらった銃を持つ右手をぶらん、と下げて、そのままぶらん、ぶらんと遊ぶようにして有明の月を見上げた。






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