三、世界が腐り始めた日

 そうして、彼の物語は始まりを迎えました。



 ***



「めでたし、めでたし、か」



 ぐっと大きく伸びをしたその少年は、持っていた羽ペンを机に落としました。

 途中まで文字が書かれた紙に、数滴のインクが飛び散りました。



「なるほど、なるほど。なかなかの経歴だな」



 金色の髪を揺らし、少年は椅子の背もたれに体重を預けました。

 座り心地がよさそうな椅子が、少年の重みで小さく揺れました。



「そうか、そうか。なかなかの人材が手に入ったもんだ」

「はあ、まあ」



 少年の向かいで、長い白髪が揺れました。

 困ったように頭を掻くその人に、金色の髪の少年は言いました。



「なあ、俺もこいつが欲しい」



 その言葉に、白い頭が小さく傾きました。

 少年は楽しそうに笑って、続けました。



「こっちに寄越す気はないか? レスティオール」



 その問いかけに、白い髪の彼……レスティオールは、にやりと笑って見せました。



「いくら本部長の頼みでも、それはさすがに聞けませんな」

「どうしてもか?」

「どうしても」

「何故だ?」



 笑みを浮かべたままで、レスティオールは言いました。



「あんな問題児、俺じゃなきゃ御し切れませんよ」



 やけに自信満々なレスティオールに、金色の髪の少年は目を丸くしました。

 それから小さく噴き出すと、声を上げて笑い出しました。

 ひとしきり笑った後で、机に置いたままの紙に視線を落とし、少年は笑ったままで言いました。



「じゃ、問題児じゃなくなったらくれ」



 今度は、レスティオールが目を丸くしました。

 その表情を見た少年は、実に楽しそうに笑っています。



「こだわりますね?」

「大事なことだ」



 そう言って立ち上がり、少年は背中側の窓から眼下を見下ろしました。



 そこから見えるのは、『世界樹の森』の上空の風景。

 少年がいる建物を中心に、空が四色に別れています。


 北は夜のような黒い空。

 東は昼間のような青い空。

 南は夕方のような赤い空。

 西は朝のような白い空。



「早めに頼むぜ、レスティオール」



 少年は視線を下げて、呟くように言いました。

 その視線の先、建物の周囲の樹が数本、音を立てて枯れていくのが見えました。



「『終末』が来る前に、どうにか」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ワールドアウト・ロストマン くつぎ @ku66tsugi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ