孔雀壺

安良巻祐介

 

 不思議な羽を持つ獣が彫られた、白磁らしい綺麗な壺の中に、青みを帯びた、真っ黒い液が満たされている。

 細い象牙の軸に蔓草模様の彫り込まれた筆をその中に浸すと、思っていたよりも重たい感触が筆先をとらまえる。

 筆を引き上げ、兎皮紙の表面に滑らせれば、漆黒とばかり思っていたそれは、赤や青や翠や金や、とりどりの色をそこに滲ませ、稜線を描くなら峻険たる山々の夜明けの端を、円を描くなら天鵞絨に鎮座する呪われた宝玉を、星を描くなら秘められた魔術の印を、人を描くなら狂気に躍る虹死病の公爵を、それぞれ望むと望まざるに関わらず、顕現させる。

 闇はすべての色を内包する。

 その中には、森羅のあらゆるものが蠢き呼吸している。かの壺に満たされているのは、それである。

 我々の部屋にはいつも等しくこの白磁の壺があり、みな夢うつつに筆を執る。そうして閉じかけた眸のさき、壺の腹の辺りで羽根の生えた獣が笑っているのを、微かに、柔らかに感覚するのである。

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孔雀壺 安良巻祐介 @aramaki88

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