買い物

鯖みそ

買い物

陽光が激烈に照りつける猛暑の日だった。あまりの暑さに茹だれる人々が多いに違いない、だから今日は市場に赴くような人は居ないに相違ない。そう思い立ったので、女は市場に買い物をしに出掛けたのであった。

だが、そこには蠢く大衆の熱狂があった。女はこんな猛暑日に、まさか出掛けるような輩が大勢いるとは思えなかった。だが、実際にそこには大衆が離合集散を繰り返しながら、せわしなく市場を歩き回っていたのだった。

これに女は呆れ返ったので、どことも知れる人間の波に揉まれるのは非常に不愉快だと思い、買い物は諦めることにした。

そして、不意に女が口走った。

「そうだわ、蟻を踏み潰したかったのね。私は。買い物をするのはその口実だったのよ」

そう言うが早いか、今度は市場から外れて、左側の軒先にある公園へと歩を進めた。

彼女は買い物をするために出掛けたのだが、公園は市場からあまり離れていなかったので、数分後に着いた。

彼女は、持っていた鞄を下ろし、眼球を抉り込ませるように、屈みながら砂庭を見下ろした。 背骨を歪ませ、老いた鶏のような足取りで蟻を踏み潰そうとしていた。しかし蟻はどこを見渡しても存在していなかった。代わりに、小さな団子虫が群集していたので、それを一匹だけ殺そうと、右足を十分に浮かび上がらせると、そのまま踏み潰した。

だが、団子虫は暫く死なずに、わずかに無数の足をはためかせた後、微動だにしなくなった。女はすぐにこいつを殺そうと憤激し、足を上げたというのに、女のを超えて虫はわずかに生存したのだ。

この精度が、再び女を狂わせる……。

女は何かに取り憑かれたかのように、奇妙な勢いをつけながら歩き続け、もう一度市場へと向かった。

するとよりも、人の波は薄れ、女が当初考えていた通りの、普段の閑静な気配に戻っていた。

女は喜んだ。改めて一致した時の歓びを噛み締めていたのだ。あたかもが自然に巡っているように感じた。女は平静さを取り戻した。そうして女は予定通りに、少しばかりの野菜と鮮魚を購入し、帰路についた。

女はこの精度に喜んでいた、そしてこれがあたかも持続するように錯覚していた。


翌朝、女は死体となり発見された。解剖の結果、これは事故死であった。女が帰路に着こうと道路を横切った際に、黒い車両が異常な速度で、女を羽虫のように踏み殺したのだった。の事故であった。




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