聖人君子

川林 楓

街一番の聖人君子。聖人君子は些細な事で追い込まれていく。現代社会にはびこる身近な恐怖を描く。

海辺の小さな港町。観光客もあまりいない。唯一の観光スポットは、有名な建築家がデザインした時計台だ。そこにカップルで来ると幸せになれるという噂が若い人中心に口コミで広がり、周辺の街や山脈の向こうの山あいの街からも人が訪れるほどだった。しかしまあ普段は田舎のとっても静かな街である。この空気も止まるような静まりかえった港町に、この街で一番の聖人君子がいた。年は二十六歳。まるでモデルのように長身で頭が小さい美男子である。色白だが健康的な顔つきは皆に愛されるものだ。老若男女問わず、誰もが「この街で彼以上の聖人君子はいない」と口を揃えて言う。

 なぜ彼がそこまで言われるようになったか。日頃の品行方正な態度も当然あったのだが、ある出来事が大きかった。

 それは二年前の六月。梅雨の真っ最中のある日。一人の女性が立入禁止の表示を無視して時計台の屋上に上がった。そして屋上の柵を飛び越え、落ちる寸前のところに突っ立っていた。自殺志望者だ。時計台の下から警察官が説得を試みるがその女性には響かない。全く反応なくじわりじわりと飛び降りる歩みを進めていく。右足がスッと屋上の地面から離れた。バーッと体が勢いよく下に落ちる。黒山の人だかりとなっている野次馬は、重力の存在を如実に感じた。地面に叩きつけられるそう思った瞬間、ある男が下で盾になったのだ。そんなに頑丈そうでもない長身で細身の体を投げ打って両腕でその衝撃を受け止めたのだ。衝撃は大きく両腕だけで女性の体重を支えきれず男は背中から後ろに倒れた。ドーンと大きな音がする。「大丈夫か」と皆が固唾を飲んだが男の声が聞こえて安堵した。

「生きていたら何か良いことあるよ。みんな生きてて良かったなって思う夜があるよきっと」歓声が上がった。

自殺志望者の女性は泣きながら答えた。「ありがとう。やっぱりまだ死にたくない」

 この一連の状況を動画で撮影していた者がおり、ネットに拡散された。それ以来、この男は街一番の聖人君子というニックネームを自分のものにしたのだ。聖人君子と呼ばれたいという願望など別になく、自分の身の回りでできることをしているだけだった。

 

この街で唯一の小学校である山崎小学校でも、その出来事は皆が知っているし、街一番の聖人君子のファンは多い。

小学四年生の啓太らのグループでもその話によくなる。

「俺見たよ。日曜日にショッピングモールで」

啓太の親友であるタロウくんが嬉しそうにそう話した。10月はじめの火曜日の放課後。帰り道である。

 啓太は興味津々でその話を聞いた。身の周りの大人にそんな人はいない。父親なんか夜はベロンベロンに酔っ払いいつもぐだを巻いている。日曜日は競馬三昧でどこにも連れて行ってくれない。その存在自体が反面教師である。

 そんな父親を毎日見ている啓太には街一番の聖人君子の存在は大人を見る目を変える機会であり人生の指標を見つける機会であると思えるのである。


「どんなんだった」

 啓太の目は輝いている。

「あの人はやっぱすごいよなあ」

 タロウくんはだいぶ自慢げに答える。

「ショッピングモールでさ。階段登る時に荷物いっぱい持ったおばあさんが隣にいてさ。聖人さんが荷物持ってあげてたよ」

 やっぱりすごい。胸の奥から熱いものがこみ上げる。啓太は目を輝かせた。そんな大人になりたい。心から思える。

 ワイワイと円になってそんな話を続けていると、廊下を歩いている教頭先生が話しかけてきた。教頭先生は頭がハゲ上がっていてタコ焼きと影では呼ばれている。

「おー街一番の聖人君子の話。自慢じゃないがワシは街一番の聖人君子の担任をしていたんだぞ。十五年前だからワシが四十歳の頃だな」

 みんながワッと盛り上がる。

「えーどんな小学生だったの」

 タロウくんが尋ねる。

「あいつは凄かったなあ。あいつが小学五年生の時だな。あいつと同じ登校班に、小学一年生のいじめられっ子の男の子がいたんだ。その子は同級生のやんちゃグループにいじめられていたんだ。それをあいつは許せなくてな。同じ登校班だから弟も同然だ。いじめるなんて許せないと、いじめっ子の家一つひとつを回ってそんないじめは止めるように本人と親に説得してまわったんだ。そのお陰でいじめはすっぱり無くなった。やはりあいつは小学生の頃から違ってたなあ」

啓太たち全員から感嘆の声が上がった。

「すごいなあ。街一番の聖人君子の先生なんて神様みたい。教頭先生のこと見直した。もうたこ焼きなんか言わないよ」

 無邪気なそんか言葉を怒らずニコニコと教頭は受け流す。街一番の聖人君子が教え子にいるという事実が、教頭自身のステータスを上げているように啓太には思えた。職員室へ戻る教頭先生のハゲ頭は紳士のそれに見え、啓太は神々しい気持ちになった。

「おい、お前ら早く帰れ」

そんな啓太らの気持ちを抑えこむように男の人の大きな声が後ろから聞こえた。担任の森先生だ。

「全く教頭先生は何度同じ話ばかりしてるんだ。街一番の聖人君子の素晴らしい話はもっとあるだろう。そんな中途半端な昔話、いつまでもするものじゃないだろう」

呆れた様子で話す森先生も街一番の聖人君子のことが好きだというのが、その声のトーンで啓太らにはわかった。


日曜日のある日。啓太は駅前の映画館に母親と訪れた。映画館の前の喫茶店で啓太は街一番の聖人君子を見かけた。街一番の聖人君子はなんと恋人とデート中だった。

恋人は街一番のリゾートホテルの令嬢。二人が付き合っていることは誰もが知っている事実である。その令嬢は、お金持ちであることを鼻にかけず清楚な外見と同様に心も綺麗だと評判だった。

「街一番の聖人君子とお似合いだ」

 大人のカップルを見ても今までなんとも思わなかったが啓太だが、こんなにも理想的なカップルがいるのだと小学生ながら感心した。

 街一番の聖人君子は振る舞いも紳士である。店に入るときは扉を開けてあげているレディーファーストの姿勢。テーブルに座るときは彼女の椅子をひいて座らせてあげる。すべてが絵になる。さすかに街一番の聖人君子である。

 街一番の聖人君子はやはりスゴイ。仕草もマナーも完璧なのである。本当に素晴らしい。啓太は心から感動していた。こんな大人になりたい。こんな男になりたい。こんな恋人を持ちたい。

自分の人生の全ての指標になった。

 インターネットの掲示板でも、街一番の聖人君子のスレッドがたつまでになった。今や街一番の有名人。皆がそのスレッドに賛辞を書き込んでいった。

「今朝もごみ拾いをしている街一番の聖人君子を見かけました。本当に素晴らしい」

「夕方のランニングをされていて挨拶をしたら笑顔でかえしてくれた」

「電車で横入りしようとしている人に優しく注意をしていた。その立ち振舞いが素晴らしい」

 賛辞は止まない。皆が聖人君子の虜になっていた。啓太はその書き込みを見るとまるで自分が褒められているかのように嬉しかった。啓太自身も書き込んでみた。喫茶店で見たあの光景である。

 皆がまるでお祭りのように街一番の聖人君子の話で盛り上がっていた。

が、ある日、一つの書き込みがターニングポイントになった。街一番の聖人君子を褒める書き込みが続く中、その素晴らしさに嫉妬した者の書き込みだ。今までにもそんな書き込みは散見されたが大概スルーされていた。なぜ今回の書き込みが人の目を引いたのか。恐らくは、掲示板に参加するものが、少々賛辞の言葉に飽きていたからだろう。

 その書き込みはこんな内容であった。

「確かに良い人だけど、あの聖人君子たまに目が笑ってないよね」

 本当に些細な書き込みである。しかしなぜだろうか、ここから風向きが変わった。

「わかるw」「そうか?別にそんな風には思わないけど」「また出てきた。自分の出来の悪さを棚に上げて人を叩くバカいるよな」「無知なアホはムチに打たれて死ね」「クソバカでて来た失せろ」

 街一番の聖人君子を守ろうとする者の数が増えすぎたのだろうか。返信の言葉が悪い者が一定数でてきた。どちらかと言うとその者への反発が多かったのだが、無記名の掲示板では反発で生じた怒りを直接向けることができない。

 そのため自然と大きな的を獲物にするようになる。ネットの世界観とはそんなものなのだろう。敵がいなければ暇なのだろう。

 街一番の聖人君子の話に飽きがでてきたところに匿名の者同士の闘いの間に入ってしまった。街一番の聖人君子が何が変わったわけではない。街一番の聖人君子は良くも悪くも変わらなかった。街一番の聖人君子であるけれどもそのぶん世間ズレをしていなかったのだ。

 アラが見えはじめた。いや、元々見えていたものなのだが、皆が街一番の聖人君子であることを求めていたためにそこを見ようとしていなかったのだ。


 そんなある日。決定的な出来事が起こった。街一番の聖人君子が見られたくないところを写真にとられてしまった。それはこの街から快速電車で一時間ほどいった都市でだ。土曜日の夜十時半。ラブホテルから女性と出てくるところを取られたのだ。

 この写真はすぐに掲示板にアップされた。反響はすごかった。

「え?これ本物?」「マジかよ。信じられない」「えー!恋人と違う女やん。最低」「やっぱりこんなやつやと思ってた」「顔が偽善者だよなこいつ」「本当に調子乗りすぎだぜ」「たかだか小さな街で少し持ち上げられただけで天狗にやるとは小さすぎる。こいつに必要なのは精神科の治療じゃないか」「大体カッコいいわけでもないし、わけわからんただの兄ちゃんだろ。何を値打ちこいてるのかわからん」

「うるせー!街一番の聖人君子がこんなところに行くわけないだろ。合成写真だこんなもの。こんな出所わからない写真で人を批判するなんて民度の低いクソやろーだわ」

 この批判を抑えようとした書き込みが、アンチ街一番の聖人君子の怒りに油を注いだ。もう集団リンチのように、熱帯地帯のスコールのようにネガティブな言葉が止むことはなかった。


 この状況で街一番の聖人君子本人は黙っていることができなくなった。何かしらコメントをしろと苛立って皆が街一番の聖人君子にけしかけた。敵も味方も全員が急き立てた。街一番の聖人君子の言葉を何のために求めているのか。ちゃんと言葉にできる者はいなかったし誰もしようとはしなかった。恐らくは新しい情報が無ければ話題が続かない。マンネリになってしまう。最早、事実の解明や本人の弁護などというところとは違うところまで話が飛躍してしまったのだ。

 

その日の実情はこうだった。

街一番の聖人君子は男友達と洋服を買いに来ていた。その後、友達と居酒屋で食事。年頃の男がエロばなしなどするのはまあ当たり前の健康的な話でそういった内容で盛り上がったということである。

 そこでいけない勢いがついた。

「風俗行こうぜ」

 年齢的にも通常の流れだと思われる。しきし、そこは街一番の聖人君子である。そんな簡単なものではない。

 街の誰もが考えたことはなかった。街一番の聖人君子が性処理のために風俗に行くなんて。健康な成人が性欲を持つことなど当たり前のように皆わかっている。

 しかし理想と重ね合わせるとそんな幻滅するような事実は受け入れられないのだ。受け入れられないの事実と向き合わされると、人は怒りの感情で自分の中のもやもやをリセットさせようとする。

 街一番の聖人君子は動画サイトに動画をアップした。

 黒いスーツに茶色のネクタイ。しっかりと正装で画面の前に現れた。おそらくは自宅で撮影しているのだろう。バックは白い壁で左上には今年のカレンダーが掛けられている。

 動画の中で街一番の聖人君子は、深く一礼をした。頭を下げた状態で止まる。十秒ほどだろうか、じっと動かない。

 ゆっくりと頭を上げる。半分ほど上げたところで、声を発する。聞きづらい声だ。顔はまだ見えないが、動画を視聴している者全てが、街一番の聖人君子が泣いていることに気付いた。

「このたびはお騒がせして誠に申し訳ございませんでした。私は愛する恋人がいるにも関わらず、友人である大西くんと酒の席で盛り上がりついホテヘル。いや、ホテルヘルスに行ってしまいました。風俗店です。ネットの掲示板に上がった写真はその時の風俗嬢とラブホテルから出てくるときのものです。本当に軽はずみな行動で周りの家族や友人、何より愛する恋人を深く傷つける裏切りをしてしまいました。誠に申し訳ございませんでした。今後は二度とこんなことがないように気をつけますので今後ともご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い申し上げます」

 真摯に謝罪した。街一番の聖人君子の言葉には説得力がある。言葉に想いが乗る。誠実な人柄が音色に表れている。

 さすがとしか言いようがない。ネット掲示板での批判がピタッと止んだのだ。皆がやはりこの男は良い奴だ。やはり街一番の聖人君子だと思いかけたのだが、掲示板への一つの投稿がまた以前のような炎上をよびこむ。いや、以前の比ではない。ガソリンをぶっかけたような炎上になった。

 それを誘発させた投稿はこれだった。

「私の親友が泣いている。何が街一番の聖人君子だ。あの男が親友が風俗で働いていることをバラしやがった。家族にバレて勘当され、婚約者にも振られた。お金がなくて結婚式の費用を貯めるために泣く泣く風俗で働いていたのに。あの男が全てを台無しにした。本当に最低のゲス野郎だ。街一番のゲス野郎だ」

 再び激しい批判がはじまった。街一番の聖人君子という肩書は完全に消滅した。彼はこの瞬間から街一番のゲス野郎となった。

 街一番のゲス野郎を見かけた子供たちは石を投げつける。なんてことはしないが、ものすごく汚いものを見る目を投げつける。感受性の強い子供たちには、その姿から異臭を感じるようだ。実際にある臭いなのかどうかわからない。

 人間の脳は精密ではない。五感はあてにならない。

 街一番のゲス野郎は脳も五感も全てを麻痺させる何らかの力を生み出している。それが本人の力なのか、街全体の想いのうねりなのだろうか。それはもう大きな竜のように雲を突き抜け天をかける。それはもう人力でどうなるものではなくなっていた。

 街一番のゲス野郎は、そのうねりのようなエネルギーをコントロールをとうにできなくなっていた。

 元々心優しい誠実な人間だ。そこまでの打たれ強さをもっていなかった。

 大きな竜は、この男の理性を飲み込んだ。首を吊る恐怖が日常を見張る好奇の目に負けた。

この港町で一番有名な場所であるあの時計台。街一番の聖人君子という肩書を与えられるきっかけとなったあの時計台でひっそりの自らの命を殺めていた。命がけで女性の命を守ったあの場所で、女性が望んだ死に引き寄せられ亡くなってしまったのだ。夜中に実行したのだろう。誰にも気付かれることなくその命は息絶えていた。九月のまだまだ暑い朝に、カラスやトンビがその腐りかけた肉体に群がっているところを散歩中の老人に発見されたのだ。元、街一番の聖人君子には似合わない最後だった。

 遺書が置かれていた。

「ごめんなさい本当にごめんなさい」

生きているときの知的な印象とは違うとても稚拙であまりに短い文章で見た者は皆驚いた。そもそも誰に対しての謝罪なのかはわからなかった。謝罪を必要としている者は本当は誰もいなかったのかもしれない。

 街一番のゲス野郎の死は皆の心をざわつかせた。掲示板はその話題で持ちきりだった。

「風俗行って何が悪いんだ。それぐらいここで非難している奴らも行っているだろう」「ホテルから出てくる写真をあげたのは、街一番のゲス野郎じゃなかった。面白がって掲示板に上げたやつが一番悪い」「いや、その写真を見て盛り上がった奴等も同罪だ」「でも街一番のゲス野郎が周りの反応を考えずに弁解したのは駄目だろう」「あのタイミングで弁解しなければお前ら止まらなかっただろ」「何を正義感ぶってるんだ。面白がってお前も見てたんだろ」「まあそんなこと考えたら、ここで弁解しようとした街一番のゲス野郎もダメだよな」

街一番の聖人君子の素晴らしさを見直そうという動きは少しだがネット界隈を騒がせた。しかしそれは二日ほどで終わった。街で唯一の大学の今年のミスコンテスト優勝者。その街一番の美人に整形疑惑がでてきたからだ。

「あの鼻筋は不自然だ」「あの目の大きさは異常だ」「口角が上がりすぎている」

街一番の聖人君子の時と同じように、様々な意見がネットに溢れかえった。それにより徐々にそしてあまりにも早く、街一番の聖人君子の事は誰も口にしなくなった。


 啓太は、街一番の聖人君子についての一連の流れをウワサやネット掲示板でずっとチェックしてきた。そして幻滅した。街一番の聖人君子に対しても当然あったが、「人の気持ちを考えよう」「思いやりを持とう」「周りの人のことを考えて行動しよう」などとわかったように言う大人たちが、名もなき多くの大人たちが自分たち小学生もしない残酷な行為を皆で行なった事実である。

 カッコいい大人になりたい。その純粋な自分のその気持ちを匿名のたくさんの大人たちに踏みにじられたように思えた。

 学校で学ぶことと社会で起こる現象が乖離している。乖離とかそんな難しい単語はわからなかったがそんな矛盾に心からガッカリしたのだった。

 街一番の聖人君子は素敵だった。そのトキメキは今も覚えている。簡単に消える記憶ではない。それなのにマイナスなことが起こるとその記憶も全て放棄して全く知らぬような顔をする大人を全く信用できないと思う。何を信じたら良いのかわからない。国語の授業で出てきた幻滅という単語はきっとこんな時に使うのだろうと思えた。今日は授業も集中できなかった。普段ならとても楽しい理科の実験も何か冷めて見ていた。リトマス試験紙が何色になっても関係ないと思えた。


 放課後、クツ箱で靴を履き替えているときに低学年の子どもたちに話をする教頭先生の声が聞こえてきた。いつも通り明るい軽い声である。

 内容は以前聞いたあの話だ。小学生の頃の街一番の聖人君子のあの話だ。以前と同じように熱く面白く話している。途中までフザケながら聞いていた低学年達も最後にはとても真剣に聞き入っていた。あの日の自分と同じようにだ。

「さよならー」低学年の子どもたちの声が響いてきた。

啓太はどうしても気になったので教頭先生にあんな風に自殺した街一番の聖人君子の話をこれからもするのか尋ねてみた。すると当たり前のように教頭先生は答える。

「彼は私の自慢の教え子だよ。何が起きても彼の行為は素晴らしかった。あんな卒業生がいたことを私は誇りに思うよ」

 教頭先生は変わらなかった。今、起きている状況も理解しているが、何も変わらなかった。いつも通りにニコニコしている。ニコニコといつも通りあの話をしている。きっと二十年前から変わらないのだろう。「頼りにならない先生だ」教頭先生にそんな印象を持っている担任の森先生の苦笑いを思い出したが、それでも良いのだなと啓太は思えた。

 こんな大人もいるんだなあということが一つの勇気になった。生きる怖さと向き合う大きな勇気になった。啓太は教頭先生に元気にさよならを伝えて家路に向かう。日は傾いているが、まだ日光の温かさは変わらずランドセルは少し熱気を帯びていた。

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