最終話 30日目 脱出ゲーム


 こんにちは。豆大福です。

 私は現在、とあるお屋敷で10歳の女の子の専属メイドをやっています。

 何故私がメイドをやっているのか、そして何故私が豆大福と呼ばれる事になったのかは後日投稿されるであろう1話目をご覧下さい。

 まぁ一言で言ってしまえば全てお嬢さまのせいです。


 私の主な仕事はお嬢さまのイタズラを阻止することです。……もっと正確にいえばイタズラを阻止しようとして失敗し、お嬢さまのオモチャにされる事でしょうか。

 そもそも私がこのお屋敷に雇われたのも、お嬢さまの暴走を抑えるための人柱が欲しかっただけなのではないかと思う今日この頃です。


「さて、そろそろ現実逃避はやめて今の状況をどうにかしましょうか」


 現在私はお嬢さまの部屋に閉じ込められています。

 確か4時15分頃に学校から帰って来たお嬢さまと一緒にお嬢さまの部屋に行って、そして……そう、お嬢さまの部屋の扉をくぐった瞬間何かに足を取られて顔から転倒したのです。

 お嬢さまが部屋にいない事に気付いた時にはもう手遅れでした。どれだけ扉を叩いても、叫んで助けを求めても、一向に助けが来る気配はありません。

 どうしたものでしょう?どうすれば良いんですかね?本当どうすれば良いんですか!?助けて!誰か助けて!ちょっと落ち着いてる風を装ってみましたけどもう無理ですよ!?


 唯一の手がかりは机の上に置いてあった置き手紙でしょうか。


『最近学校でゲームが流行っているの。わたしもやってみたかったからちょっと作ってみたわ。がんばってしてみてちょうだい?』


 ……何で作ったんですか!?脱出ゲームって確かお嬢さまが最近よく遊んでるアプリゲームですよね!?脱出する側だけで満足して下さいよもう……!


「誰か!誰か助けて下さいよぉ!ここから出して下さいぃ!」


 無駄だと分かっていても叫ばずにはいられません。もう5時になるのに誰も助けに来ないという事は、きっとこの屋敷の人間全員グルなのでしょう。


『クックドゥードゥルドゥー!!』

「ひぃいっ!」


 ご、5時になった途端、鳩時計が鶏の鳴き声をあげました!?


『クックドゥードゥルドゥー!!クックドゥードゥルドゥー!!クックドゥードゥルドゥー!!クックドゥードゥルドゥー!!』


 しかもきっかり5回!大音量で!

 さてはお嬢さま、このために鳩時計の鳴き声を改造しましたね!?しかもよく見たら鳩時計の扉から出てくる鳩が、ヒヨコに置き換えられてます!そこまでやるなら鶏を置いて下さいお嬢さま!


「あれ?」


 ヒヨコが飛び出してきた拍子に一枚の紙が落ちてきました。まさかこれが次のヒントでしょうか。なになに……


『この手紙を読んでいるという事は部屋の真ん中に置いておいたチェーンソーを使うのはがまんできたみたいね。えらいわ豆大福!』


 当たり前じゃないですか!ずっと気付いてたけど明らかに罠だから必死にスルーしてたんです!これを使ったら絶対あとでじいやさんに叱られるじゃないですか!使うわけありません!……まぁ2、3回くらい手に取りましたが。1回だけ電源も付けましたが。


『今回はじゅんびの時間が足りなかったから、なぞなぞを1つしか用意出来なかったの。だからこのなぞなぞがとければ出来るわ。たくさんなぞなぞを用意出来なくてごめんなさい……』


 いえいえいえお嬢さま!謎が1つだけで良かったですよ!ありがとうございます!


『本だなの中にながののご本があるわ。そのご本の名前がパスワードよ。とびらのとなりにあるタッチパネルで入力してね』


 なんと……扉の隣にタッチパネルが用意してあります。お嬢さまってこういう準備だけは抜かりないですよね。流石お嬢さまです……


「さて、本棚の中にある長野の本ですか……私物語の舞台が何処かとか全然知らないんですよね……」


 本棚に並んでいる本は左から順に


 ヘンゼルとグレーテル

 もも太郎

 白雪姫

 金太郎

 不思議な国のアリス

 浦島太郎

 シンデレラ


 ですね。


 長野の本という事はもも太郎、金太郎、浦島太郎のどれかでしょうか。

 この中で長野が舞台になったお話……という事はもも太郎と浦島太郎はあり得ませんね。長野に海はありませんし。

 ということは金太郎でしょうか?他に選択肢もありませんし。

 扉の隣にあるタッチパネルに『金太郎』と打ち込みます。送信ボタンを押して……


『残念、ハズレよ。金太郎のおはなしに出てくるお山は静岡県にあるそうよ。そろそろちょうど良い時間だしあと3分たったらヒントをあげるわ。このヒントを聞けばきっと分かるから、ヒント無しでがんばりたかったら3分以内にといてしまってね?』


 送信ボタンを押したらお嬢さまの声が聞こえてきました。事前に録音しておいたのでしょうか。本当に用意周到なお嬢さまです。

 今は可愛らしい音楽が流れています。3分間だけ待ってやるという事でしょう。

 せっかくなのであと3分、頑張って考えてみますか。解答編はこの後すぐ!


 👦👧


 🍑


 🍎


 🐻


 🐇


 🐢


 👠


 ……全然分かりません!降参です!

 もう3分経つので諦めてヒントを聞いてみましょう。


『それじゃあヒントをあげるわね。豆大福はしているみたいだけど、わたしが言っていたのは長野県のご本じゃなくてのご本よ。これで分かったかしら?本だなをもう一度よく見てがんばってといてみてね』


 長野の本じゃなくての本?

 ながの……ながの……


「本棚をもう一度よく見て……ながの?」


 ヘンゼルとグレーテル……もも太郎……シンデレラ……金太郎……不思議な国のアリス……不思議な国のアリス?


「……アリスのタイトルって不思議な国のアリスでしたっけ?確か不思議の国のアリスだったような……あ!」


 そうです!不思議国のアリスじゃなくて不思議国のアリスです!

 つまりの本です!

 タッチパネルに不思議な国のアリスと入力して送信ボタンを押します。


 カチャッ


 鍵の開く音がしました。やりました、これで脱出出来ます!

 扉を開けて廊下に一歩踏み出し……


 ズベシッ


 ……何かに躓いて顔から転倒しました。

 部屋に閉じ込められた時の罠がそのまま残してあったみたいです。痛い……


「時間ちょうどの脱出……流石お嬢様です」

「あれ……じいやさん?」


 聞き覚えのある声に顔を上げるとじいやさんが立っていました。


「お疲れ様でした、豆大福。お嬢様のところへ案内しますよ」

「は、はぁ……」


 脱出した途端にお迎えが来るなんて一体どういう事なんでしょう?

 よく分からないままじいやさんに着いて行くと食堂に辿り着きました。


「豆大福!メイドを始めてから1カ月記念日おめでとう!」


 パーーーン!


 食堂に入るとクラッカーを鳴らすお嬢さまやメイドの先輩達に出迎えられました。テーブルの上にはケーキやたくさんの美味しそうな料理が並んでいます。

 急な展開すぎて全然ついていけません。そもそもさっきまでの脱出ゲームは一体何だったのでしょうか?


ゲームはおめでとう会のじゅんびをするための時間かせぎだったの。ギリギリじゅんびが間に合って良かったわ」


 なるほど……"そろそろちょうど良い時間"とか"時間ちょうどの脱出"とか。お嬢さま、絶対私が脱出すると同時に準備が終わるように調整しましたね ?


「このパーティは先程お嬢様が仰った通り、豆大福がこのお屋敷で働き始めてから1ヶ月経ったことをお祝いするためのものです。ほとんどの新人メイドは1週間ほどで辞めてしまったので豆大福の存在は貴重なのですよ」


 そりゃあそうでしょうね。1週間で辞めるのが正解です。1ヶ月も働くなんて愚か者のする事ですよ。


「それに豆大福はこの1ヶ月でお嬢さまの心を開きました。お嬢様にとても大きな変化をもたらしたのです。それがどれだけ大変な事なのか豆大福は理解していないのでしょうが」


 そんな事はありませんよ?実際すごく大変でしたし。


「きっとそんな豆大福だからこそもたらす事の出来た変化だったのでしょう」


 何を言っているのかあんまりよく分かりません……。でも私がメイドとして働き始めてからもう1ヶ月なんですね。なんだかとてもあっという間だった気がします。

 正直辞めたいと思った時もありました。1日30回くらい。それにやってて良かったと思ったことは一度もありません。でも、


「豆大福!いつもわたしのイタズラに付き合ってくれてありがとう!これからもよろしくね?」


 ……でも満面の笑みでそんな事を言われたら、今まで頑張ってきて良かったかもしないなんて思ってしまうじゃないですか。

 例えあと一歩踏み出したところにわざとらしくバナナの皮が置いてあったとしても!

 踏みませんからね!絶対に踏みませんからね!?

 だからそんな期待した目でこっちを見るのはやめて下さい!今日くらいは引っかかってあげても良いかななんて思っちゃうじゃないですか!もう!もう!

 この1ヶ月で身につけた華麗な転び方(見た目の割に痛くない)を披露する為に、私は一歩踏み出すのでした。

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新人メイド豆大福の奮闘記 甲斐 @KAiNECO

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