第7話
「貴方、二年の相馬拓海くんよね?」
音楽室に向かう途中に職員室の前を通るわけだが、そこでとある女生徒に声を掛けられた。が、俺はこの女生徒を知らない、厳密に言えばどこかで見た覚えはあるが、すぐにぱっと思い出せないのであればそれは知らないと同義であろう。
特徴と言えば少し色素が薄めの黒髪のセミロング、ダークレッド縁の眼鏡を掛けている、俺主観でいえば美少女に入るであろう女生徒。
「いえ、自分の名前は
知らない人に話しかけられたらとりあえず偽名を使って逃げる。こうすることによって今後偽名を頼りに俺を探す、ただし俺はその偽名の人じゃないから一生見つからない。まあ何とも馬鹿高の人間が考えるようなことを実践してみたわけだが……
「あら、そんな下らない嘘、通じると思っているのかしら?」
「いえいえ、何のことでしょう?」
その女性とはおもむろに携帯を取りだし電話をかけ始める。その間に音楽室へ向かおうかと思ったら、いつの間にか距離を詰められており、袖を掴まれていたため離脱は出来なかった。
「もしもし、あーちゃん?今貴女の所の子捕まえたのだけど、どうも下らないことして逃げようとするのよね。悪いのだけれど、今から職員室前まで来られるかしら?」
あーちゃん……ってまさか……
待っている間、互いに一言も話さずにただあーちゃんが来るのを待っている。すると階段を下りてくる背の低い女生徒の姿が視界に入る。と同時に、空いている手で目元を覆い、溜め息を吐く。
「あー!やっぱりたっくん!それと、碧波ちゃん、たっくんの前であーちゃんって呼ばないでよ!部長としての威厳が無くなっちゃうじゃん!」
この騒がしいちっちゃい子は合唱部の部長の
クソが……よりによって梓部長呼ぶとか、この人性格悪いな……つかこの人だれだよ……
「それに、たっくんも碧波ちゃんの言うことは聞かなくちゃ。腐っても生徒会長なんだから!」
「ちょっと、腐ってもは余計よ。私はちゃんと形だけの生徒会選挙で当選した生徒会長よ」
……なーる、会長さんか。通りでどこかで見覚えがあると思ったら、会長曰く『形だけの選挙』に当選した会長っすか。
月一である存在意義不明の全校集会の各部や個人の表彰があった場合、校長が読み上げた賞状を渡しているあの会長さんね。
勿論、うちの高校の生徒会は至ってシンプル。簡単に言えば学校、もしくは教員の体の言いパシリだ。漫画やアニメのような、意味の分からない権限などうちの学校の生徒会には存在しない。
そんな生徒会の役員など、やりたがる生徒は極少ない。精々内申目的の生徒が遊び半分で立候補する程度、なのだろう。ってクラスの永山君が言ってた。うちのクラスに永山君なんているかどうか知らないけど。
ただうちの学校の生徒会は少し変わっているところがあるところと言ったら、役員である副会長、会計、書記、会計監査を決めるのは会長に一任されているというところだ。その役員に就かせるも辞めさせるも、会長次第ということだ。
「それでたっくん、どうして嘘なんか付いたの?」
会長と話していた筈の梓部長はいつの間にか話が終わっていたようで、睨みつけるようにしながら俺に話しかけてくる。ただ梓部長の身長は約145センチ、大して俺の身長は約180センチ、どうしても上目遣いで聞いているようにしか見えない。
「いや、あのですね、知らない人に話しかけられたら今後関わりを持たないようにするようにっていうのが先日亡くなった親父からの遺言で……」
「また下らない嘘ついて、おじさんなら昨日会ったんだからね」
「……本能に従って逃げようとしただけです」
「もう!ごめんね碧波ちゃん……」
「構わないわ、それで、もう一度尋ねるけど。二年の相馬拓海君、で合ってるわよね?一応自己紹介しておくと、私は
「……はぁ、その会長さんが俺に一体何の用ですか?」
「少し手伝ってほしいことがあるのよ。貴方、頼みごとをしたら断わらないのでしょう?三年の一部では有名よ」
んなわけあるか、どこの優柔不断な奴だよ!と声を大にして叫びたい、が確かにここ最近、頼まれごとを断っていないのもまた事実。大したことを頼まれたいないというのもあるし、それに誰かに押し付けることの方がよっぽど労力を使う。
「それで、手伝ってほしい事とは、会長殿?」
「碧波で構わないわ。そうね、入学式の新入生の椅子並べ、少し心もとないから手伝ってくれないかしら?」
「……それは生徒会役員の管轄では?俺は合唱部で明日の入学式の際の国家校歌が仕事と聞いているのですが?」
「役員?ああ、つい先日全員クビにしたせいで私しかいないのよ?」
「……は?」
確かに生徒会役員のメンバーに関しては会長に一任されているが、それでも途中でメンバーチェンジなんて聞いたことがない。ってクラスの永山が言ってた。
「あんな形だけの選挙で決まった会長の私のために働いてくれる役員なんていると思う?全員が内申目当てで碌に仕事しないから、クビにしたわ」
「アホですか?それで人が足りないのは自業自得でしょう」
「なんてことを言うのだけど、あーちゃんはどう思う?」
「酷いこと言っちゃだめだよ、たっくん。今年の生徒会役員は本当に酷かったんだから、ってクラスの永山君が言ってた」
どこのクラスにも永山っているんだな、とか思いつつ……
「会議があるから集まれって言っても用事だの、急用だのでサボりなんて当たり前、別に私一人で決めてもいい事なのだけれど、いざ提出前に役員の人達に確認を取れば文句ばっかり。ホント嫌になっちゃうわ」
「……それで、とりあえず明日の準備を手伝えばいいんですか?」
「ええ、とりあえず目先の問題を解決しないことにはどうしようもないもの。あーちゃん、合唱部の方々の力もお貸し頂けるかしら?」
「うん、分かった、とりあえず部室にいる子たちに声かけて来るね」
つかそう言うのって運動部に頼めばよくね?文化部の仕事じゃないだろ……
* * * * * * * * * *
会長、もとい碧波先輩と俺は一足先に入学式が執り行われる体育館へと移動していた。といっても入学生用の席と保護者観覧席の用意は既に準備済みであり、残っていることと言えば壇上の来賓用の椅子の準備、国旗と校旗を掲げ、マイクの音声テスト。残っていることと言えばこのくらいだ。
「では拓海君、あーちゃん達が来る前に出来ることはやってしまいましょう」
「それで、来賓用の椅子を出して旗を掲げればいいですか?旗は壇上に置いてある箱の中に入ってますよね?」
「ええ、理解が早くて助かるわ。私はその間にマイクのセッティングをしておくから、そっちはお願いね」
「一つ確認したいのですが、来賓用の椅子はいくつ用意すればいいですか?」
「このプリントに書かれている人数分の用意をお願い」
碧波先輩は舞台袖に行きマイクのセッティングを始める。俺は舞台の下にしまい込まれているパイプ椅子を人数分引きずり出し並べていく。
碧波先輩が引っ込んだ舞台袖とは逆の舞台袖に向かって、旗を引っかけるための留め具を下ろす。留め具が下りてくる間に壇上に置いてある旗の状態を確認。特に目立った汚れや虫食いが無いことを目視し、留め具が下りてきたところに旗を引っかけ、もう一度舞台袖に行き旗を引き上げる。正確な位置は後で指示を仰ぐとして、大体の位置でそれを止める。
「お待たせしましたー!みんな連れてきたよー!」
ほとんどの準備が終わった段階で梓部長の声が体育館に響く。残っていることと言えばマイクの音量チェックのみで、少しタイミングが悪いと言わざるを得ないのだが。
『ありがとうあーちゃん、マイクの音量、これで問題ないかしら?』
碧波先輩がマイクを使って梓部長に呼びかける。梓部長は「大丈夫ー!」と言っているので大まかには問題無いのだろう。俺的にも問題はないと思うし。
碧波先輩が舞台袖から姿を現し舞台から飛び降りる。その際にスカートがフワッと舞うが、残念ながら中の聖域を拝むことはできなかったわけだが。
どうでもいいことを考えつつ俺も舞台から飛び降りる。そのまま部長たちの元へと向かう。
「拓海君はご苦労様、細かい調整は私がやっておくわ。それと合唱部の皆さんは呼び出してしまってごめんなさいね、拓海君の仕事の効率が思ったよりも良くて仕事がなくなってしまったわ。明日の確認なのだけれど――」
そう言って碧波先輩は俺たち合唱部員たちに明日の段取りを説明していく。明日の入学式で直接参加するのは合唱部のみだ。
全ての説明が終わり、今日は解散となる。後は明日に向けての微調整を先生に確認すれば終わりなので合唱部員は帰っていいとのことだ。
新しい家族はクラスメイト? イワムラサトシ @kuppe0204
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