第6話

 顔を洗い目を覚まし台所に立つ。親父と明乃さんの分の二人分の弁当箱を用意しあらかじめ用意しておいた米飯を詰める。ボウルに卵を割り入れ解きほぐし、魔法の粉――別名味の素を入れる。

 玉子焼き用のフライパンに油を敷いて火にかけて十分に加熱しておく。その間に冷凍食品をいくつか出して電子レンジで加熱。充分フライパンが加熱されたところで溶きほぐした卵を三分の一程流しいれる。折りたたみながら形を整えて手前まで持ってきたところで奥に箸で寄せる。その工程を二度繰り返して卵焼きは完成だ。

 電子レンジで加熱しておいた冷凍食品の唐揚げを取り出し、空いてるスペースに入れる。

 空いているスペースに彩りの為のレタスを数枚千切り、プチトマトも入れておく。少しスペースが余ったのでソーセージを格子状に切り込みを入れたものを焼き、しているスペースに入れておく。

 これで二人分の弁当は完成。俺と沙織さんは午前中で高校は終わるため昼食の準備はしていない。


「おはよう、拓海君……ふぁぁ……」


 台所の扉が開き欠伸交じりに明乃さんが挨拶をしてきた。


「おはようございます、明乃さん。朝食はもう少し待ってください、すぐ作り終えるので」


「何か手伝うことはあるかしら?」


「いえ、大丈夫です。顔を洗って目を覚ましておいた方が良いですよ」


 は~い、と気怠そうに返事をしながら明乃さんは洗面所に向かっていった。

 そのまま朝食の用意に取り掛かる。トーストを四枚だしトースターに入れて時間をセットし焼いて行く。冷蔵庫から卵を取り出し塩コショウ、少量の牛乳と砂糖を入れてよく解きほぐし、白身をしっかりと切っておく。フライパンにバターを敷きら粘液を入れて加熱しながらかき混ぜる。

 卵が固まったところで四人分に分けて盛り付ける。そのフライパンでソーセージとベーコンを焼いて同じさらに盛り付け、マーガリンを乗せたトーストを乗せて千切ったレタス、プチトマトを彩りで添えて朝食は完成だ。

 朝食のコーヒーを入れていると父親と沙織さんが目を覚まし明乃さんが洗面所から戻ってくる。テーブルに三人分の朝食を置いた。


「あれ……拓海君、食べないの?」


「さきに使った調理器具洗ってから食べるから。先に食べててくれ」


「沙織ちゃん、こいつもこう言ってるし、さっさと食っちまえ」


「う、うん……いただきます……」


 明乃さんと沙織さんと親父が各自朝食を取り始める。その間に使った調理器具を洗って皿はシンクに、フライパンは火であぶって水分を飛ばす。

 そうして片づけを終えた時には三人とも食事を終える頃だった。俺も席について食べ始める。

 三人はほぼ同時に食事を終え、流しに食べ終えた食器を置く。親父と明乃さんはそのままダイニングを後にするが、沙織さんは食べ終えた食器を洗っていた。


「後片付け、俺がやっておくから学校に行く準備して来たら?」


「これくらいやらして、全部やってもらったら申し訳ないもの」


「……そらどーも」


 沙織さんが三人分の食器を洗い終えシンクにひっくり返す。それを確認してコーヒーを飲み終え自分の分の食器を洗ってひっくり返しておく。

 準備しておいた二人の弁当をダイニングテーブルに置いておき、俺は自室に帰って学校に行く準備を済ませた。


* * * * * * * * * *


 俺と沙織さんが通っている高校は自宅から徒歩約二十分、正直自転車を使うかどうか悩んだが、駐輪場をわざわざ申請してまでチャリ通にするほどの距離ではないので俺は徒歩で通っている。

 沙織さんは既に親父から家の鍵を預かっている筈なので、準備ができ次第俺は家を出る。別に同じ家に住んでるからって一緒に行かなくては行かない義務はないだろう。それにクラスで一番人気の沙織さんと俺が一緒に歩いているところを、他の学生に見られたら無駄に目立つし、目の敵にされてしまうことは想像に難くない。

 今日は始業式だが、始業式が終わるまでは一年の時の教室に集合することになっている。因みに俺の通っている高校、一年から二年に進級する際にクラス替えは行われない。三年になる際には文理選択の為クラス替えが発生するが、その一回きりだ。

 七時五十分ごろ、学校に到着し教室のドアを開ける。これが進学校とかだったら朝早くに来て自学に励んでいる学生を見かけるのだろうが、生憎うちの高校の偏差値は全国的に中の中、下手したら中の下になりかねない程度には頭が悪い。そう言った高校に通っている学生は、朝早くに来て自学に励む習慣は勿論ないだろうし、そもそも時間通りに教室に来ている学生の方が少ないのではないだろうか?とさえ思う。

 まあ高校は義務教育ではないし、あんまり教員から早く来いだの、自学に励めだの言われることの方が本来筋違いなのだろう。これは俺の自論だ。

 つまり何が言いたいかというと、教室にはまだ誰も来ていない。まあだれか居ようが居なかろうが俺には関係ない。そもそもクラスで碌な人間関係築いていないボッチみたいなもんだ。

 自分の席について携帯兼音楽プレイヤーであるスマホのイヤホンを耳にし、持って来ていた小説を読み始める。

 八時になってちらほらと学生たちが登校し始める。仲のいいグループのメンバーが集まれば、その人間たちはグループで固まり談笑をしている。周りが何を話しているかは音楽を聞いているため知らないし興味も無い。

 そのまま小説を読み進めていると、突然イヤホンが外され声を掛けられた。


「よっ、何読んでるんだ?」


「別に、何でもいいだろ」


 イヤホンを外してきたやつの正体は下地晴仁したじはるひと。一年の初期のころから何かと話しかけてくることが多い。こいつ自身交友関係は広いはずなので、俺と話す理由なんかは無いはずなのだが、何故かこいつと話す機会は多い。

 邪険に扱っている筈なのにその態度は変わらない。別に俺自身に危害を加えられていることは無いためそこそこに相手をしておけば勝手にどっか行ってくれる。


「春休みどうだったよ?俺はバイト漬け、おかげでそれなりに懐は潤ったが、新しい出会いは無かったよ。お前はどうだ?新しい出会いはあったかよ?」


「……別に、長期休暇だからって言って外出することは無かったよ。基本的にインドア派なもんでね」


 話は終わりだと言わんばかりにイヤホンを入れ直し、読書に戻る。下地は肩をすくめ、他の友人の所へと向かっていった。

 少しの間喧噪は続いていたが、一瞬、その喧噪は終わりを告げる。

 クラス一番人気の沙織さんが登校してきたのだ。このクラスになって一年が経つが、未だにこの現象は続いているのだ。ここまで行くといっそ異常だと言ってもいいだろう。

 沙織さんが席について、沙織さんの友人が沙織さんの周りに集まり何やら話している。席に着く一瞬前、こちらを恨めしげに見ていたが、気のせいだろう。


* * * * * * * * * *


 始業式が終わり、教室を移動してその日は解散。担任も一年の時と変わらないお爺ちゃん先生だ。

 次の日は教科書配布とガイダンス、その次の日が入学式とあって、ほとんどの生徒は午前中で終わり、一部部活に入っている生徒は入学式準備に駆り立てられている。

 俺が所属している部活、意外かと思われるだろうが、合唱部も入学式準備に駆り立てられる部の一つだ。と言っても、準備に直接携わるのではなく、入学式の時に歌う国家、校歌の声増し要員だ。これは本来三年だけが参加なのだが、今年は人数が少ないため二年も招集された。まあそれでも合唱部全体が十人やそこらなのだが。

 そして練習場所である音楽室に向かう途中、とある生徒に声を掛けられる。


「貴方、二年の相馬拓海くんよね?」 

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