第5話

 十六時頃になり目が覚める。寝起きで携帯を確認したところそんな時間だったのだ。そろそろ夕飯の用意をしなければ、親父に文句を言われそうな時間ではある。

 うちは恐らく他の家よりも夕飯を食べる時間がかなり速い。勿論平日は親父と俺の帰ってくる時間は違うため別々に食べるし、そもそも親父が帰ってくるのは平均して二十時くらいだ。

 しかし平日の相馬家では前述したとおり、夕飯を食べるのがかなり速い。具体的には十七時半から十八時にかけて。他の家庭は恐らく十九時から二十時近くだということを考えるとかなり速いのだ。

 台所に移動し、冷蔵庫を開いて中身を確認する。午前中に買い物に行ったとはいえ、生鮮食品は買っていない。それに味噌汁を作るしても出しなんて碌に取っていない。かなりデカい玉葱、キャベツ、ソーセージが目に入ったため、スープ類はポトフみたいなものでいいだろうと判断。

 スープ類を洋風にするならば主菜も洋風にするのが望ましいだろう。冷凍庫を開いてみると、種類はよく分からないが白身魚が目に入った。これをムニエルにでもすればいいだろう。

 いざ調理を始めようとしたところで、台所の扉が開かれる音がしたため振り返った。誰かと思うと沙織さんが若干俯きながら立っていた。


「何か用でもある?」


「えっと、何か手伝うことってないかな?なんかただじっとしてるのも落ち着かないし、家事を全部拓海君に押し付けちゃうのが申し訳なくって……」


「……別に気にすることはないけど、いつもやってることだし。まあ、風呂洗って入れてくれると助かる」


「うん、分かった」

 そう言って扉を閉めて立ち去って行った。風呂を洗うためのスポンジも洗剤も目に付くところに置いてあるため問題はないだろう。

 玉葱をスライス、キャベツを適当な大きさに切り、ソーセージを何本か取り出し格子状に切り込みを入れて水を入れた鍋に入れて煮込む。沸騰したところで火を弱め、顆粒コンソメを入れて煮込み続ける。

 その間にフライパンにオリーブオイルを敷き、白身魚をフライパンに置く。焼いている間に魚に油をかけて焼くことで外がばりっと仕上がるって某食事漫画で描いてあったため実践してみる。

 焼いている間にスープの方も仕上がってきたため味を見て塩、胡椒で調味。

 すべて出来上がった所で米を研いで置いておく。三十分後に炊飯器にセットして炊きあがる頃を見計らって温め直せばいいだろう。


* * * * * * * * * *


 全員が風呂に入り、夕飯を食べ終え各自が適当に時間を潰している。

 俺は明日の学校の準備、と言っても明日は始業式で終わりだし、部活も休みだという連絡を部長からもらっている。準備らしい準備は何もない。

 自分の部屋から出て居間へと移動し、タンスに仕舞ってある客室用布団を一つ拝借。そのまま床に布団を敷く。

 家族とはいえ一昨日まではただ同じ学校に通っているクラスメイト、ぶっちゃけただの赤の他人と何も変わらない俺と沙織さんが同じ布団で寝ていいだろうか?答えは否、というよりも、ライトノベルとか漫画の世界のように、交際しているわけではない良い年した男女が同じ布団で寝るなんてこと、現実ではありえん。それに十歳以上の兄妹が同じ部屋に寝ることだって、本当は条約だか法律だかで禁止されていることなのだ。


閑話休題


 つまり何が言いたいかというと、沙織さんと一緒の部屋に寝ることになった今朝方、同じ部屋に寝るからと言って同じ布団で寝るわけないだろ。これはその為の布団だ。

 沙織さんが何時に寝るかは知らないが、俺は別に寝る時間を定めていない。眠くなったら寝るという、完全に不規則な生活を送っている。

 とりあえず、沙織さんが来る前に部屋の電気を消すわけにはいかないので、スマホでネットサーフィンしたり、小説や漫画をぱらぱらとめくって時間を潰す。日付が変わる直前になって部屋のドアがノックされたため、入室を促すと枕を持って俯きがちに沙織さんが入って来た。


「ねえ、拓海君っていつも何時ごろに寝てるの?」


「別に決まってない、沙織さんが寝るなら俺も寝るけど。ベッドと布団、どっちがいい?」


「布団で大丈夫、君はベッドを使って」


「……分かった、もう寝るんだろ。電気消すぞ」


 沙織さんが布団に入ったことを確認して、部屋の電気を消す。踏まないように注意しながらベッドに潜って布団を掛ける。しかし昼寝を割と長い時間していたからか、全く眠気が襲って来ない。


「ねぇ拓海君、まだ起きてる?」


「起きてるけど、どうかしたか?」


「君は私と一緒に暮らすの、嫌じゃないの?突然一緒に暮らすことになって、君は嫌がる素振りを見せてないけど」


「今朝も言ったけど、決めたのは親父だ、俺はそれに――」


「私は、君の言葉で聞きたいの……」


「……嫌って言ったら、どうするんだよ?」


「えっと……どうしよっか?」


 考えてなかったのかよ……まぁ、でも――


「嫌なら今こんな状況になってないし、それに――」


「それに……何?」


「……別に、なんでもねえよ。そっちこそ、嫌じゃないのか?クラスに何も益をもたらさないただのボッチ何かと同じ家に住むことになって」


「私は嫌じゃないよ?寧ろ――」


「寧ろ……何だよ?」


「……何でもない!お休み!」


 そう言って布団を頭からかぶる沙織さん。


 ――今朝あんなの見せられて、拒絶できる訳ねえだろ……

 そう言うのは簡単だったが、ただその短い言葉が、喉に引っ掛かって声にすることができなかった。


* * * * * * * * * *


 俺の百八ある特技の一つ、『朝起きたい時間に目覚まし無しで起きれる』というのがある。その言葉の通り、起きたい時間に目覚ましを掛けないで起きられる便利機能が俺の身体には携わっている。

 まあ俺には百八も特技は無いし、それも偶然なのだが。

 そして俺と沙織さんは始業式だが、親父と明乃さんは普通に会社勤めのサラリーマンとOL、つまり普通に弁当が必要な労働者だ。因みに二人の弁当が必要なことは昨日既に確認済みだ。

 二人分の弁当、そして朝食の準備のため目を覚まし、目を開けると目の前に美少女の寝顔があった。

 ……オーケー、一旦落ち着こう、これはきっと夢だ。そう思って口腔内を噛む。


「~~~~っっっ!!!!」


 痛ってー!!!つまりこれは夢ではない、そして俺の家で寝ている少女は一人しかいない。

 あの……なんで俺のベッドに入り込んでいるんですかね?わざわざ布団分けた意味ないだろこれじゃ……

 さらに抜け出そうとしても抱き枕のように抱え込まれているため動けないというおまけ付き。無理やりにでも起こさないとリズムが全て狂いに狂ってしまうため無理矢理にでも起きるべきなのだが、無理やり動くときっと彼女を起こしてしまう。まだ起きなくても十分間に合う時間の為起こしてしまうのは忍びない。


(だからと言って、起きるまで待ってるわけにもいかないんだよな……)


 結局、無理矢理にでも起きることにする。その際に沙織さんが起きて怒られでもしたら、その時は素直にごめんなさいをしよう……本来ごめんなさいされるべきなのは俺の方なわけだが。

 最低限、抱き着かれている腕を引き剥がし、隙間を縫うように抜け出す。その際に「……んっ」という声が聞こえたため、まずいと思い動きを止めるが、すぐに規則的な呼吸をし始めたため行動を再開する。

 やっとの思いで抜け出したところで、ぽっかりと空いた空間に沙織さんが使っていた枕を抱きしめさせ、音を立てないように部屋を出る。

 起きてから今さっきまで、心臓バックバクだったのは言うまでもないだろう……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る