ちょい悪博士とロボット

石田篤美

ちょい悪博士とロボット

 時は二〇三〇年。ロボットは人々の生活にすっかり溶け込んでいた。

 そしてここは都内某所にある寂れたビル。薄汚れた二階の部屋で、僕は生まれた。


「クックック……。ついに完成したぞ! 我が人生最高傑作が!」

「……」

 僕は人型ロボット。ついさっき起動したばかり。

 横でなんたらかんたら話しているのが博士。僕を作ってくれた人、生みの親だ。

 先ほどからずっと観察しているが、なんというかこの人は……イタい気がする。


 これはあれだ。【右手に封じられた暗黒の力】とか、【闇の魔王による世界征服】とかそういうのが好きな、所謂【中二病】という類のやつだろう。

「世界よ驚け跪け! 悪の秘密結社【ザ・ダークネス・ランサー・デーモンズ・ゲート】のナンバー2であり、悪の天才てんっさい科学者でもあるこの私が、お前たちに地獄以上の恐怖を見せてやるぞ!」

 よくそんな恥ずかしいこと言えるよね。呆れを通り越して尊敬するよ。

 実際にはそんな秘密結社は存在しない。すべて、博士の脳内設定だ。


 ――そういえば、僕はまだ名前を付けてもらってなかった。博士はどんな名前を付けるつもりなんだろう。

 秘密結社の名前から察するに、あまり期待はできないけれど……。


「私の最高傑作! 【ザ・ダークネス・シャドウ・ブラック・バイオレンス・パラディン・エンペラー・キング・ダークネス・アルティメット・ワールド・ブラスター・トリガー・ダークネス・サイクロンジョーカー・エクストリーム】!」


 長いわ! 

 途中ダークネス何回出てくるんだよ。

 というかよくスラスラ出てきたな……。


「……ところでだ、【ザム】」

 略した⁉


「早速だがお前のスペックを確認しよう。起動せよ、【ダークネス・ナイトメア・バッドエンド・システム】!」


 ああ、また無駄に長くてダサい名前を……。というか【バッドエンド】じゃダメだろ!

「まずは、何者にも止められない迷惑な恐怖の行進……。【アーマード・ダークネス・デラックス・ハザード・ウォーク】!」

 そう言うと博士は手に握っていたスイッチを押した。

 すると、僕の右手に携帯の画面がホログラムで浮かび上がり、それを見ながら僕は部屋の中を歩いた。


 ――いやこれただの歩きスマホだろうが! 確かに迷惑だけど!


「続いて、見るもの全てを恐怖に陥れる悪魔の落とし物……。【カオス・ダークネス・ダイナミック・キラー・フォール】!」

 再びスイッチが押される。

 すると、左手に缶ジュースが装填され、それを無造作に床に投げ捨てる。


 ――これもただ空き缶ポイ捨てしただけだろうが! 迷惑だけど!

 

 その後も、マネキンを使っての女子のスカートめくりや、勉強机をシャーペンで掘って消しゴムを詰める……など、世間的にはそれほど影響を与えないちっぽけな行為が続いた。

 ……もうさ。悪行が子供のいたずらレベルなんだよなあ……。


「素晴らしいぞザム! この極悪で、非道なる行動により、人々は微笑みを失くし、花は枯れ、鳥は空を捨て、地球はたちまち凍り付くだろう! イエーイ!」

 イエーイって。どういうテンションで言ってるんだ? あとそれくらいじゃ地球は凍らないだろ……。

「決戦には万全の態勢で臨む。出発のときまで能力ちからを蓄えておくんだ」

 不敵な笑みを浮かべながら、博士は部屋を出て行った。

 というか、ただの充電でしょ? 全くもう。付き合ってられないよ……。

 僕は部屋の隅にある充電スポットに向かって歩き出した。


 ……その時である。

 僕の足元に、先ほど投げ捨てた空き缶が転がってきた。

「あっ?」

 うっかりしていた僕はその缶を踏み、滑った。

 まるで往年のギャグ漫画の、バナナの皮で滑った時の様に、盛大に滑った。

 僕の身体は空中に舞い上がり、大きく仰け反った。【イナバウアー】ならぬ【ザムバウアー】である。

 ドガッシャーン!

 僕は地面に叩き付けられ、フロア中に大きな衝撃音が鳴り響く。

「な、なんだ⁉ どうした⁉ 何が起こった⁉」

 その音を聞きつけた博士が部屋に駆け込んでくる。と、そこでまた悲劇が襲い掛かった。

 あの空き缶が、博士の所にも転がっていったのだ。

「あらっ⁉」

 それに気づかなかった博士は案の定その缶を踏みつけ、間抜けな声を上げて前屈みに倒れた。


 ――かちっ。


 博士の白衣のポケットから妙な音が鳴った。何かのスイッチが押されたような音だ。

「は⁉ まさか……。あーーっやっぱり! ポケットに入れていたザムの自爆ボタンを押してしまったーっ‼」

 え、ええーっ。そういえば起動した直後、


「自爆ボタンは男のロマンだ。ククク……」


 ……と言っていた気がしたけど、まさか本当に作ってるなんて!

『ピー。ピー。爆発まで五秒前。四、三……』

 なんかカウントダウン始まってる⁉ ちょ、ちょっと待っ……!

『二、一、ゼロ』


 直後。僕の身体は爆発し、博士も巻き込まれた。


 爆煙でさらに汚れた部屋には、黒焦げになった博士と、バラバラになった僕の残骸だけが残った。

 僕自身、脳内コンピュータが辛うじて機能している状態だが、それももう限界だろう。

「わ、私の計画が……ゲホッ」

 薄れゆく意識の中で、博士の残念そうな声が微かに聴こえた。


 こうして、ちょい悪博士の野望は、実行する前に終わったのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ちょい悪博士とロボット 石田篤美 @isiadu_9717

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ