かくれんぼ
笠井ヨキ
かくれんぼ
ふっふっふ。完璧だぜ。ふたつ目の隠れ場所で、俺は音もなく笑う。音がないのは当たり前だ、かくれんぼで音を出すのは陽動のときだけだからな。そして今はその時ではない。俺は静かに身を隠している。場所は鬼の盲点、さっき見たはずの木陰だ。そうとも、ひとつめの隠れ場所から、俺は鬼の目を盗んで、音もなくここに滑り込んだのさ。また見に来るかもしれないが「うーん、いないなー。さっき見た場所、もう一度あたるかー」なんて半端な気持ちじゃ、俺は見つからない。今日の鬼よ、残念だったな。
「たーっくん」
「……!」
び、びびった。びびったけど声は殺した。だってコイツは鬼じゃない。鬼に声を聞かれたらどうすんだ。
「いい場所に隠れたね。さすが私の弟。お姉ちゃん嬉しいよ……でも、そろそろ3つ目に移ったほうがいいんじゃない」
俺は右手を振る。シッシッ。
「ふーん、せいぜい頑張ってね。蚊が寄ってきてるけど、音をたてないようにねー」
げっ。静かに蚊を叩くのは無理ゲーだ。しかし俺に二言はない。ここに隠れたまま、耐えきってみせよう。悲痛な覚悟を決めた俺に、姉ちゃんが微笑んだ。
「今日は女の子もいるんだね。かくれんぼなら男子女子、分け隔てなく遊べるからね……紳士な弟を持って、お姉ちゃん嬉しいよ」
誉めるだけ誉めて、姉ちゃんは素早く去っていった。足音ひとつ立てずに。まあ、姉ちゃんの足音で俺が見つかったりしたら、一週間おやつ横取りの刑だからな。
そこから長い数十分を耐えた。ようやく聞こえた鬼の降参の叫びで、俺は腕の蚊を叩きつつ、広場に飛び出した。
「ハァ!?そこ2回も見たのに、なんでいんだよ」
「わはは、甘いな」
「タケシくん、すごーい!」
「くっそー……おーい、もうひとりいるだろ!降参だってのー!もう出てこいよー!」
鬼の叫びで思い出した。今日は女子が3人いたはずだ。ここにいる女子は2人。1人、隠れきった奴がいるってことだ。
「へー、優勝もうひとりいるのか。女だてらに、あっぱれだな」
「サムライかよ」
「ちょっと、女子を馬鹿にしないでよね!」
「ミカちゃーん?おーい、ミーカちゃーん!」
女子たちが叫ぶ。もしかすると、優勝者の女子は、思い切った場所に隠れて動けないのかもしれないと、俺は思いついた。木から降りられない姿で見つかるのは、勝っても屈辱だった……俺自身の悲しい思い出だ。だがもしそうなら、女子だけのほうが出て来やすいかもしれない。スカートはいてたかは覚えてないけど、パンツ見えるから声を出せないとか……女子ならありえる。それに、俺の痒みも限界だった。
「ごめん、俺帰る。ムヒ塗りたい」
「うっわ!なんだそれ、蚊!?それ全部蚊に刺されたの!?」
「タケシくんは帰ったほうがいいね……」
「早く薬ぬっておいで」
ばいばーい、と帰り道を駆け出す。腫れ上がった虫さされは、かくれんぼ勝者の勲章だ。それは誇らしい。でも痒い!かくれんぼマスターはラクじゃないぜ!
翌朝、ムヒを塗りたくって痒みのひいた体で、俺は家を飛び出した。痒くないってスバラシイ。今日は何して遊ぼうか。もっかいかくれんぼしたいなあ。
角を曲がるとき振り向くと、姉ちゃんが電話しながら歩いていた。
「……はい、小学生の女の子ひとり、昨日納品しました。連れ去ったところは見られていませんよ。根拠……かくれんぼの最中に、もっといい場所を教えてあげるって言って誘い出したんです。……いえ、とてもうまく隠れていました。私は最初から狙っていたから見つけられましたけど……はい、だから目撃情報はありません」
かくれんぼ 笠井ヨキ @kasaiyoki
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