第2話

「あぁ・・死ぬかと思った」

 とある住宅地の一室に特隊の本拠点がある。そこは、応接室のような、簡素な作りになっておりソファーと事務的な椅子と机があるだけの部屋だ。

 ハクは、部屋に入るとコートのボタンをはずし、倒れるようにソファーにうつ伏せる。 

 現在この場にいるのは、特隊の副隊長の二人。ガイリアスとレイナだ。


 元騎士団所属のガイリアス。三十代半ばの年齢にも拘らず、衰えを感じさせず黒い仕事着の上から見ても筋肉質なのが分かる。

 少し伸びかかった白髪を上にそり上げ、オールバックのような髪型をしている。強く、逞しい灼眼は闘争心が見て取れる。

 魔法は性格に良く似ると言われているが、正に的を射ている。情熱的で何事にも熱心に取り組む彼は、火属性の使い手だ。

 特隊の総員三十名の中でも、二位三位を争うほどの実力者。顔が広いガイリアスは主に情報収集をしている。


 その隣、ガイリアスの事を冷たい目で睨んでる女性がレイナ。

 涼しさを思わせる水色の髪の毛を後ろで束ね、ポニーテールの髪形をしている。年齢は二十。キリッと釣り上がった眉毛に、大きな瞳。白く艶のある肌は、ハリがありとても魅力的だ。

 女性用に配給されている仕事着は、黒いコートと膝上までのスカート。どちらにも、強化魔法の付与がしてあり、魔法具と称しても問題ないほどの性能を誇っている。闇に紛れやすく、ハクがチョイスした配色であるが当人には不満があるらしく、普段着としては着用していない。

 

「ご苦労様。どこかの馬鹿が間違った情報を教えたから、失敗に終わったけど。足が付いたらどう責任わけ?」

 短いスカートから除く長い脚を組み替え、隣に座るガイリアスを流し見る。顔は見られていないが確かに今回の任務は、大事にしすぎた。それは、ハクの使った魔法が悪いのだが、他に手段無かった為、致し方ない。

 

「責任も何もな、見つかったら俺らは終わりだ」

 まるで諦めるかのような発言に、レイナは手に持ったティーカップを粉々にした。ガラス製のそれは値段にして金貨一枚。高級品の部類に入るそれを、軽々と壊しガイリアスを睨む。


「――貴方が情報収集を怠ったから、招いた結果なんだけど・・?あんまり舐めてると殺すよ」

 腰に据えた片刃の刀に手を掛けると、殺気を全開にする。

 流石に、黙って聞いていたハクも、勃発しそうな喧嘩に仲裁した。


「いや、今回は俺の失敗だ。ガイリアスも、わざと間違った情報を渡したわけじゃないし、別に攻めるつもりは無い」

「相変わらず甘いのですね」

「そうかよ」

 レイナに甘いと言われたが、そんなつもりは更々無い。本当に今回はハクの責任で、臨機応変に動けなかったのが問題なのだ。

 ともあれ、明け方の任務で出くわした女性はクレイア王国の女王――ソフィアであることは間違いない。


 一国の王女が護衛も付けず、あの規模の魔法が放てると言うのは少し奇妙な話だ。そもそも王族に位置する人間は、騎士団の護衛が三人程付いているのが常だ。

 騎士序列と言い、総合的な評価で決められる順位は国単位の物と統計のものがある。


 護衛に選ばれる人間は上位十名の中で選ばれる事が多い。そもそも、序列の付け方は魔獣の討伐数、任務の成功数、魔力の総量が主だ。その為、国のトップを護る条件としてはそれなりの人間が必要となる。

 人数不足で護衛がいない――と言う線も考えたが、代えの利く人員は数多く居る為矢張り引っ掛かる。


「そもそも、あれがソフィア女王だったんなら、何で単独行動してんだ?」 

 各国にはそれぞれ、王宮神殿と言われている王族の住居があるはずだ。一部の例外を除き、そこから出ることはまず無いとされているはずの王族が高級ビルに居る時点で可笑しい。

 普通に考えれば、デビルスによる工作である可能性は高い。だが、他人の顔そっくりに変える魔法等存在し得ない。


「確かに。それは俺も気になっていた」

「貴方の見間違えじゃなくて?」

「んな訳あるかよ。王家の証も付けてたんだ。まず間違えない」


 大きく翼を広げた鳥の紋章の事だろう。あれは、確か王族の血筋以外が身につけると即死に到るとされる魔法が付与されていたはずだ。現代魔法において、血液反応で認証される魔法はこれ以外には見た事が無い。


 そんな思考を巡らせていたからだろうか、ドアの前に立つ人物の気配に気付き遅れたのは。


「誰だ」

 低く、威圧感のある声で放たれたのはハクから発せられた。言葉だけ聞くと、まるでドアを睨んでいそうな場面を想像できるが、未だにソファーにうつ伏せている事は気にしないほうが良さそうだ。


静かに扉が開き、白いドレスで全身を纏った女性とその後ろに腰に剣を据えた騎士服を着た女性が現れた。

「御機嫌よう、ハクさん」

胸元が開かれた白いドレスの両端を手で摘み、広げるようにして軽く腰を下げる。

どこかで聞いたことがある声を前に、ハクは顔を上げ適当に手を払う。


「誰だか知らんが俺はハクじゃないぞ」

分かり易い嘘を前に女性――ソフィア姫は、口に手を軽くあて、くすりと笑う。

「忘れるはずありませんよ..?だってつい数時間前に見た顔ですから」


何処から情報が流れ、この場所を特定したのかはこの際深く考えない。それよりも、何のためにきたのかを考えるべきだろう。


「レイナ、毒入りのお茶でも出してやってくれ」

「まぁ!嬉しいわ」

ハクの隣のソファーを手で誘うと、どうぞと言い着席を促す。

護衛の人間に気遣いは不要だろう。


ソフィアが座ると同時に、目の前にティーカップが出される。レイナとガイリアスが飲んでいるものと同じ、香りが強い紅茶だ。

ハクは、香りを楽しむという行為をあまりしないため、珈琲が置かれてある。


『毒入り』と言う言葉を聞き、警戒していた護衛の人間がティーカップに手を掛けるがソフィアがそれを手で制す。


「俺にはよくわからないが、聞いたところによると最高品質らしいな。今朝摘んだ茶葉を使っているらしい」

「そうね、良い香りだわ」


カップを手に取ると、顔前に近付け香りを嗜む。鼻からすーっと抜けるその香りは、甘い果実のよう。

警戒することなく、口に持っていき、想像の通り「美味しいわ」と漏らす。


「何処から取ってきた茶葉なの?」

「実は言うと庭に生えた雑草なんだよな」

別に隠しているわけでも無いが、複数ある拠点の近くで取れている茶葉であるがために、適当に受け流す。

恐らく、特定するのにも容易いと思うが自分の口からは言いたく無いってのが心情だ。


「それで、本題に入るんだが...ソフィア姫は何でここに?」

最低限の敬称として姫をつけて見たものの、敬語で無い為、今更感もある。

ハクの問いに、一拍置いて答えが返ってくる。


「特殊任務部隊が行った今回の任務。確かにそれは、国際的犯罪組織の制圧――だったわよね?でも、実際突入した先は私の部屋。過程がどうあれ、それは重罪よ」


どこまで知っているのかと言いたくなるくらい正確な情報。聞いた所で話てはくれないだろうが、彼女の情報収集能力には驚いた。


「それで俺たち特隊を拘束しようと?」

「本来なら、拘束じゃなくって、死刑ね。でも、貴方達程の人員を手放すほどクレイア王国も落ちていないわよ。そこで提案なのだけれども...」


まるで芝居を見ているかのように淡々と出てくる言葉。そこでふと、ハクは察した。初めから仕組まれていた状況なのだと。

良く考えてみれば分かることだったかも知らない。彼女が保有する情報の数々、それに拠点の場所。


それこそ、短時間で調べ上げられるほどの隠蔽工作はしていない。となるとやはり、前々からこの時のために準備していたものだと考えるのが妥当だろう。


「条件付きの釈放でどうかしら?勿論、口外しない事は約束するわ」

「条件にもよるな」


無論、どんな条件だったとしても飲まずにはいられない状況まで追い込まれていた。ここで彼女を殺害し、死人に口なしという状況を作るのもありだが、その後のことを考えると恐ろしくて実行できそうにも無い。


「そうね、貴方達特隊の人間はクレイア王国の騎士団に入って貰うわ」

「――なッ!!」


ソフィアの言葉に、今まで沈黙を貫いてた騎士が思わず口を開く。

それもそうだろう。犯罪組織や悪人の殺害とは言え、やってる事は犯罪に他ならない。

犯罪者を誇り高き騎士団に入れるという発想は、騎士服の彼女には無かったようだ。


「騎士団に入るには、魔法師育成の学園を出るのが条件だった気がするが?」

「そうよ、だからガイリアスさんとレイナさんそれと、ここには居ないレフィーさん以外は、学園に通ってもらうわ」


騎士団に入るには、各国に設置された専用の学園を卒業するのが最低条件だ。

そこでは、結界外の知識や魔獣に関してを深く学び、更には戦闘術までもを教えるらしい。

そこを卒業出来る人間は、入学時の半数以下。その原因は、卒業試験となる実践においての死亡が原因らしい。

 年々卒業生の数を減らしているクレイア国は、例えどんな人材でも欲しいのだろう。序に言えば、この卒業試験の制度は協定五カ国で採用されている。騎士団側も、国民の税で運営しているためその分厳しさがある。

 だが、常に死に直結する騎士は待遇が良い。


「レフィーは名を捨てている。今はノアだ。それと、特隊はどうするんだ?俺が手塩を掛けて育てた人員も多く居る。流石に手放すのは惜しい」

「ノアさんね、分かったわ。表向きには解散。でも、どうしてもと言うなら私の方で騎士団に掛け合って新部隊の設置をしてもらう事も可能よ」

「そうか」


 悪くない話だとも言える。特隊が解体されたとしても、騎士団の方で代わりとなる部隊を置く事が出来る。しかし、レイナやガイリアス等、騎士団を憎む人間も多く居るのは事実。隊長と言う地位にいるが、 この案件は独断で決める事は出来ないだろう。


「即決は出来ない。隊員の意見も聞かないといけないからな」

「そう、なら今晩王宮で待ってるわ」

 ソフィアは、最後まで笑顔を崩さず席を立つ。最後に「ごちそうさま」と言い残すとドアの外に出て行った。




「隊長・・・どうするんですか?」

 会話を見守っていたレイナが、申し訳無さそうに呟く。その隣、ガイリアスは腕を組み瞑想をしていた。


「恐らくは、前々から特隊の情報を持っていて、俺達を誘いこんだんだろう。デビルスの件もブラフだな・・・。とにかく、俺の一存じゃ決められない。隊員を酒場に呼んでくれ、今すぐいくぞ」


「「了解」」


 日が昇ってまだ間もない。約束の時間が今晩ならじっくりと考える時間はある。ハクに付いてこれない隊員は、まともな生活を遅らせてやれば良い。

 今後の方針を一度頭の中で考える。

「面倒事は嫌なんだがな」と呟きを漏らすと、拠点を後にした。

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終焉の魔法騎士 漣 恋 @kurousagi4755

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