終焉の魔法騎士
漣 恋
第1話
『聞こえるかハク』
耳に当てたインカムから聞こえる、低音の男性の声。
全身を黒で包んだ少年は、口を小さく開き返答する。
「問題ない」
薄暗い街中を、颯爽と走るその様は目に追えない程のスピードを維持している。
リズムよく鳴る歩調音は、規則正しく乱れを感じさせない。
『今回の目標は殲滅じゃあない。制圧だ。くれぐれも暴れないようにな』
「わかってる」
現在、作戦任務中。今回の敵は国際的犯罪組織『デビルス』。名前からして、想像するに容易いその組織は禁止薬物から誘拐、窃盗等、数えきれないほどの犯罪を犯している。
各国に配置された、対魔獣組織の『騎士団』には対処出来ない事案はフードの少年が所属している特殊部隊、通称特隊と呼ばれている部隊が処理をしている。
特隊は、主に騎士団所属していない『優秀な魔法師』が集められており、個々の戦力は桁違いだ。
その為、敵に遅れを取ることは有り得ないが――今回は例外も良いところだろう。
デビルスが栽培している禁止薬物は、魔力激上薬と言うものだ。
禍々しい程黒く、それでいてうっとりとするような綺麗な花弁の中心部に、紫色の種ができる。それを乾燥させ、すり潰し、液状化したものが魔力激上薬だ。
効果は大体一時間弱。その間、体内の魔力が爆発的に膨れ上がり、枯渇する事なく魔法を放てる。痛みや精神を乱すと言う点では、興奮剤によく似てるが、この薬は使用後百パー死に至るとされている。
『右手にあるビルの最上階がボスの潜伏先だ。見つけ次第拘束しろ。良いか?絶対に 殺すなよ?』
「了解」
釘をさすように忠告するのには訳があった。
普段、少年が行う任務は殲滅。それは、人に限らず魔獣に対してもだが、彼の魔法は規模が大きい。と言うのも、魔法はある程度であれば調整する事は可能だ。しかし、それは体内に取り入れられる魔力量によって左右されてしまう。
常人とは桁が違う魔力総量を秘めている少年は、例え小規模な魔法でも、その数千倍もの威力を出すことが出来る。だからこそ、人間相手に魔法を使う事は決して無いのだが、流れ出る魔力が相手の魔法に反応する可能性もあり得る。
少年が普段着として、着用している仕事着は魔法を抑えることが出来る優れものだ。中生地の至る所に魔法陣が埋め込まれており、普通の人間ならば魔法を発生出来ない程だが、それでも、漏れる魔力は止まらないのだから対処のしようが無い。
「ここか」
辺りを一望できる程の高さを誇るビルは、主に貴族と呼ばれている上流階級の人間が住んでいる。一つの部屋が大きく、百階まであるビルは、とても高いらしい。それこそ、一生働いても稼ぎきれないほどの金額だとか。
左手に付けられた腕時計を見れば、時刻は深夜の一時。だと言うのに、ビルの上層は殆どが灯りを灯していた。
ビルの前にはガードマンが数人。とても正面からは突破出来るとは思えない。
「なぁ、本当に正面からは駄目なのか?」
改めて見上げると、その大きさに驚く。恐らく五十階辺りまでは視認出来るが、それより上はぼやけて見えない。
当初の目的では、外壁を登り、窓から突入と言うものであったが建物の高さを考えてなかったのだろう。
『無理だな。今回は、一般市民も多くいる。それも、貴族とか言う面倒くさい連中だ。出来るだけ厄介事は避けたいんだがな…』
歯切れの悪い返答は、否定を意味していた。
「そうですか。だったら魔法の使用許可をくれ」
流石に命綱無しで、外壁を登るのは無謀だ。凹凸のある場所ならまだしも、足場の無い場所ならば魔法を使わなければ登れない。
『まぁ、しょうがないな。出来るだけ見られないようにしろよ』
「可能な限りな」
少年はそう言うと、魔法を構築する。
魔法の発現方法は三つある。一つは詠唱と言い、詠唱文と呼ばれている文字を言葉に出して発現する方法。事実に気が付いている人間は少ないが、これは詠唱するだけで、魔法が発現するのではなく。記憶の底にある、魔法の構築を無意識に行っている。
無意識であるが故に、詠唱を必要とするが二つ目は無詠唱と言い、魔法の構築を自らの手で行うと言うもの。
これは、魔法の知識だけではなく何故そうなるのかと言うメカニズムを理解する必要がある。その為、扱えるのはごく一部のみ。
三つ目は魔法具に予め構築しておくと言う方法。無詠唱魔法と似ているが、魔法陣と言われている古代文字を魔法具に記し、それに魔力を流す事によって魔法が発現される。
少年のコートに記された魔法陣もまた、魔法具であり『魔力制御』が付けられている。
少年は脚に力を入れると、何も無い場所を飛ぶように上がっていた。まるで、そこに台か何かがあるかの様に、自然と脚を運んでいた。
『おいおい・・・。何だよその魔法は?』
少年の近くを浮遊する小型カメラから様子を伺っていた声の主は、今までに見たことも無い魔法を前に驚きを隠せないようだ。
「空間を固定して、歩けるようにしただけですよ」
理解し難い解説に、耳を傾ける――だが、やっぱり分からない。空間を固定する魔法何て存在しない事は無論の事。しかし、
想像出来ない話だが、何らかの物質を空間に配置し、それを拘束魔法で固める。それを足場にするとなると、強度や安定性が求められる。
仮にその魔法が世に知れ渡った所で、扱えるのは少年だけだろう。
『興味深いな』
「それだったら、後で種明かしにでも伺いますよ」
『あぁ、期待しているぞ』
こうして話している合間にも、脚を止めない少年は遂に最上階――ボスの部屋まで辿り付いていた。
まるで、外の光を遮断するかのように閉められた黒いカーテン。部屋の中には、少しばかりの明かりが灯火いてる。
「拠点確認。作戦を実行する」
『健闘を祈る』
任務に移行する前に必ず行われる会話。意味は今一よく分からないが、特隊では基本的なものだ。
豪快に窓を突き破り、侵入する。割れたガラスと共に地面に転がり即座に伏せる。
奇襲の場合、突入時に即死なんて物は珍しくも無い。出来るだけ身を低くし、情報を整理する。
目の前で優雅にカップを手にしている女性が目に入った。性別までは聞いていないが、恐らくこの人物こそが今回の標的――デビルスのボスなのだろう。
裏の組織のボスだとは一見して分からない程の美しさ。まるで夜空を照らす月の様な金色の髪は、長く伸び、それで居て艶やかさが目立つ。物静かな雰囲気は何処と無く、可憐な人形を連想させる。
脚の付け根まで伸びたソックス。学生服のような着衣、控えめな胸元に着けられたロゴは羽を広げた鳥の様な物。
やはり、とても犯罪組織を纏める人間には思えなかった。見るからに歳は十代。家庭的な部屋には、連れの一人もいないのは少し不自然だ。
「デビルスのボスはお前か?」
確認の意味を込めて、対峙する女性に声を掛ける。デビルスと言う言葉に、少し反応し、目を細めていた。ボスでないにしろ、関係者である確立は高い。
「人の家の窓を壊して、更に不法に侵入。開口一番に私を犯罪者扱い?余り怒らせないで」
途端、息苦しさを覚える程膨大な魔力が女性の体内から溢れ出る。それでも尚、ティーカップは手に持ってままで、警戒すらしていない様子だ。
「悪いが、身柄を拘束させてもらう」
少年は、そう言うとゆっくりとした足取りで女性に近付く。別に無防備を晒していた訳では無い。あの程度の魔力量なら、どうにかなると過信していたのかも知れない。
刹那、女性の周囲に幾つもの水の塊が浮遊する。直径3センチ台の水玉は、徐々に膨張していき、両刃の剣にと姿を変えた。
「それ以上近付いたら放つよ?」
ティーカップを傾け、余裕を見せる笑みは何処と無く気品を感じさせた。
「そうかよ」
「――ッ!?」
目の前の女性が驚いたのも無理はない。少年が右手を払っただけで、剣の形に化けていた水の塊が一つの例外もなく、ただの水となり地面に落ちたのだ。
少年が使った魔法は、彼の固有魔法
この魔法を扱う事が出来る人間は、少年を含め三人程しかいないだろう。構成を理解したとしても、他人の魔法に干渉する事自体がまだ、研究段階でありその仕組みは明かされていない。
無論、構成を理解していなければ魔法と言う力は実現させることは不可能だ。その為、少年は熟知している。しかし、それを世に広めてしまったらそれこそ、犯罪は増え余計な被害が多く出る。
呆気に取られている女性を前に、行動に移そうと歩み寄った途端、耳に当てたインカムから声が漏れる。
『ちょ、ちょっと待て!!』
「――うるさい・・・」
耳が痛くなる程の声量に、苛立ちを覚えた。基本的に、任務中は通信を切る。それは、相手からの通信妨害、逆探知を警戒しての事だが、どうやらまだ繋いでいたらしい。
『すまない。だが、ハク・・・此処が何処だか分かるか?』
「――は?クレイア王国の高級ビルじゃ?」
通信の相手――ガイリアスの意図が分からず、知っている情報だけを確認の意味を込めて返答する。
しかし、ガイリアスから放たれた言葉は想像を上回る答えだった。
『・・・あぁ、そうだ。あのロゴはクレイア王国の王族である証だ・・』
「まじかよ」
ただでさえ、秘密裏に行わなければいけない任務はこの時点で大事になっていた。もし仮に、デビルスのボスが王族であるならば、止める事も出来ない。それは一国の王と敵対する事を意味しており、協定を結んだ五つの国から犯罪者として晒されるだろう。
そうなれば、表立って情報の収集が出来なくなる。組織の解体も免れないだろう。
幸い、深くフードを被っている少年は顔を見られていない。即座に撤退をすれば、素性は割れないはずだった。
窓から撤退しようと、背後を向いた途端部屋の気温が一気に下がった感じがした。
(・・・氷属性まで使えるのか)
水属性の上位互換である氷属性。適正が水属性ならば、次のステップとされる氷魔法は、破壊力が凄まじく、微調整が難しい。事実、氷魔法での事件は多発し、一時の間禁止魔法とされていた程なのだ。
「誰と話しているのか分からないけど、逃がす気は無いよ――ッ!!」
瞬きほどの一瞬で構築された魔法は、両刃の剣。先程のように大量ではなく、六つの氷で出来た剣だ。彼女を中心とし、刃を外に向けて回転するそれは、速度を増し、まるで止まっているかと錯覚するほどの速さを維持していた。
「
手を前に突き出し、放たれた魔法は地面を凍りつけにしてく。赤い絨毯を銀の塊が貫き、部屋に幾つもの突起物を生み出した。
秒も満たないうちに足元まで迫り来る冷気。身体速度では間に合わない回避を、少年は魔法を使う事で逃れた。
地面を揺らすほどの爆音。爆風に晒されたビルの窓は例外なく砕け散り、周辺を灰と化した。
爆風に乗り、脱出は出来たものの想像以上の被害であった。当然、インカムからはお叱りの言葉が数時間と続いたが、今は顔を見られず撤退できた事を誇るべきだろう。
軽い足取りで地面に降りた少年は、背後を振り返り軽く魔法を掛ける。最上階の一室から出ていた炎は治まり、黒い煙が残っている。
「こちらジョニー任務失敗だ」
『はぁ・・・誰がジョニーだ。後で覚えておけよ』
「忘れなかったらな」
冗談交じりに苦笑う少年。いずれにしろ、帰還の際に顔を合わせることになるだろうが、起きてしまった事はどうにもならないと開き直る。
怒られると思うとどうも足取りが重たい。制圧任務は勘弁だ、と愚痴を漏らすとその場を逃げるように去って行った。
――この時、思っても見なかっただろう。この事件がきっかけに特隊が解散になるとは。
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