第■話 黒猫(りめいく)

 夜闇に溶けてしまうほど黒い髪や服装に、それらとは対称的な透き通る白い肌。金色の瞳を輝かせて、黒猫──イカスミは、獰猛な歯を覗かせて笑う。


 ……しかし。


「……どこから説明したらいいか分かんねぇな?」

「それな。私だけ罪被るつもりでいたから、もうこれアドリブだね。そして私はアドリブに弱い」

「おいてめぇしっかりしろや」

「サーセン」


 説明内容がまとまっていないのか、小声で朧気なやり取りをしている。ついでに、あんかけのチョコ味発言がわざとだったということも判明。

 それはどうでもいい。僕は、早くイカスミが何者なのかを知りたいのだ。彼女には何故か惹かれる。フルルに抱く感情とは違う、別の何かを感じる。


「ごほん。──えっと、まず、ボクは外の世界から来たんだよ。もともとボクはノラネコだったってわけ」


 確かに、耳がその単語を拾った。外の世界、と。

 ──ああ、そうだったんだ。

 イカスミは僕と同じ、外の世界からやってきたフレンズなのだ。だからこんなに彼女のことが気になった。ただ、それだけ。それだけだったんだ。フルルへのものと同じような感情なんて、抱いてなかったんだ。そう分かった途端、すごく安心した。


「ヒトはすごく賢いんだ。ボクには到底理解できないものを使っていて、ネコよりも遥かに発展した文明を築いている。……でも、馬鹿だ」


 途中までは共感していた。外の世界で僕は、ヒトのもとで暮らしていた。餌は何も言わなくても持ってきてくれるし、汚れたところは綺麗にしてくれていて、種族は違うのに僕達のことを見透かされている気分だったのを、よく覚えている。

 でも、最後の最後で、まるで突き放されたような感覚を味わった。


「或る日、路地裏で見たんだ。──ヒトがヒトを、殴っているところ。何かは分からなかったけれど、多分大事なものを奪ったところ。殴られたヒトは動かずに、ずっと泣いていたところ」

「──ぇ」

「ボクは、その日からヒトが大嫌いになったんだ。ま、無理もねぇだろ」


 残酷な話に、フルルが小さく悲鳴を上げた。

 でも、僕はその話に付け加えたかった。

 ヒトだけじゃない。ペンギンだって、自分勝手なのだ。信じていた僕を簡単に裏切って、さっさと去っていく。イカスミが怒る真摯な声を聞いて、少しだけ心地良さも感じてしまったのは、間違いか。


「それから何日か経って、ボクは死んだ。くるま?ってやつに、轢かれたらしい。そしたら、このジャパリパークに落ちたんだ」

「そーそー!そしてその砂浜で私はイカスミを拾った!最初は全然言うこと聞かなかったけどね!」


 当然のことだ。あんかけはヒト。彼女の忌むべき存在なのだ。


「でも、えっと……あっ。──『すごく分かるよ。みんな本当に、楽しんで生きられてんのかな?』」


 一瞬、その一言が、僕の心に染みた気がした。


「この一言でやっと口説けたんだZE!」

「誤解を招きそうな言い回しをやめろ。あの海に沈めるぞ」

「溺死はやめて。一番楽だっていう凍死がいい」

「ゆきやま行ってこい」


 何だコイツら。僕が感動してたのに茶番始めたな。しかも仲が悪いときた。面倒くさいコンビに絡んでしまったかもしれない。


「おっと、話が逸れたな。……とまあ、今はこんな感じであんかけと居るが、あの日のことを思い出すと……やっぱりヒトはまだ苦手だ。ヒトの形をしたフレンズも怖い。だからろっじの部屋『ごろごろ』に居候させてもらってるんだぜ」

「でも、フレンズはみんな優しいよ〜?」

「最近、ちょっとだけ実感してきた程度だからな……」


 フルルが優しい声をかけると、唸りながら頭を掻くイカスミ。そんな言葉をかけられても、心の壁は未だに壊れていないらしい。彼女は、誰かを信じるということが苦手になっている。


「ま、お前らと話すのはマシになってきたよ。何も考えてなさそうだしな」

「良かった~」

「そこは反論するところだぞ、ったく」


 フルルの愛らしい天然な反応に、イカスミが小さく笑った。最初に浮かべた、野生動物が獲物を見据えたような恐ろしい笑みではなく、年相応の少女の柔らかい笑みだ。

 男らしい口調なのにあんな顔もできたのかと、フルルの隣で小さく驚く。


「……それにしても、トラウマを持ってるなんて、グレープと一緒だね~」

「そ!外の世界から来て、しかもトラウマを持っている。正に、グレープと同じポジションなのだよ」


 確かにそうだな。僕と彼女は共通点が多い。彼女の気持ちには、時折共感させられる。


「じゃ~、トラウマを克服させるあんかけはフルルと同じぽじしょんだ!」

「え……」

「有り得ない?いや、アリエーr」

「言っておくが……ボクはお前のイエネコじゃないぞ」


 フルルがあんかけ、僕がイカスミと同じポジションにいるという話を聞いた途端、冷ややかな視線を二人に浴びせるイカスミ。

 だが、突然『イエネコ』の話をした。その理由が理解できず、フルルがゆったりした声で尋ねる。


「何でイエネコの話~?」

「だって……結婚するっていうことは、あんかけの家族になるっていうことで……家族になるってことは、イエネコになるってことだろーが。ボクはそんなの御免だ。一生ノラのままでいい」


 なるほど。そういう考えに至るまでの道筋はしっかりしているな。

 でも、僕と飼育員さんは夫婦だったのだろうか。もちろん、どちらかというと僕達は『ペット』ではないけれど。

 イヌを連れたお客さんも動物園に来たことがあるけれど、そのヒトとイエイヌが夫婦だったかと聞かれると、そうとは言いづらい。


「……ふっ。そんな勘違いをしちゃって可愛いね。私は好きだ。黒髪ショートで?ボクっ娘?けも耳に?尻尾?八重歯?何だこれ最高かよ!」

「いいぜ、何とでも言えよ。お前の不細工なツラが、もっと不細工になるだけだから」

「それはマジで洒落にならんから。とりま爪しまえ?」


 不意にイカスミが光に包まれ、何事かと思ったら、どうやら『野生解放』しているらしい。爪の辺りから虹色の光が漏れ、金色の双眸が強い光を帯びている。本気だ。あんかけ逃げて。


「とにかく、良い子はもう寝る時間だ。ボクから言うことは何もねぇから。あんかけをボコしたければ残れ」

「てっめ!」

「うーん……なんだかあんかけを倒すと悪いことが起きる気がするな〜……」

「うわ合ってる。作者だし……アンダーザ・シー……」


 あんかけがよく分からんことを小声で呟いた気がしたけれど、イカスミの正体を知ることができた僕とフルルは満足したので、部屋へ戻ることにした。


 翌朝、出発の時間になったので、僕とフルルの二人だけは真っ先に『ごろごろ』へ行き、あんかけとイカスミに別れを告げた。ちなみに、あんかけの顔に引っかき傷はなかった。

 それから、ろっじでお世話になったフレンズ達にも感謝と別れの言葉を伝え、ろっじを出発。

 PPPはみずべちほーへと帰ってきた。


 だけど、僕はしばらく忘れられなかった。

 僕とよく似た立ち位置にいるフレンズ。僕とよく似た感情を持ったフレンズ。

 最初は怪しくて、もしかしたら悪い奴なんじゃないかと心のどこかで思っていたけれど、やっぱりいいフレンズだった。がさつな喋り方をしていたけれど、本当は優しい性格のフレンズだと思う。


 ──これでもう、イカスミも友達フレンズだ。






 ***






【アトガキ】


 インスピレーションの赴くままに書いてしまったよ、黒猫りめいく……。

 でも140話とは違ってイカスミがだいぶ毒舌なうえデレてないので、違う世界線かもしれないから一応『第■話』にしときました。


 「何で今更黒猫りめいく?」ってなったかもしれません。

 まあ、黒歴史を塗りかえてやりたかったのもありますが、別の理由も。


 イカスミの再登場が明確に決定したので、そのお祝いです。

 まだ登場はしていないけれど、いずれ登場します。

 ちなみにクリスマスの近況ノートに書いたラブコメです。


 そしてちなみにBLです(!?)。


 主要人物である二人のうちのどちらかの姉という設定です。いつか登場するのでよろしくお願いします。

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桃色に紫色ってあうよね あんかけ(あとち) @Ohoshisama124

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