ドラゴンを召喚したい
亀虫
ドラゴンを召喚したい
よく晴れた日の夕方、夕陽に照らされながら、公園の遊具に二人の少年たちが腰かけて話をしていた。
「ドラゴンを召喚したい」
「……は? 何言ってんの?」
和志は友人の弘道の発言に困惑していた。もう小学校六年生なのに、弘道はいつも現実離れした変なことを言い出す。今の発言もそんな突飛な発想から来た発言だ。もしかしたら弘道はリアルとファンタジーの区別がついてないのかもしれない。和志は少し彼の将来が心配だった。
「だから俺はドラゴンを召喚したいんだよ」
「いやそれはわかったけどさ、ドラゴンなんているわけないじゃん! あれは空想上のモンスターで、現実には存在しないの! わかってる?」
和志は弘道を諭すように言った。存在しないものを気にかけるなんて時間の無駄! 俺のお母さんもそう言っていたから絶対にそうだ。それを弘道にもわかってもらわなきゃだめだ。だから俺が教えてあげなきゃならない。
「でも、俺は知ってるよ。ドラゴンが本当にいるってこと。ゲームや漫画だけのものじゃないんだ。絶対にいる。この前見たし」
弘道はしゃあしゃあとそのような世迷言を抜かす。ドラゴンを見た? そんなはずはない。そんなのがいたらすぐニュースになるはずだ。和志は弘道の言うことを信じなかった。
「本当にいるっていうなら証拠見せろよ。写真とか撮ってるんだろ?」
「ないよ、カメラもスマホも持ってないもん」
「じゃ証拠ないじゃん! 大人の世界だと証拠がないものは信じてもらえないんだぞ!」
和志は少しムキになった。ありえないことばかり言い出す弘道がなんだか許せなかった。
「っていうか、弘道はドラゴン召喚してどうするんだよ」
「ドラゴンを召喚できたら……世界征服がしたい」
「お前は悪の支配者か! そもそもそんなことしてどうするんだ。悪役ってだいたい正義のヒーローや勇者に倒されちゃうだろ。お前は退治されたいのか!」
「それも……いい。滅びの美学」
弘道の目はキラキラと輝いていた。和志はその目が嫌いだ。見ているとイライラする。
「はぁ~! ホントにお前と話してると頭痛くなってくる」
「だって……ドラゴン見たんだもん」
「だからありえないの! もし見たとしてもそれ夢の中だから! 寝る前にゲームとかやったから、その影響でお前の夢に出てきただけ! そんくらい六年生ならわかるだろ!」
和志は強い口調で言った。それを聞いた弘道はうつむいてしゅんとなってしまった。あれ、ちょっと言い過ぎたかな? と思って、少し反省した。
「じゃあ、ドラゴン見たときのお話する! これで信じてくれる?」
弘道はすぐにまたパッと明るい顔を取り戻して言った。和志は思った。あ、やっぱりだめだコイツ。一瞬でも言い過ぎたと思った俺がばかだった。これは重傷だ。説得するのは一筋縄じゃいかないな。どうせこれから話そうとしてることも作り話だろうけど、俺から言っても頑固な弘道は聞かないだろうな……。仕方ないから、聞くだけ聞いてやろう。
「わかった。そんなに信じてほしいなら話してみろよ。話だけは聞いてやる」
それを聞くと、弘道はさらに生き生きした表情になって話し始めた。
「わかった! まずこの前
「ちょっと待て、まずそのヤマモトのお兄ちゃんって誰!? ドラゴンと一体どんな関係が!?」
「えっ? 矢魔元のお兄ちゃん知らないの? ホントに?」
知ってて当然のことを何で知らないの? と言いたげな調子で弘道は言った。
「知らんわ。ホントに誰だよ!」
「矢魔元のお兄ちゃんはねえ……この前この公園で出会ったお兄ちゃんなんだ。すごい人だよ」
「すごいって、何がどうすごいんだよ」
「何がってねえ……とにかくすごいの」
「全然話が見えてこないんだけど」
「うーんとね、実際に見ればわかると思うんだけど……あ、あそこ見て! 矢魔元のお兄ちゃんだ!」
突然弘道は遠くを指さした。
彼が指さした先にはベンチがあり、そこに何か立っていて、後ろから夕陽に照らされて大きな影を作っていた。
……いや、影だけじゃない、本体がそもそもデカい。
「ふっ、僕を呼ぶ声がしたのでね。駆けつけてきたのさ!」
そのデカいのはそれに負けないくらいデカい声で言った。そして、突然「とうっ!」と言って跳び上がった。そこまで高く跳んだわけではないのに、反動でベンチがひっくり返りそうになり、着地の瞬間、ズシンという大きな音とともに地が揺れ、その振動がこちらまで伝わってきた。
そして、それはドシドシとこちらへ歩いてきた。近づいてきたことで影となっていたところがよく見えるようになり、その全容が明らかになった。
彼はリンゴを思わせる丸い体型をしており、その身体は脂肪をたっぷり抱え込んでいた。薄汚れた白いスニーカーを履いており、上下ともに黒いジャージで、巨体の上には体型同様に丸い頭が乗っていて、レンズの分厚い黒縁眼鏡と赤いバンダナを着けていた。背中には青く大きなリュックサックを背負っていて、その中から一本の筒が飛び出ていた。
「ほら和志くん、この人が矢魔元のお兄ちゃんだよ! すごいでしょ!」
うそだー! 和志は目の前の現実が信じられなかった。まさかこんな絵に描いたようなオタクの格好をした人が存在するなんて! 弘道が「ドラゴンいるもん!」などと言い出したことよりもよっぽどショックだった。
「矢魔元のお兄ちゃんはね、三十四歳無職独身、身長172センチ体重102キロ、その巨体は大地を揺らして空間を歪め飛ぶ鳥も地に落としちゃうんだって」
楽しそうに弘道は語った。いや、確かにすごいけど! 今の紹介で何か出来そうな人っぽいところあった!? ただのデブじゃん! っていうかこの体重でベンチから跳んで壊れないとか、あのベンチ頑丈だな! と思う和志だった。
「ふっ、よせよ、弘道くん。せいぜいトンボを落とすくらいが関の山さ」
矢魔元とかいう巨漢は右の掌を額に押し当て、いかにも「やれやれ」なポーズを作った。何それ、かっこつけか? 絶対似合ってないって! どこかで見た気がするポーズだけど誰の真似だよ! 見苦しんだけど!? 和志は口をあんぐりと開けてその男を見ていた。
「あのね、矢魔元のお兄ちゃん。今日は見せてほしいものがあるんだ」
弘道は目を輝かせて言った。一体彼はどんな手法でこのデブに丸め込まれたのだろう。気になって仕方がなかった。
「ふっ、なんだい? 叶えられることならなんでも言ってごらん」
そのままのポーズで矢魔元は答えた。いいからそのポーズみっともないからやめろ。
「えっとね、お兄ちゃんにはまたドラゴンを召喚して見せてほしいんだ! 和志くんがなかなか信じてくれなくて」
「なに、それは本当かい、和志君」
やめろ矢魔元、俺の名前を呼ばないで。なんだか身体が痒くなってきた。蕁麻疹が出そうだ。
「まあ、仕方ないさ。ドラゴンを呼び出せる者は滅多にいないのだから。だが、僕くらいのレベルの高位魔法使いになると、それくらいわけないのだよ」
矢魔元は太い指をビシッと和志に向けた。そのとき彼の身体中のぜい肉がぶるんと揺れた。
「は? 魔法使い?」
和志は思わず考えていることを声に出してしまった。魔法使いだと? またそんなファンタジーなことを。ありえん!
「矢魔元のお兄ちゃんはね、三十歳になったのを境に魔法が使えるようになったんだって! すごいよね!」
弘道が補足をした。そっか。そんな設定か。三十超えたいい大人になっても、痛い人だなぁ。和志は馬鹿らしく思って半ば投げやりに言い放った。
「じゃ、ヤマモトさん。その魔法を見せてくださいよ。ドラゴン、出せるんですよね。出してみてくださいよ。論より証拠ってことわざもあるじゃないですか。僕を納得させられる魔法を是非お願いします」
さあ出してみろよ、えせマジシャン。鳩でも出てくれば御の字だ。
「ふっ、言われなくてもそのつもりだよ、僕のスペシャルな友人、弘道くんのお願いだからね。これを見れば絶対信じてくれるさ。さあ刮目してみよ、我が魔法をっ!」
そう言って矢魔元は大きなリュック(彼が背負うと小さく見えるが)をドスンと下ろして、その中から次々と謎のアイテムを取り出した。アニメのキャラ(?)が描かれた箱。丸められたポスター。携帯ゲーム機。漫画やライトノベル。それらが外に出されて積み上げられていった。
おっ、と和志は少し思った。まさか、こんなものを使って魔法が起こせるのか? この男はこれらの道具を使って一体何をするつもりだ?
「ちょっと待っててね……。あっれー、どこにしまったんだっけ……」
矢魔元は小声でつぶやいた。なんだよ、別の道具探してただけかよ! 今出したやつ使わないのかよ! ちょっと期待しちゃったじゃん、鞄の中くらい整理しとけよ!
「あっ、そうだこっちだ」
何か思い出したようにリュックサックの別のポケットを開けてケースを取り出した。そしてそのケースの蓋を開け、中から一枚のカードを取り出した。
「ふっ、ドラゴンを呼び出すのにはこのカードを使うのさ」
じゃーん、とそのカードを二人に見せ、矢魔元はドヤ顔でそう言った。顔からは脂肪分をたっぷり含んでいそうな汗がダラダラと滴り落ちていた。
っていうか、なんだそのカード。どう見てもトレーディングカードなんだけど。レアカードっぽくキラキラ光っててドラゴンの絵が描いてあるんだけど。ホントにそれで召喚する気なの? やっぱりこの人の頭も弘道みたいにお花畑かな? 類は友を呼ぶって本当だな。
「ではこれより召喚魔法の実演に入る! まずは円を描く」
矢魔元は説明しながら砂の地面に木の枝で丸を描いた。
「そして、この中に文字と紋様を書く」
おっ、よくある魔法陣? 魔法使いっぽくなってきた。
そして、そこからがすごかった。矢魔元の太い腕が急にものすごい勢いで動き、意味不明な文字が書かれていくのだ。シュバババッ、と音がしそうだった。その動きはもはや只者ではなかった。
おお、すげえ! 斜に構えていた和志もこれには目を奪われた。次々と刻まれていく謎の文字は彼を魅了し、虜にしたのだ。
「これで魔法陣の完成だっ! そしてこの中央にこのカードを設置だ! ほいやっ!」
そう叫んで矢魔元は円の中央にさっきのカードを置くと、魔法陣が突然輝きだした。
「えっ! うそっ……!」
和志は眼前の超常現象にただただ驚くばかりだった。文字がひとりでに光りだすなんて。こんなことってありえるのか。自分の中の常識が音を立てて崩れ落ちていった。
だが、光っているだけで何も起こらなかった。
「ふっ、驚いたようだな。だがこれはまだ準備が終わっただけの段階だ。ここで魔力を注ぎ呪文を唱えることで召喚魔法は完了する」
「魔力を注ぐ……?」
「そうだ、和志君。君はドラゴンや魔法が信じられないのだったね。なら、自分自身の手でその門を開いてみることだ。そうすれば、信じることができるはずだよ」
「でも、俺……」
「自信がないのか? 大丈夫さ。準備を整えて呪文さえ唱えれば、魔力を注ぐのは誰でもできる。もちろん君にもだ。さあ、一歩前へ踏み出してみたまえ」
和志は魔法陣の前に立ち、掌をカードに向けてかざした。
「さあ、僕に続いて呪文を叫ぶのだ! せーの、『ドラドラデロデロチョイサッサー!』現れよ、ドラゴン!」
ダサッ! 呪文ダッサ! でも魔法の虜になっていた俺はそれを唱えた!
「ど……ドラドラデロデロチョイサッサー!」
すると、光る魔法陣の中からトカゲのような頭部が、続いて大きな翼と鋭い爪の付いた脚、そして最後に綺麗な鱗が並んだ長い尻尾が現れた。
「これが……ドラゴン。これが……魔法!」
和志はその神秘的な美しさに見とれた。こんなにも美しいものが世界に存在するなんて思っていなかったので、感動した。
「本当にあったんですね……! 俺、疑ってました。あなたも、友達のことも。俺が愚かでした。心を入れ替えます! あとあなたのことを本物の魔法使いと知らずに汚いデブとか思っててごめんなさい!」
「ふっ、理解できたようだな、和志君。この世の中には一見よくわからないことがたくさんある。だが、それを一部分だけ見て早まった判断を下して、ありえないと決めつけてはいけない。よく目を凝らして見たら、ないと思っていた場所に何か大切なものが埋もれているかもしれない。現にここに君がありえないと思っていたものが存在しているではないか。だから「ない」なんてことこそがありえないのだよ。そういう考えを、君には大事にしてもらいたい」
「……はい!」
そして矢魔元は巨体を翻し「ふっ、では僕はこれで失礼する。もうすぐで『ポヤットモンスター』が放送される時間なのでね。アデュー!」と言って姿を消した。
「いいなー、和志くん。俺もドラゴン召喚したかったー」
弘道がドラゴンを撫でている和志に話しかけてきた。
「弘道、悪かったな。ドラゴンのこと疑って。お前の言う通りだった」
和志は申し訳なさそうに言った。ドラゴンはその場でじっとしていた。
「いや、いいよ、そんなこと。信じてもらえてよかったー」
弘道はニッコリ笑顔を見せた。それを見て、和志も微笑み返した。
「ところで、ドラゴンっておとなしいんだな。もっと凶暴だと思ってた」
和志は疑問を呈した。たしかに、召喚されたドラゴンは暴れまわることもなく、じっとこちらを見つめていた。
「えっとね、ドラゴンは呼び出した人の言うことをなんでも聞いて動いてくれるんだって。だから攻撃してって言ったら火を噴いて攻撃してくれるし、守ってって言ったら大きな翼で君を守ってくれるんだ。召喚魔法で召喚すると必ず従順なしもべになるからだ、って矢魔元のお兄ちゃんが言ってた」
「へえ……そうなんだ。じゃ俺もそろそろ家に帰りたいから、命令してこいつも元の世界に帰ってもらおうかな」
「それは無理」
「は? なんで?」
「召喚されたしもべを戻すときは、また魔法陣を描かなきゃだめなんだ」
「でも魔法陣はここに……って、消えてる」
「魔法陣って一回使ったら消えちゃうんだ」
「えー……弘道、お前描ける?」
「描けないよー。これは高位魔法使いである矢魔元のお兄ちゃんしか描けないよ」
「うそだろ……こいつどうするんだよ。出しっぱなしかよ」
「飼えばいいんだよ。どうせ世界征服するんだし、見つかっても見つからなくても変わらないって」
「なんでだよ! 別に世界征服したくないんだけど!?」
「いいなー俺も欲しかったー。召喚した人の言うことしか聞かないからなー」
「ちょっと待って! やっぱりおかしいってこの状況!」
「俺も今度矢魔元のお兄ちゃんに頼んでみようっと」
「話聞けよ!」
「大事に育てて一緒に世界征服しようね」
「どうしてこうなるの!? やっぱり魔法なんて信じねえ! あのくそデブがあああああああああ!!」
世界の命運は彼らに託された。頑張れ、小さなドラゴンマスターたちよ!
ドラゴンを召喚したい 亀虫 @kame_mushi
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