夢の味

@limpidus

第1話

瞬きをした瞬間。

目の前に居るのは見慣れた友人の顔。


「行列、全然進まないね」


そう呆れたように言い放った先には、

幾重にも連なる人の列。

無表情に並ぶ人達は騒がしい。


スーパーの鮮魚売り場を彷彿とさせる冷蔵庫には丁寧にラッピングされた土産菓子。

ふと肘に引っ掛けたカゴにその中の幾つかが放り込まれて居るのに気付く。


___ああ、土産を買って行かなければ


ふと家族の顔を思い出しながら列に並ぶ。


「行列、全然進まないね」


彼女は興味なさげに隣の冷蔵庫を覗き込むとその一つを手に取り繁々と眺め、

放り投げるように元の場所に戻した。


___その雑な所が嫌いなんだ


一歩も進まない行列の中から、ふと白い手が伸びてくる。

その手には大ぶりな栗が一つ摘まれている。

何かと見ていればそれは私に渡そうとしているようだが。


「食え」


真後ろから聞こえた声。

振り返り、何もない広い空間。

向直ればあの白い手はなく、カゴを持っていない手に栗を握らされている。


相変わらず行列は一歩も動く事はない。


おもむろに柔らかい栗の皮を剥けば、

しっとりとした黄色の実が顔を出す。


カゴを持った手で小さな欠けらをもぎり、

そのまま口に。


___あまい



しっとりとしたそれは見た目を裏切らず、

柔らかくスイーツのような甘さ。

ほんの小さな欠けらはねっとりと口の中に甘さを残し喉を下った。


唾液を飲み込み、栗に齧り付くと

口一杯に広がる甘みはまるで蜂蜜のよう。

歯に抵抗を見せない柔らかさ。


___こんな美味しい栗は食べたことがない


隣で髪をいじる友人に栗を差し出し食べるかと問うとやはり興味なさげに首を振る。


___こんな美味しいのに。


友人は深いため息を吐いて言った。


「行列、全然進まないね」


時計の長針はもうじき反対側に着こうとしている。

私は違う所に並ぼうかと問うと、友人は深く頷く棒になりかけた足を動かした。


先に見えるのは長い行列と、生気のない白い顔。

相変わらず大騒ぎしながら列を成している。


___この栗はどこに売っているのだろうか




辺りを見渡すと、白いカーテンと白い毛布。


何も映さない画面が壁の時計を反射し、

もう時間だと静かに睨みつける。



___もう朝か



寝返りを打つと柔らかいあの甘さが通り過ぎた。

仕事の支度をしなければ、土産を買う時間がなくなる。

自宅から仕事、仕事から自宅。

何時土産が必要なのだろうか。


15年前と変わらない友人の声を思い出しながら、少しだけ乾いた目を瞑った。




___おはよう

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