41 洗われる様子だが描写されぬ朧

 幽冥牢のサイト更新に関するルビノワの報告とコメントが始まり、ほぼ終わった。

 残酷な記述だが、読者諸兄には、どうかご容赦の程をお願いしたい所存である。




「ではホントに久々に皆を呼んでいるので、出て来てもらいましょう。

みんなー」

「このコーナーではお久しぶりです、皆さん。何時でも転職を考える男、幽冥牢です。髪を切りましたのですっきりさっぱり♪」

「こんばんは! 朧ですよう☆ 今回〇〇さんのページにカラーでデビューした朧委員長ですよう☆

 ホントにご無沙汰してますね。私は多少夏ばて気味なので近日中にルビノワさんから元気になるエキスを直に頂くつもりでひたたたた……」

 ルビノワにほっぺをつねられる朧。気が済んだのか手を離しつつ、彼女をキッと睨むルビノワ。

「あたしの元気はあたしのものなのよ? 横取りしないの。めっ!」

「何時でもいきなり激しいんですねえ、ルビノワさん。 貴方のおかげで発汗と胸の動悸が激しくなって大変ですよう☆

 はふう……☆」

 軽い立ちくらみを起こす朧。気がついた幽冥牢とルビノワよりも素早くそれを腕で支えながら沙衛門とるいがご挨拶。

「皆さん、ひと月のご無沙汰。沙衛門だ。朧殿、興奮するのは良くない。気温が高いのだからな。

 後で風呂場で冷やしてあげよう。ふふふ」

「皆さんご無沙汰しております、るいです。沙衛門様、私も朧ちゃんのお世話を手伝います」

「む、そうか。心をこめて介抱して差し上げようではないか、るい」

「ほほほ、もちろんです」。嬢)

「私の意思は完全に無視なんですねえー☆ へろへろっ」

 沙衛門とるいの腕に完全に身を任せる朧。

「あ、二人して何か黒い事を考えているね?それなら見学を希望します」

「主殿っ!!

 少しは

『うひゃあ、こりゃ大変だあ!』

とか思わないのですか? 朧の貞操のピンチなのですよ!?」

「ですから隙を見て助け出そうと。それまでは様子見です。危ないから。

 ホントは大変心苦しいんだー。あー、切ないなあ……」

 眉間を親指と人差し指を曲げた部分でむいむいと押す幽冥牢は明らかに怪しかった。

「と、とひょひょ……もうっ、主殿のエッチ!!」

「じゃあルビノワさんも手伝って下さいよー。俺一人じゃあ

『逆に未知の快楽を植え付けられてしまった……』

というオチになるのがせいぜいですよ?」

「激しいえっちしかしないぞ?」

 傷ついた様な表情で沙衛門が抗議した。

「ルビノワさんもそろそろご自分に正直になられてはいかがですか?」

『困った人ねえ……』

と、昼下がりの有閑マダムの様な、困惑しつつも余裕のある表情と雰囲気を帯びるるい。

 ルビノワはおどおどしつつも宣言した。

「わ、私は自分に嘘なんかついてません!」

「その困り顔がまたないすなのだ」

「……あうー。

 ね、ねえ、たまには闘いましょうよ、主殿」

「その時は俺の骨を拾ってくれますか?」

 彼女の手をすっと握るいかれた雇用主。

「あ、主殿……」

 頬を染めつつ彼の瞳をじっと見る)。

「いいえ、一人で冥府の暗い道を行かせたりは絶対にさせませんよ? 私もついて行きます!」

「つまりそれは

『俺がハナっから負け決定』

という事ではないでしょうか……」

「二人とも実際に艶かしく手を這わせ、朧嬢を念入りに洗ってあげる立場で参加してみては?」

 爽やかな微笑を見せる沙衛門。

「朧を助ける為に参加します! 朧を肉奴隷などにはさせませんよ?」

「では俺は

『木陰で

『みんなっ、もうやめてえっ! こんなの、絶対に間違ってる!!』

と叫ぶ係』

という事で参加します。命懸けの任務は久々だ。

 魂が口から逃げて行く様なこの感じ。思わず人事不省に陥りそうですな」

 不敵な笑みを浮かべる主。さりげなく実際に出ている魂。

「きゃーっ! で、出てますよ、主殿!!」

 手で口中へ押し戻そうとするルビノワ。

「はむむふがひげ!!」

 あわててごくりと飲み下す主。ルビノワはその様子を見て声をかけた。

「大丈夫ですか、主殿っ!?」

「……む、ここは……」

「魂が出た事によって多少でーたが吹き飛んだ様だな」

「大変ですよ、それは」

 心配そうな顔をしつつ、るいは朧を胸にしっかりと抱きしめている。朧は朧で至福の表情であった。

「私が分かりますか、主殿?」

「しっかりと抱きしめてくれたら思い出せるかもしれません……」

 曇りの無い眼差しで、幽冥牢はルビノワの瞳を見返した。

「ええっ!?」

「いや、言ってみただけですから。無理しなくて良いです。でもでもああまた人事不省……」

 最低な大人だった。

「主殿、俺に甘えてはどうだ?足腰経たなくなるまで可愛がって差し上げるが」

「激しいのは嫌だようー」

「今度襲ってやるー」

「あんたねー」

「……しょうがないなあ。それで治るんですね?」

「ええ、そりゃもう

『当社比3000パーセント増!!』

という感じで、恐らく明るい未来が開けるかと」

「分かりました」

 そう言うと彼女は幽冥牢の身体を正面からしっかりと抱きしめた。頭をかき抱き、頬擦りまでしてしまった。しかもほっぺにキスまでぶちかます有り様。

(ひょっとして自分はこの人に好かれているのではないかしら)

と彼が思う程の、それはそれは熱いベーゼであった。

 ついおつい、しみじみと幽冥牢の口から本音が漏洩した。

「言ってみるものだねー」

「え? 今何と仰いました?」

「いや、

『この星は生きている……』

とか何とか」

 沙衛門がため息をついて進言した。

「主殿、嘘をつくならば、真実を少しは紛れ込ませておかないとすぐにばれるぞ?」

「そうですよ? 私にも出来るのに……ほう」

 頬に手を当て、物憂げな吐息を漏らするい。朧もぼやいた。

「ルビノワさんはご主人様の事が大好きみたいですから、上手く操ればいい事し放題だと思うんですけどねえ。

 もうっ、ご主人様のうっかりさん☆」

「うひゃあ、こりゃまいったー。もう魂をうっかり吐くのはこりごりだあー!」

「もう、しょうがないなあ。ははははは……」

と、朧、沙衛門、るいの三人がそれぞれの口調で告げ、爽やかな笑い声にスタジオが満たされた。

 ルビノワの腕に抱かれたまま、幽冥牢も照れくさそうに笑って、頭をかいた。

 が、何となくルビノワの顔を見てその表情が凍りつく。

「ひッ!!」

「……また

『本気と演技は紙一重』

だったという事ですか?」

「違う、断じて違います。俺の目を見て下さい」

「じー」

「うっ」

 ルビノワの視線に幽冥牢は一秒も耐え切れずに視線をそらした。

「酷い……」

 沙衛門達がやはり、それぞれの口調でぼやいた。

「やっぱり嘘だったんですね? ひどいひどいっ!」

 幽冥牢の髪の毛やらほっぺたやらを、引っ張ったりつねりまくるルビノワ。

「あいたたたっ! 違う違う!!

 先ほどの魂は偶発的にわたくしの口中から外界へその身を解き放とうとしただけですっ!!

 つまり

『たまたま真面目なセリフを言おうとしたら魂が出ちゃって、こりゃまいったなテヘ☆』

というのが一番正しいですっ!!」

「うえーん! また男の人に騙されたっ!!」

「何と人聞きの悪い! そんなつもりはないですよ!?」

 つもりがないだけで結果は更に紙一重である。

「こうなったら元を取らせて頂きますよ!?」

「えーっ!? また痛くされるんですかあ!?」

 先ほどから自分の腕の中のままの幽冥牢の頬に手を這わせつつ、優しく呟くルビノワ。

「大人しくしていれば全然痛くありませんよ? あ・る・じ・ど・の♪」

 ぞっとするような美しい微笑に幽冥牢の心が魅惑噛み付きされてしまった。

「た、魂奪われた……」

「余ったら回してくれぬか、ルビノワ殿」

「今日は一人占めです」

「人の身体を残飯みたいに!」

「本日に限りましては残飯以下ですっ!」

「ぐぬぬ、それもそうか」

「否定して下さいよ」

「いやあ、さすがに今回は」

「いつも主殿はそうだ」

「ぐはっ!?

 うう、じゃあいいや。行きましょう、ルビノワさん。

 優しくしてね☆ おんぶー」

「私の方がして欲しいですよ……」

「じゃあ、はい」

 しゃがみ込んで手招きする幽冥牢。

「い、いいんですか?」

 困惑するルビノワに、無駄なダンディーさに満ちた微笑を返し、幽冥牢はほざいた。

「今の俺に出来るのはこれくらいですさ……」

「いや、カッコつけられても。

 さて、それでは遠慮なく。わーい☆」

 幸せそうに彼の首っ玉に縋り付くルビノワ。

「じゃあ皆、おやすみなさい。朧さんの事は頼みましたよ?」

「今度絶対に襲ってやるからな……!☆」

 晴れ晴れとしつつ名残を惜しむ様な、沙衛門の微笑。その頬には一筋の涙が。

「お幸せに、お二人さん。さようなら、私の愛した人……」

 涙を拭いつつ、るいの腕の中で彼女の右手に自分の左手を重ね、にっこりと微笑んでひらひらと右手を振る朧。

「遠く離れていても、いつもお二人は私達の心の中に一緒ですよ」

 るいも微笑した。

「『どこまで逃げようと精神は皆の中に幽閉されたままだぜぇ……!☆』

って事なんですね。

 ではまた、どこかの空の下でまた会いましょう。あでゅー」

 幽冥牢も、何故か頬に一筋の涙がきらりと輝いていた。

「明日の朝ご飯までには帰って来て下さいねえ? 私達との約束ですよう?」

「はーい」




 何かよたよたしながらルビノワを背負った幽冥牢は、屋敷の廊下の闇へと消えて行ったー

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幽冥牢屋敷の人々(ゆめろうやしきのひとびと) 躯螺都幽冥牢彦(くらつ・ゆめろうひこ) @routa6969

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