冷百合すみれⅢ

***


「すみれの手冷たくない?」


「梨花のはあったか~い」


 言って私は梨花の手を握ったまま、前のめりになって梨花の華奢な身体にだら~んと抱きついた。


「もぉ~こら~すみれ重いよぉ~」


「えへへ。だって梨花暖かいんだも~ん」


「ほら、ちゃんと起きて」


「ちぇ~」


 言われて私はしぶしぶ身体を起こす。


 幸せだ。人によって幸せの形は違うけど、きっと私の幸せは梨花と一緒にいることなんだ。

 だってこんなに嬉しくて楽しくて、心が昂るんだから。


 ……心が昂る? 踊るではなくて?


 ……どうして私は、心が昂ってるの?


 「ちっ」


 分かってるくせにそんな事自問自答して、自分に腹が立つ。


「すみれ、どうした?」


 余計な事を思考して顔が俯きでもしたかな。梨花が心配そうに私を見てる。

 せっかくの幸せな時間を自分で壊すなんて私って最低。


「ううん。何でもない」


 言って私の汚れた笑顔で取り繕う。


「そう? ならいいけど」


 安心して梨花は肩を下ろす。


 心が昂る理由なんて、考えるより先に出てくる。

 そんなの分かりきってる。


 私が汚いから。汚れてるから。……心がね。


 自分が普通じゃないのなんて分かってる。知ってる。

 でもしょうがないじゃん。好きなんだから。


 いきなり離れるとか出来るわけない。

 本音は離れたくもない。


 居れば居るだけ好きになるこれは連鎖なの。

 だからもう無理なの。普通に戻るなんて。


 こんな事考えながら見てるのは、終始梨花の唇。

 梨花の話も聞かないでそんなとこ見てて、私って本当に汚れてるよね。


 もはや普通でもない。すでに汚れきっている。


 ……もう、いいかな?


「それで駅前のカフェで……!? しゅみれ!?」


 隣に座る梨花の両肩に手を添えて、私はスッと移動すると目を閉じてその唇を重ねた。


 これでもう梨花とは居られない。嫌われ確定。


 せっかくの幸せな時間を自分で壊すなんて、私ってーーーー本当に最低。


 でも。


 気持ちいい。


 それが率直に最初に感じた感想だった。


 梨花の唇は軟らかく、暖かく、柑橘系の味がした。

 唇を重ねた瞬間の形容できない感覚に身体が高揚し、びくんと身体が動く。

 嫌な事全てどうでも良くなるそんな感覚に私の身体は熱くなり、エクスタシーを感じる。


 やめたくない。ずっとしてたい。

 好き。好き好き。大好き。


 梨花。梨花。梨花ぁ……梨花ぁ!!


 頭の中が梨花で埋め尽くされて、私の欲求が満たされていく。


「しゅ……みれ……」


 唇で蓋された梨花のそんな声を聞いて、私は突然我に返った。


 目を開けてゆっくりとその唇を離し、肩に添えた手もそっと離す。


「……ごめん。嫌いに……なったよね?」


 静かに下を向いて言った。


 数秒の沈黙の後、意外にも梨花は、俯く私に近づくとゆっくりと私を抱きしめた。


「……梨花?」


 予想外の展開に戸惑った私は、そんな梨花を静かに呼んだ。


「私はすみれを嫌いにはならないよ。いきなりで驚きはしたけど、すみれの事だもん。何か訳があるんだよね?」


 顔を正面に戻した梨花は言って、優しく笑った。


 そんな梨花の顔を見ていると、気づいたら全てを話していた。


「私、その……梨花の事、す、好きなの!」


「私も好きだよ」


 笑顔のまま梨花は即答で返してくる。


「違うの。好きは好きなんだけど、そういう好きじゃなくて」


 なかなか言い出せず、梨花は首を横に傾げる。


「だから、異性を好きになるのと同じ好きなのぉ!!」


 言った。頑張った。振り絞った。


 沈黙が続き、梨花がそれを破った。


「そっか」


「えっ……そっかって……それだけ?」


 友達として超えてはいけない一線を超えてしまったんだ。

 号泣とか罵詈雑言とか色々覚悟した。


 のに「そっか」の一言だけで私は拍子抜けした。


「うん。それが理由なんでしょう?」


「……うん」


「じゃあ、それでいいじゃない」


「……どゆこと?」


「えっ、言ったよね? 私。すみれの事だから何か訳があるんだよねって」


「言った……ね」


「だから、ちゃんとあったじゃない、理由。理由がちゃんとあったんだからそれでいいよ」


「……本気で言ってる?」


「何ぃ~? 私を信じられないの?」


 口を横ににっと広げて梨花が笑う。


「いや、何かもっとこう喧嘩になるとか最悪絶交とか考えたんだけど」


「ははは。そんな簡単にすみれを嫌いになんかならないよ、私は。あれがすみれにとって必要な事だったならそれでいいよ」


 あまりにも想像してなかった結果に正直、まだ混乱している。


 けど、梨花はこんな私を受け入れてくれた。


 肯定してくれた。


 それがどれだけ嬉しいか。


 それは私にしか分からない。

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