クレーンゲームマスターの俺が、地味なクラスメイトの女子にクレーンゲームを指南することになった

@mamenatu

第1話


「あ、あのっ! 手塚見(てづかみ)くん!」


 五限目の授業が終わったとき、クラスの地味な女子が話しかけてきた。

 長い黒髪。丈ぴったりの学校指定のチェックのスカート。成績は中の上。教室ではあまり話さず、いつも微笑んでいる地味な女子だ。


 久しぶりにコイツの声を聞いた気がする。

 なんというか、澄んだ抹茶みたいな、のんびりした声だ。たしか名前は……。


「吹葉(ふきよう)……だっけ。何か用か?」

「うん、そうだよ。吹葉瑠璃(ふきよう るり)だよ。実は……手塚見くんにお願いがあるの」

「俺に?」

「うん」


 まったく心当たりがない。委員会の仕事ならすでに終わってる。教室の花瓶の水はすべて変えておいた。宿題関係もすべて提出済み。部活には所属してない。


「本当に俺か? 人違いじゃないのか?」


 吹葉は首を横に振る。


「手塚見くんにしか頼めないことなの。クラスのみんなには絶対内緒なんだけどね……」


 いや、いまお前の後ろの男子が振り返ったぞ。アホなのか?


「ちょっと来い」

「えっ!?」


 俺は吹葉の手首を掴み、教室を出た。

 廊下の隅に連れて行く。


「で、俺に頼みってのは何だ?」

「実は……その……ユーフォーキャッチャーで……取ってほしい景品があるの」

「なるほど、そういうことか」


 学校でおおっぴらにしているわけではないが、俺はクレーンゲームが得意だ。その噂を聞いたのだろう。

 俺は一般市民がショボイ景品に悪戦苦闘している横で、ブルートゥースのスピーカーだのミ◯オンのぬいぐるみだのを取り、不敵に微笑むことを日課にしている。


 うぬぼれではなく、クレーンゲームの世界大会があったら優勝を狙えると思う。旧式の台から最新の遊び要素のある台まで知り尽くし、台の設定方法を熟知し、それぞれの台や景品の配置に対して独自の攻略法まで見つけている。


 以前、気まぐれで俺の取り方を動画でアップしたら、真似するやつが続出し、全国のゲーセンでその取り方ができないように対策を立てられたことがあるほどだ。

 ちなみに。


「ユーフォーキャッチャーは、セ◯が出している機種名だ。正式にはクレーンゲームだ」

「そんなことはどうでもいいんだけど……どうしてもほしい景品があるの。手塚見くん、お願いできないかな?」


「お前、いまさらっと『どうでもいい』って言っただろ……」

「はっ! ごめんなさい。正式にはユーフォーキャッチャーね。ちゃんと聞いてたよ。もうクレーンゲームって言わないから」


「逆だ。帰る」

「ちょっと待って! お願い! 私を見捨てないでーっ!」


 目の縁に涙を浮かべて縋ってくる吹葉。

 廊下にいる生徒達がざわつき始めた。


「クッ……離れろ。俺がお前をフッて泣かせたなんて噂が立ったらどうしてくれるっ。普段はたいして仲良くもないクラスの女子達が一致団結して、俺をつぶしにかかってくるだろ……!」

「ごめんなさい、それが狙いです!」

「謝るならやるなっ!」


 吹葉は俺にしがみついたまま、離れる気配がない。……どころか、ちょっとずつ俺のズボンを下げようとしてる。めちゃくちゃ強引だな! 先月退学になったヤンキーの鮫島先輩の方がまだ多少話せる人だったぞ!


「……わ、わかった! 仕方ない、引き受ける。俺は他人のために景品をとったりはしないが、アドバイスをする。それでどうだ?」

「本当っ!? ありがとうっ!」


 というわけで、俺はロクに話したこともない女子と一緒にゲーセンを泣かせに……じゃなかった。クレーンゲームをしに行くことになった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「わぁ~! 色んな台があるね!」

「ああ、昔ながらのクレーンゲームも根強い人気があるけど、最近は溝に落としたり、ボールをぶつけて吹っ飛ばしたり、色んなバリエーションが出てきてるな」


「ねぇ、手塚見くんなら、どれでも取れるの?」

「いや、取れないものも普通にある」

「え……そうなの……?」


 不安そうな顔をする吹葉。

 こいつ何もわかってないな。やっぱり初心者だ。


「運要素の強い台は、操作の精度が高くてもなかなか取れなかったりするんだ。一見簡単に取れそうに見えて難しいものもあるし、その逆もある。俺は運ゲーの台は苦手だ」

「へぇ~。あ、これなら私でも取れそう!」


 吹葉は、棒の先端に景品がぶら下がっている機種に食いついた。


「ちなみに、それは一見簡単に取れそうに見えて難しい」

「え、そうなの!?」

「その輪っかを右左から攻めて、少しずつズラしていくと取れるんだ」

「へぇ~、一回じゃ取れないのね」

「ノーミスで十回ってところだな。いま輪っかがテープの上にあるだろ? つまり、初期位置ってこと」

「はっ!」


 吹葉は何かを思いついたかのように、息を飲んだ。

 ニヤっと悪い笑顔になる。


「私、思いついちゃった。……このゲームには必勝法があるわ」

「ライ◯ーゲームのセリフをパクるな。吹葉はどう考えても、毎回騙されるヒロインの立ち位置だからな?」


「えーっ。でも、これって、他の人達がズラしてくれるのを待てば取れるよ?」

「不可能じゃないが、店の迷惑だな……。現時点で、取りやすくなってる台を探した方が早いだろう」

「あっ、それならこれはどう!?」


 吹葉が食らいついたのは、箱のお菓子がアンバランスに乗っている台だった。上手く下に落とせば景品ゲットだが、途中で台座に引っかかるパターンもある。


「運が良ければ百円で取れるやつだな。初心者にはいいかもしれない。けど、クレーンゲームに慣れた俺みたいなやつだと、フィギュアとかぬいぐるみとか、デカい景品の方が取りやすかったりするんだ」

「えっ!? お菓子よりぬいぐるみの方が取りやすいの?」


「チャレンジできる回数が多いからな。千円くらいのフィギュアだったら、十回くらい挑戦できるだろ? それに、もし失敗して十回超えても、精神的ダメージは少ない」

「なるほど~、そういう意味ね。たしかに、百円や二百円のお菓子に、何回も挑戦するなんてできないもんね」


 笑顔で言った吹葉の後ろで、若い女性が財布を開いた。


「まさか、私のアームを十回も凌ぐなんてね……。想定外だわ。でも、こんなところで引けない。なんとしても取って見せるわ。社会人の本気……見せてあげる」


 女性は五百円玉を投入した。一回おまけがプラスされるので、六回挑戦できる。

 ちなみに、女性が狙ってるのはコンビニで売ってる普通のチョコだ。


「まぁ、熱くなるのがクレーンゲームの醍醐味だからな……。景品そのものより、景品を自分の力で取ることに意味があることもある……かも……しれない」

「……まだ負けてないわ」


 女性は千円札を取り出し、両替機のところに行った。


「ねぇ、手塚見くん。あの人の台、いまなら私でも取れそう」

「やめたげろ」


 鬼か。


「んじゃ、そろそろ吹葉の目当てのやつをやろうか」

「うんっ! ちなみに、ほしいのはあれです!」


 吹葉が指さしたのは、箱入りのフィギュアだった。キャラクターはウェイトレスの格好をした可愛らしい感じの女の子。いわゆる萌えキャラだ。


「……あれなのか?」

「うん。一目惚れです! あの服とか超可愛いでしょう? でも、べ、べ、別にオタクってわけじゃないからね? 勘違いしないでね?」

「そっか」


 俺は台に顔をよせ、景品の箱を確認した。


「箱になんか書いてあるな。心が」

「ぴょんぴょんす……なんでもないよ! なんて書いてあるんだろうねぇ? あはは……」


 こいつ今、箱の底に書いてあるフレーズを言いそうになったな。隠れオタクか。

 ま、それはいいとして。


「とりあえずやってみるか」

「はいっ、よろしくお願いします!」


 吹葉はペコリと頭を下げると、財布から五百円玉を取り出した。

 俺はすぐにそれを止める。


「待て。最初は百円の方がいい」

「え、そうなの? 五百円なら六回できるよ?」


「最初の一回は様子見だ。アームの強さを見て、いけるかどうか判断する。あと、六回プレイは時間無制限じゃないんだ。何分も待ってると、勝手にアームが動いて、回数を消費する。アドバイスできる時間が減るかもしれない」

「えっ……! それは、焦っちゃうね」


「そう、だからまずは一回ずつやってみよう」

「はい! 最初はどこを狙えばいいですか!?」


 この台は、景品の箱を台座の隙間に落とすタイプだ。まずは、縦になっている箱をズラして、横向きにするのが鉄則。

 しかし、一番最初は。


「真ん中だ」

「え?」

「箱の真ん中をただ狙えばいい」

「えぇぇっ!? そんなのでいいの?」

「大丈夫だ、俺を誰だと思ってる」


 俺の中ではすでに取れるイメージはできてる。


「じゃ、じゃあ……いきますっ」


 吹葉はパンッとボタンを押した。


「えいっ」


 手を離すと、箱の中央からはちょっと左にズレた。けどまあ、初心者にしては上出来だ。


「おっけ、その調子」

「……ふぅ、ありがとうございます!」


「ちなみに、大事なのは次、動かした後だ。アームがどれくらい開くかとか、どれくらいねじれるかとか、確認しておくといい」

「なるほど。そこでちゃんと見ておくんだね」


「まあ、俺もつい見守ったり、祈ったりしちゃうけどな。ちゃんと見ておくといいよ」

「了解です、大佐!」


 今度は吹葉はぴったりアームを止めた。

 ど真ん中を掴み、箱が持ち上がる。


「おぉ~! 持ち上がってる!」

「アームがけっこう強いな」


 そのとき、俺達の後ろを通りがかったオタク風の男二人組の一人が、フッと鼻で笑った。


「それじゃ取れないですな」


 連れの友達に小声でささやき、連れの男も「まぁ、カップルですし。ガチ勢の我々には……」などと囁いている。俺達に丸聞こえだ。


「フッ……ガチ勢か」


 つい、俺も笑みが零れた。

 お前らがクレーンゲームのガチ勢なら、俺は神の域だ。サッカーならメッシとかそのレベル。全ての攻略法と裏技を網羅してると言っても過言じゃない。


 今俺達が挑戦してるこのクレーンゲームは、箱を横にズラして取るタイプだ。一見すると、箱を持ち上げても意味がない。そのまま同じ位置に落ちるだけ。


 ……と、思っているのだろう。


 しかし、注目すべきは台座の形だ。

 箱が置いてある台座は、水平ではなく、少し斜めになっている。

 つまり、ただまっすぐ持ち上げて、そのまま落とせば……。

 ガッ!


「おぉぉ~! 斜めになったね!」

「思ったより角度がついた。ラッキーだな」

「なぬっ!」


 後ろの男が奇声をあげていた。

 この男はたぶん、最初から地道にズラす方法で取ったことがあるんだろう。

 その方法だと、この位置にズラすまで、五~六回はかかる。

 持ち上げて落とす作戦なら、運がよければ回数をかなり短縮できる。


「あとは、角にひっかけて、箱を横向きにしてけばいい。ちなみに、アームどっちが強いか見てた?」

「はっ!」


 吹葉は口に手を当てた。

 やっぱり見てなかったか。

 まぁ、さっきのはしゃぎっぷりから予想はしてた。


「俺が見てたから大丈夫だ。アームは右の方が強い」

「わーい、頼りになるね、手塚見くん!」

「フッ、当たり前だ」


 ちなみに、このアームは落下時、左に五度ねじれる。さらに、アームがフラフラ揺れていたので、下に押し込む力はおそらくあまり強くない。それと、アームの掴む部分は全開まで開くので、多少狙いがそれても問題ない。


 などなど、俺の目から見えたことはたくさんあるが、一気に教えると混乱すると思うので、あえて言わない。


「右が強いなら、手前を狙えばいいのかな?」

「正解。それがいい」


 吹葉の成長を見るのは意外と楽しい。

 俺も純粋にこのゲームを楽しんでいる気がする。


「あれーっ! 落ちないっ」

「あと一歩だ」


 吹葉は何度か失敗しながら、ついに箱を横向きにし、溝にはめた。

 あとは箱を下から持ち上げて、角度を整えるだけだ。


「いっこうにゅうとんっ!」

「一球入魂な」


 ニュートンて、万有引力の法則に祈ってるのか?


「ひゃぁぁ!」


 横から見てダイヤモンドのようになっていた箱が持ち上がり、四角形の状態に近づいていく。

 ぐぐぐぐ……と持ち上がり、溝の幅と箱の底面がほぼピッタリになる。

 そして。


 ――ガコンッ!


「やったぁぁぁー! 取れたぁぁよぉぉーっ!」

「やったな! ナイス!」

「手塚見くんのおかげだよぉ! ありがとうー!」


『嬉しい、本当に嬉しいー!』と連呼している吹葉を見て、俺もつい頬が緩んだ。

 そして。


 ぱちぱちぱちぱち……。

 先ほど俺達を鼻で笑っていたオタク二人組が、俺達に拍手をしていた。


「いい腕前ですな。勉強になりましたわ」

「拙者も精進致します」

「……お、おう。ありがとな」


 まるで名勝負をしたスポーツ少年のような表情の二人と、若干テンションの差を感じたが、悪い気分じゃない。

 駆け寄ってきた店員が「おめでとうございます!」と、景品の箱を袋に入れてくれた。


 二人で店を出ると、吹葉はホクホク顔で俺を振り返る。


「手塚見くん、あの、もし時間あったら、今からスタボ行かない? お礼にケーキごちそうするよ!」

「ほんと? サンキュー」

「あとね、隣町のゲームセンターに、この子の仲間がいるんだけど、もしよかったら……またこんど一緒に、どうかな?」


 俺はぷっと吹き出した。


「吹葉、やっぱりそのアニメ詳しいんだな」

「なっ!」

「いいよ。仲間も取りに行こう」

「うん!」


 この一ヶ月後、俺は吹葉と付き合うことになった。

 吹葉はフィギュアを狙ってたのか、俺と遊ぶ口実を作ろうとしてたのか、聞いても毎回はぐらかされる。

 ただ、この日から、クレーンゲームは前より楽しくなった。

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