巨・蟹・合・体


 新暦218年 グスタフ王国 城下町


「はぁ、はぁ……」

 10、20……何機倒しただろうか。まだまだ敵は沢山いる。いま目視できるだけでも5機。周辺に潜伏してるのが10機。そして、頭上には戦艦が1隻。


 --対するこちらは1機のみ。


 いくらセイルが強く、俺がパイロットとは名ばかりのサポートに専念しているにしてもここまで敵が多いと、疲れる。


 そんな俺の疲労など御構い無しにセイルは笑う。


「はははは!!楽しい!とても楽しいです!私はいま『兵器』です!」


 まるで人が変わってしまったように、この状況を楽しんでいた。


「クソ野郎がぁぁぁあ!!」


 カラティンの1機が特攻を仕掛けてくる。何の戦法もない、やぶれかぶれの突撃に見える。


 俺は一応警戒しつつ、操縦桿でランゴクロー(浮遊してる6本腕のこと)の1本を動かす。鞭状の武装を装備しているものだ。


「アルスさま、それは不要ですよ」


 ゾクリとする。まるで耳元で囁かれたような甘くなだめるような声。しかし、それは例えば恋人同士が行う蕩けるようなものではなく、骨の髄まで溶かすような『毒』だ。


 セイルの見たことない一面に驚きを隠せないが、セイルはそんな事など知ったことがないとばかりに行動に移す。


 敵の攻撃をひらりとかわし、セイルは翼を広げ飛翔した。上昇負荷に潰されそうになりながら、目を開くとそこは青空が広がっていた。雲より高い澄み渡るような蒼穹。


「『火球』を使います」

「え? それって……」


 俺はディスプレイに武装情報を表示する。様々な武装が並ぶ中、セイルが言ったモノに該当する武装が一つだけあった。


 その名は『戦術的範囲型火炎弾FP-56』--通称『火球』。弾と言っているが銃弾や爆弾に類するというわけではなく、どちらかといえば火炎放射器に近い。噴出した炎を球状に圧縮し打ち出す。まぁ、簡単に言えばデカイ火の玉だ。


 強力な武装ではある。だが、懸念事項が1つ。


「セイル!火球を使うってことは、それはつまりこの街ごと……!」


 燃やし尽くすって事だぞ。と、言葉を続けようとした瞬間。


「それになんの問題があるのですか?」


 セイルはそんな事をごく自然に、上機嫌なまま、笑いながら言った。ためらいなどないように思えた。


「え、いや、だから、街が火の海になるんだぞ?」


 怖い。彼女の見てはいけない部分を覗き込んでしまった気がする。


「人なんて居ませんよ」

「もしかしたら街の人がどこかに潜んでいるかも……!」

「ここは戦場ですよ?」

「え……?」


 国際戦争協定第3条『戦争を行う場合、人体の安全は保障されていなければならない』


 国際戦争協定第5条『戦争において負傷者又は死傷者を出してはならない』


 国際戦争協定第9条『戦場は必ず無人の場所を選ばなければならない』


『国際戦争協定』がディスプレイ画面に映し出される。


 新世界連盟によって決められたこれは、国家間・個人間関わらず戦争行為が行われた場合は必ずこの協定を守らなければならない。

 守らなければ死罰に値する。

 --だから、この場に人間はいない。


 ……セイルはそう言いたいのだろう。


 しかし、そもそもこの協定になんの意味があると言うのだろうか。この協定があったところで全員が全員これを守るとは限らないのでは?


 現に俺は協定を破ってまでこの戦場に立っている。そして、敵も同様にだ。後々刑罰を食らう事よりも『この国を勝利させる』事こそもっとも重要であり、それ以外は些事だ。それぞれが目的のためにこの戦場にいる以上『グスタフ国民が隠れている』という可能性は否定する事は出来ない。



「……些事ならば、良いでしょう?」


 セイルはまるで俺の心を読んだかのようなことを言う。


「勝利するだけで良いのならば、別に使っても良いですよね?」

「ダメだ! 我が国民がいるという可能性が否定された訳でない!」

「イヤです。イヤですイヤですイヤですイヤ! もう我慢なんて出来ない」

「セイル?」


 一体どうしてしまったと言うのだろう。セイルのこの異常とも言える昂りに困惑の色を隠すことができない。


「あぁ、そうだ、そうだそうだ! アルスさまの許可なんて取る必要はない! アハハハハ!! 『火球』! セットアップゥ!」


 --胸の装甲が開き、砲塔が出現する。


「やめ……!」


「ファイア!!!」


 俺の静止も虚しく、その砲塔から巨大な『火球』が発射された。


 炎の弾は地上へと降り注ぎ、敵ギャラクセルを燃やし尽くし、グスタフ王国城下町は火の海となった。


 --はずだった。






 新暦218年 グスタフ王国 上空 空中戦艦『ティターニア』司令室


「………………」

「おや? これは随分とご機嫌な歓迎ね、司令官さま?」


 私と主人さまが『組織』が保有する空中戦艦に着艦し間もなく……たくさんの人に囲まれ銃口を突きつけられてしまいました。


 ……どうすればいいのでしょう。正直何体かギャラクセルが混ざってますけど、私と主人さまのコンビネーションなら造作もなく制圧出来ます。ですが……そういう場面じゃないと私の人工知能が言っている事ですし。困りました。


「貴様ら!我々を裏切ったな!」

 司令官さまと思わしきギャラクセルが激昂し怒鳴ります。流石最新機種のギャラクセルは感情表現が自然で感服します。


「生憎、言っている意味がわからないわね。もう少し落ち着いて話してくれない? キミは仮にもワタシたちと同じく機械なんでしょう?」

「主人さま、おそらくカノラルさまがやらかしたのかと」

 ドーラ国にて、カノラルさまと『組織』との取引があった。そこで何かあったのでしょう。


「あいつ、仕事押しつけたくせに……あ〜めんどくさい!」

 主人さまは怒ります。当然、私も怒ります。

『組織』と共闘し『メイド服』の討伐が私たちの仕事なのに。それをやりづらくしたダメダメ上司には飽き飽きしてしまいます。


「………仕方ない。ジニー、やっちゃっていいわ」

「はい」


 ガチャ。

 主人さまの許可が下りてしまっては仕方ありません。皆さまに罪はないですが……せめて一撃で葬ってあげます。


「え?」


 パァン。と、軽い爆発音がしたとほぼ同時に目の前の司令官さまは倒れてしまいました。

 呆気ないものです。


「や、やりやがった、こいつら!」

「本当に裏切る気か!」

「やっちまーー」パァン。発砲。これで2体目。


「な!こいつ!」


 ようやく皆さまの発砲。でも、それが私たちに当る事はありません。狙いは正確ですが、どうにも読み易すぎますね。


 弾の軌道さえ分かれば避ける事など容易いことです。


 ……うーん、最新機種のギャラクセルと聞いてましたが、あまり良い性能ではないのかも。


「こりゃ、『組織』が作ったものは紛いものだったってわけかね。最新って触れ込みだけど、全然スペックが追いついてないただの劣化人間じゃないか」


 主人さまは時折飛んでくる弾を避けながら、分析をしています。流石主人さまです。かっこいいです。


「ジニー良かったわね、コイツら、アナタより出来が悪いわよ」

「これに勝ててもあんまり嬉しくないです……」

「ハッハッハハ! アナタのそういうところ本当に好きよ」


 --そうしてなんなく制圧した私たち。

 でも、ここからが本番です。何故なら私たちの任務はこの戦艦の制圧ではなく、『メイド服』の討伐であるからです。


「行きますか?」

 主人さまに私は問いかけます。ですが、主人さまは私の声が聞こえていないのか、窓の外を眺めています。

「主人さーー」

「ウズルのやつ、もう来たのか」

「え、どこですどこです!?」

「あれ」

 主人さまが指を指した先には巨大な龍と蟹がいた。





 新暦218年 グスタフ王国 城下町 上空


 火球は放たれた。しかし、それは何者かによって阻まれ、地上に降り注ぐ事はなかった。


「このような物まで使うとは、まったく……呆れてものも言えないでありますな」


 まるで脳内に直接語りかけてくるような声が響く。火球を防いだ者だろうか?


 やがて、煙は晴れ、阻んだ者の全貌があらわになる。

 --エビだ。いや、蟹か? どちらにせよ、この機体には見覚えがあった。


「キャンサー……?」


 目の前の機体のフォルムは、我が国の兵器に酷似していたのだ。多足型重量車輌『キャンサー』である。


 キャンサーは守りに重点を置き作られた兵器である。これがもしキャンサー、もしくはその系譜を継ぐ機体であるならば火球を防いだとしても納得である。


「よっと」


 キャンサーのハッチが開き、中から人が出てきた。


「死にたいのか?」


 ここは上空1200メートルである。そこに生身で出てくるなど死にに行くようなものだ。


「その心配は無いでありますよ。拙はギャラクセルでありますから」


 また脳内に声が響く。やはりこの声は目の前の者が行っていたのか。


 ギャラクセルを自称した彼女は酸素も薄く風も強い空の上であるというのに平然とキャンサーの上に立ち、こちらを睨んでいる。肩にかかるほどの翠色の髪が風により慌ただしく揺れていた。


「拙の名はアクベンス。巨蟹カルキノスの爪のアクベンス。貴方を捉える者の名であります」


 先程同様まるで脳内に直接アクベンスと名乗る彼女の声がする。落ち着きながらも淡々としている声であった。が、どことなく俺はこの声から敵意のようなモノを感じ取る事は出来なかった。

 しかも、我が国に火球を撃ち込もうというこの状況で来たのだ、もしかしたらグスタフ側の……我々の味方なのかもしれない。--そう錯覚してしまうほどに。


 そんな俺とは裏腹にセイルは荒ぶっていた。彼女の名前を聞いた瞬間から身体がワナワナと震え、先程とは比べ物にならないぐらいの笑みを浮かべていた。


「アクベンス! ハハッ、『古代』タイプですかっ!」

「ちょっと待って、セイル!」


 こちらの制御を振り切り、セイルは独自で身体を動かし、人型へと攻撃を仕掛ける。


「貴様ならそう来ると思っていたでありますよ」


「……ウズル? アレを使います」


「え?」

 今なんて言った、とそう続けようと。かつての我が国のメカニックと同じ名前を呼んだように聞こえたが言及する間もなく、それは始まった。


『ああ、許可しよう』


 アクベンスはあろうことか、空へと身を投げ出したではないか。

 この高さから落ちればいくら人の身外れたギャラクセルであろうとも助からない。


 しかし、それは杞憂で終わった。


「巨・蟹・合・体ィイイー!」


『キャンサァァア!!フュゥゥウジョンッ!!』


 周囲が光へと包まれる。あまりの眩しさに思わず目をつぶってしまう。


「うぐ……」

『邪悪なる火の精よ!刮目せよ!我らは大義にして正義の使者!!』

「人機合神!カルキノス・キャンサー!!……で、あります」


 --蟹型ロボと巨人型化したアクベンスが合体した姿がそこにはあった。

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