カノラル・ラノス

 新暦218年 ドーラ国 某所



「面白いじゃないか」


 私、カノラル・ラノスはタブレットに映る映像を見ながらそう呟いた。

『組織』はどうやら我々ドーラ側に自分たちの利用価値引いては軍事力を誇示したいらしく、明らかに戦力過多な兵器が投入されている。


 まぁ依頼者の我々からすればもっと早くこうして欲しかったが。


「メイドが変形したが……こいつもギャラクセルか?」


 メイドは目標たる『火星の天使』と手を繋ぎ言葉をいくつか交わした後、巨大なロボットへと変形を遂げた。

 赤と黒のカラーに塗られた人型のロボットであり、腰部分のユニットからスカートのようなビーム兵器が展開されている。また、異質なのは腕が胴体に接続されてはおらず、宙に浮いている事だ。しかも、その数は6本。

 その異形とも言えるロボットに視線が釘付けになってしまう。何故腕が浮いている?あのスカートのような武装はどう使う?武器は?どうして宙に浮いていられる?……そんな疑問の数々が頭をよぎっては消えていく。


 --あのようなギャラクセルは見たことがない!


「はい、ギャラクセルですとも。まぁまだまだ分かっていない事も多いですが……我々組織は彼女の事を『火の精』もしくは『邪竜』と呼称しています」

「火の精だと?」


 『火の精』という単語には聞き覚えがあった。グスタフ・ドーラ建国神話に登場する『敵』の名前がそれであった。

 たしか国を守るために製造された精霊であったが次第に己の力に溺れていき、邪悪なる竜へと変貌を遂げ……そして、『火星の天使』に倒された。多くの物語で見かけるような典型的なヴィラン。それが神話で語られる『火の精』である。


「もしかして本物なのか?」


 疑問を口にする。神話に登場した『火星の天使』、そして『超銀河砲塔列車』が実在するのである。他の登場人物が実在する可能性は充分にあり得たからだ。


「我々は本物であると睨んでいます」

「というと?」


 外交員は無言で画面を指差す。


 カラティン(変形機構をオミットされた量産型のギャラクセル)の1機が『火の精』の背後から攻撃を仕掛けようとしている。ブレードによる近接攻撃だ。


 しかし、まるで背後に目でも付いてるかのように一切そちらを見ずに6本中2本を巧みに使い対処する。その2本は鋭い爪のような武装が腕に付いており、カラティンの攻撃を受け流しながら攻撃を行う。

 そして、あっけなくカラティンは『火の精』に倒された。爪によってコックピット部を貫かれたのだ。腕に搭載された自慢のパイルバンカーを披露する事なく……その命を散らした。


「ここからですよ、彼女の本性が見れるのは」


 『火の精』は6本の腕を器用に扱いながら、周囲の兵達を捌いていく。かと思うと、本体部分は先程貫き倒したカラティンの方を向き、近づいていくではないか。


「何をする気だ?」


 なんと『火の精』は倒れたカラティンの腕を引きちぎったのだ。そして、それを--自らの胴体に接続した。


「な、どういう事だ?」


 乱暴に引き抜いた腕が接続できるなどおかしな話であるし、そもそも規格サイズが明らかに違うではないか。


 しかし、『火の精』はこちらの疑問など御構いなしに更なる奇行へと移る。接続した腕の調子を確かめるように動かした後、手を倒れたカラティンの胴体部へとねじ込んだのだ。機械とはいえ、あまりにも無残な光景に思わず気分が悪くなる。


「知っていると思いますが、ギャラクセルには核となる『プラネリウム結晶』があるのはご存知ですよね?」

「それがどうした」

「結晶に貯まったエネルギー、それがどういうものかご存知ですか?」

「……まさかお前『魔力』とでも言うんじゃないだろうな?」

「おや、知っているなら話が早い」


 ギャラクセルにはまだまだブラックボックス的な部分が多い。その1つが『プラネリウム結晶』と呼ばれる代物である。

 ギャラクセルの核であり心臓である『プラネタリーエンジン』。それの要でありエネルギー源たるモノが『プラネリウム結晶』なのである。なのだが、プラネリウム結晶がどのようなエネルギーを供給しているのかは未だに分かっていないのである。

 で、あるからか、その謎のエネルギーに関して人々の間であらゆる噂が囁かれ始めたのだ。……その中の1つが『エネルギーの正体は魔力』という都市伝説であった。


「バカな、そんな御伽噺を信じろと?」

「いえ、信じてもらおうとは思ってはいません。ただ、神話の『火の精』が何を行なっていたか……それを思い出していただければ」


 画面に映る『火の精』は、カラティンからプラネリウム結晶を引き抜き、そして。

 --食べた。

 その様はまるで獰猛な肉食獣であり、理性など存在しないとでも言うように余りにも荒々しい。


 --だが、問題なのはそこではない。

 プラネリウム結晶が魔力であろうと無かろうと、どれだけ残酷で気味の悪い捕食を行おうがそれら自体は大した問題ではない。問題なのはアレが本当に神話で語られる『火の精』であるかどうかなのだ。


 もし、本当に神話の『火の精』であるならば……。


『ヴァァァァア!!』


 『火の精』はまるで苦しむような咆哮をあげうずくまる。その隙を突こうとカラティン達が一斉に襲いかかる。


「……無駄だろうな、こいつが本物であれば」


 瞬間、カラティン達が吹き飛ばされる。何体もの巨人が地面に叩きつけられ地響きが鳴り揺れる。そして、まるで何事もなかったように『火の精』は起き上がる。その背中にはさっきまで彼女には無かった『翼』が生えていた。--禍々しい邪竜の翼だ。


 画面の外からでも先ほどまでとは異なる空気を感じる。ピリピリとしたまるで静電気をずっと肌で感じているような痛みに近い。それほどまでにこの場は緊張感に包まれている。


 圧倒的な物量を誇る『組織』側が用意した捕獲ショーであった筈のこれは、たった今から『邪竜』による殺戮ショーへと変わる。


 神話で語られる『火の精』は、同じ精霊や人の魔力を喰らい、邪竜へと進化を遂げていった。


 この光景はまさに神話の再現に他ならず、語るまでも無いほどに。彼女が本物の『火の精』である事を物語っていた。


「彼女が本物であることは分かった。それで?君は、いや、組織はどうするつもりだ?」


 『火の精』は明らかな脅威だ。しかし、それはそれだ。どれだけ邪竜と化した『火の精』が暴れようとも私の使命は最初から変わらず『火星の天使をドーラ側へと引き入れること』ただそれだけだ。

 だからこそ、私は今後の対応を組織へと問う。組織がダメならば他を探すし、場合によっては我々が動く必要がある。

 --判断しなければならない。この者が『使える』か『使えない』かを。


「何か勘違いをしていますね」

「?」

「私は言ったはずですよ、これは天使を捉えるためのショーだと」

「この一方的な虐殺を前にしてまだそんな事を言って……」

「ですから、それが勘違いだと言っているんですよ」


 外交員はこの惨状を見てもなおをも笑みを崩さない。こちらを嘲笑うような薄っぺらい笑みが癪に触る。


 外交員は大仰に手を広げ、まるで舞台俳優のように振る舞う。


 ……やはり危険だ。


「多大な犠牲を出しておいてか?」

「アレは単なる餌ですよ。デモンストレーションです」

「……敵を強くするのが、か?」

「いいえ?敵なのは今だけですよ。言ったでしょう?捕らえると」

「仮に捕らえられたとして、どうやって奴を仲間に引き入れる気だ?」


 私がそういうと外交員は声を出して笑い始めた。


「ハハッ、もしかしてカノラル様は『アレ』を生物だと勘違いしてるのでは?」

「………………」

「ロボットです!そう、機械なんですよ!書き換えてしまえば誰にでも寝返る売女で……」

『パァン!』


 外交員の額に穴が空き、後ろへと倒れこむ。--私が銃で撃ち抜いたからだ。


「しまった。あまりにもムカついて殺してしまった。まぁ、いいか。本人も幸せそうな笑顔を浮かべてるしな」


 私の言葉に続いて銃声が鳴る。私の付き人が外交員の付き人を殺したのだ。


「カノラル氏は短気すぎます」


 付き人の1人が返り血を拭きながら言う。肌が黒くスキンヘッドが特徴的な男だ。


「効率的だと言ってくれないか?そもそも、こいつの話を聴いたところでこれ以上何も得る物はない、だろう?」

「いいえ、ありますよ」

「なんだ?」

「こいつがバカだって事です」

「最高」


『火の精』の有用性を示しつつ、それを捕らえる事で組織がいかに有能かを見せたかったのだろうが……あいにく我々が欲しいのは『火星の天使』であり『火の精』ではない。どれだけプログラムを書き換えれば寝返ると言った所で脅威になるものをわざわざこちら側に引き入れるつもりも、『組織』に渡すつもりもない。


 それに組織の思想は危険だ。どれだけ秘策があろうともわざわざ脅威を作り出そうとする、その傲慢さは絶対に後々のドーラの足かせにしかならないだろう。


 --だから、『使えない』と判断した。


 そもそも期限過ぎるって言ってるのになんでこんな回りくどいプレゼンしてきてるんだ。私をイラつかせないで欲しい。


「ですが、大丈夫なのですか?」


 もう1人の付き人が不安そうに聞いてくる。2メートルの巨体を持つ大男だが神経は細いらしい。


「何がだ」

「そんな軽率に殺してしまって……あんな無茶苦茶な怪物をただでさえ敵に回しているのに組織まで敵に回すのは……」

「我が大国があのような名もない組織ごときに揺らぐような弱さがあると思うか?」

「……いえ」

「それでいい」


 私は未だに不安そうな付き人の肩を叩き、スキンヘッドの付き人から携帯電話を受け取る。


「あー、もしもし、ウズルくん? 聴いてた通りなんだが--」

『両方潰せばいいんでしょう?』


 渋くて低い男の声。仕事人と言った感じで大変良い。


「現地には既にミザールたちが向かってるから連携を取れ」

『了解』

「それと--」


 我々は組織とは違う。敵だと認識したものに容赦などしない。


「超銀河砲塔列車も使っていい」

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