やりたい事はなに?

 新暦218年 ドーラ国 某所


 グスタフ王国のとなりに存在し、現在は大統領制を採用しているドーラは世界でも有数の『GS鉱石』生産国である。

 かつてドーラはグスタフとの共通資源であった『星輝きの山』を独占するために戦争を仕掛けた。そして、今から5年前にグスタフを滅ぼしたのである。

 そうして、GS鉱石が多く取れる星輝きの山を独占したのだ。GS鉱石は旧暦の時代に開発された半永久的エネルギー機関『プラネタリーエンジン』に必要である事から『組織』やその他先進国は売る事で、ドーラは急成長を遂げた。


 こうして、GS鉱石がある限りドーラの安泰は約束されたも同然であった。

 しかし、現大統領であるディアルラ・ルスはそれだけでは満足しなかったのである。


 彼はグスタフ・ドーラ建国神話に登場する『火星の天使』と『超銀河砲塔列車』を求めたのである。

 --更なる躍進と安泰を確実のものにするためであった。


「約束と違うぞ」


 大統領秘書である私、カノラル・ラノスは目の前の外交員に文句を言う。外交員は人前だというのにフードを被っている。部屋が暗い事も相まって口元が見えるだけである。


 ここは政府が『裏』で何かを進めたい時に利用される酒場である。暗がりに椅子2つとテーブルが置かれ、2つある出入り口にはそれぞれの付き人が立っている。


 しかし、私がこの者に文句を言うのも当然である。我々ドーラの資源の一部譲渡及び施設提供を交換条件に『火星の天使』の捕獲を『組織』に依頼してから2年という月日が流れようとしていたからだ。


「期限は2年以内と言ったはずだぞ。それなのにまだ捕まえる事が出来ないのか?」


 しかし、外交員は全く動じないばかりか、俯きどこか笑みを浮かべているではないか!人を馬鹿にするのも大概にして欲しいものだ!


「こちらの支援を断ち切ってもいいんだぞ!」

「ふふ……」

「ッ!」


 外交員が席を立ち上がったため、私は反射的に懐の銃に手が伸びる。一瞬殺気を感じたのだ。


 外交員は私が警戒している事に気づいたのかどこら不敵に笑う。


「嫌だな、勘違いしないで下さいよ。私はあなたに進捗を報告するために来たのですから」

「進捗だと?あの毎回のように同じような事しか書かれていないレポートの事か?」


 私は馬鹿にするように笑い返すが、なおも外交員は動じない。


「まぁまぁ、そう焦らないでください。今回は凄いですから」


 誰のせいでこちらが焦っていると思っている。


「いいから、早く見せてみろ」

「はい、ただいま」


 外交員は仰々しくお辞儀をした後、立たせていた付き人からタブレットを受け取り、こちらへと差し出した。

 外交員の振る舞いとどことなく感じられる道化さからまるでピエロのようだと感じた。


 差し出されたタブレットの画面には何か映像が映し出されている。どこか中性的な見た目をした男性(?)とメイド服を着て髪を後ろでまとめた女性が映し出されている。


「これは?」

「これが火星の天使です」


 外交員は映し出された男性を指差す。


「やっとか……」


 私はため息を吐く。なんせ、この2年間で火星の天使の姿を捉えた映像は今回が初めてだからである。毎回毎回「神話上では〜」やら「ここには居なかった」のような報告をウンザリするほど聴いていたからだ。


 だからか、ようやく目標が発見された嬉しさなのか、やっと姿を捉えた遅さに幻滅してるのか自分でも分からないため息が自然と出てしまう。


「あー報告ご苦労。さてはアレか?発見したから期限を伸ばして欲しいって言いたいんだろう?」


 私はタブレットを突き返す。しかし、外交員は「そうではない」と言うかの様に首を横に振る。


「違うのです。まぁ、確かに?期限を伸ばして貰えるのはありがたいですが……」


 まだ伸ばすとは言ってない。


「我々が見せたいショーはこれからですよ」


 外交員がそう言った瞬間。


『ズドドド!!』


 タブレットから轟音が響く。

 観ると、何十体もの巨人型が男とメイドを目指して進んでくるではないか。


「これは……録画か?」

「いいえ。生。ライブです。存分にお楽しみください?目的の天使様が我々によって捉えられる様を」


 外交員は高らかにそう言った。

 --チラッと見えた彼の顔は、タブレットに映るメイドと瓜二つであった。




 新暦218年 グスタフ王国 城下町


 巨人型……カラティンと呼ばれる新しきギャラクセルがこちらに向かってくる。


 日が昇り始めたものの、まだ辺りは薄暗い。朝方だからなのか恐怖によるものなのか、何なのか分からないが血が凍るような寒気を覚える。


 周囲には自分たちと敵以外に誰もいない。セイルが言うには、2年前に戦争に負けてから『民狩り』というものが行われていたらしい。だから、この街に人はいない。

 やつらの目的は分からないが国民を連れ去るなど天が許そうとも俺が許すわけがない。


「アルスさまはどうしたいのですか?」


 セイルは突然そのようなことを聞いてきた。

 質問の意図は分からなかったが、戦闘の前の緊張が和らぐのであれば何でもよかった。


「民を救うし国も救う……やらなくちゃいけない事は山ほどある」


 セイルは首を横に振り、俺の手を握ってくる。彼女の冷たく柔らかな手にどこか心地良さのようなモノを感じる。彼女に触れていると強張っていた体が解きほぐされるような安心感があった。


 しかし、セイルはとても真剣な表情でこちらを見ている。瞳に宿る炎が煌めいている。


「いいえ、それはやらなくてはいけない事です。私はアルスさま自身がやりたい事を聞いているのです」

「俺のやりたい事……」


 やりたい事。……やりたい事?

 パッとは思いつかず、脳内を必死に探す。

 しかし、思いつかない。


 今まで自分はやりたい事より、やらなくちゃいけない事ばかりを行ってきた。軍の指揮を任されてからは尚更だ。


 だからか、「急に言われても思いつかない」というのが素直なところであった。


「……やはりまだまだ我欲が出ませんか」

「?」

「アルスさまは機械ではありません、人間です。だからこそ、もっと己の欲に忠実であって欲しい……これは私のわがままかも知れませんが……」


 瞳の炎が一瞬揺らぐ。憂いに似た表情を浮かべたセイルの顔を見ると、罪悪感のようなモノを感じてしまう。


 --求められているのにそれに応えることが出来ていないのではないか?


「……考えておくよ」

「え?」

「だから、この戦いが終わるまでには何がやりたいか考えておく。だから、そんな悲しそうな顔をしないでくれ」


 俺は彼女の手を握り返し、少しでも安心させようと笑みを浮かべる。


「君がそんな顔をしているとこっちまで悲しくなってしまう」

「……ふふ」

「え?」


 彼女は急に笑い始めた。ツボに入ったのか、今まで見せたことのないような笑い方をしている。


「ふふ、アルスさまは下手ですね」

「へ、下手?」

「作り笑顔が下手すぎます……くくっ」


 人がせっかく励まそうとしたのに、それを吹き出すほど笑うなんて!失礼にも程がある!


 --まぁでも、悲しそうな顔してるよりかは笑っている方がいいか。


 そうこう話をしているうちに周囲は敵に包囲され退路は断たれている。


「ふふ、で、では答えを楽しみに待っていますね」

「ああ、楽しみに待っておいてくれ」


 まずはここを切り抜けなければ。

 頭を切り替えて表情を引き締め、彼女を見る。


 --さぁ!巨人型へと変形してくれ!


「ブフッ、アハハハ」

「いつまで笑ってるの!?」

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