???


 灰色の空に二つの列車が登っていく。巨大な砲塔を積んだその列車たちはレールの無い空を飛んでゆく。


 --あれはなんだ?


 俺はその光景を見上げながら、何か違和感を感じていた。群衆に囲まれるように設置された高台の上に立ち意思に反して呪文のような言葉を唱え続けている。


 まるで自分が自分ではないような感覚に襲われ、正気を保てそうにない。


 俺はアルスだ……。アルス・フォードライト、それが俺であるはずだ。


 しかし、状況がそれを否定する。このような体験は今までした事がないし、俺がこの様な行動を行う理由も分からない。


 --俺は確かセイルと共に巨人型と戦い、そして……。


「まるで人間のようにまぐわった」


 俺の声。しかし、独り言ではなくまるで耳元で別人が囁いてくるような感覚がこの声にはあった。


 その声の主の方を見ようと後ろに身体を向けようとするが動かない。体は依然として列車を見つめ呪文を唱えている。


「あぁ無駄だよ。これは追体験で、走馬灯のようなもの。キミの意思はこの場では関係がないんだ」


 追体験?


「そう、キミは遥か前にこの体験をした」


 声は語る。俺が列車を操ることのできる唯一の存在だという事を。あの列車は『グスタフ』と『ドーラ』という名前だという事を。それを信頼できる2人の人間に託すために儀式を行なっているという事も。周囲を取り囲む群衆は2人の人間を慕う者たちであるという事も。


 説明されて自分でも恐ろしいほどに、すんなりと受け入れてしまった。何か違和感を感じつつもこの声が言っている事は本当だという確信めいたものがある。


「でも、キミはこの事を憶えていないし、明らかな齟齬がある……だろ?」


 そう、そうなのだ。もし仮にこのような体験をしたとしよう。


 だが、それは無理なのだ。俺は人間であり、そんな220の出来事など体験出来るはずがないのだ。


「おかしな話だろう?--まぁでもボクじゃその説明が出来ないんだけどね」


 何故?ここまで多くの事を知っているならばこの不可解な状況を説明出来るのではないか?


「あっ、そんな残念そうにしないでよ。ボクも可能な限りのヒントは与えているつもりなんだよ? 説明したいのはやまやまさ。こう見えても、ボクは知識をひけらかすのは好きでね。でも、彼女がそれを許さない」


 彼女? それって……?


「あぁキミがよく知っていて、何も知らない彼女だよ」


 声の主はまるで重力など感じさせないようにプカプカと浮かび、空を見上げる俺の視界へと割り込んできた。

 --その顔は紛れもなく、俺だった。


「分からない事だらけだろうけど、こればっかしはキミが自力で正解にたどり着いてもらうしかない。ごめんね、今のボクは無力なんだ」


 声の主は申し訳なさそうに笑う。何から何まで俺がそこにいるようで、まるで鏡を見ている気分だ。


 彼が話さないのはきっと理由があるのだろう、と俺はこれ以上追求する事はしなかった。それに『ヒント』を貰って少しだけではあるが『正解』とやらが見えてきた気がしたからだ。


「あ、もう時間か。早いなーせっかくキミと話せるチャンスなのに」


 ! なんだこれは?

 体が光の粒子のようなモノに分解されている。しかも、自分の体だけでなく空に浮かぶ列車たちも、儀式を見守る群衆たちも、自分を支える高台も、何もかもが分解し崩れていく。まるで世界の終末だ。


 しかし、体は相も変わらず呪文を唱え続け、ピクリとも動かない。群衆も誰もこの現象に気など止めてはいないようである。


「慌てる必要はないよ。ただただ元の状態に戻ろうとしてるだけ」


 元の状態?


「ま、簡単に言えばキミの意識が覚醒しようとしてるって事かな」


 覚醒? つまり、これは夢なのか?


「正解正解、いやぁ流石ボクだ。まぁでも、1つ付け加えるならこれは夢であるけど夢ではないって事かな」


 哲学か?


「そこは難しく考える必要はないかな。そのままの意味でしか無いからね……あっもうお別れみたいだね」


 俺の体はもう頭しか残っていなかった。この状況でもまだ口は呪文を唱え続けていて自分の事ながら不気味さを感じる。


「じゃあ、最後になるけど何か言いたい事はある?」


 ……また会えるか?


「うーん、それはどうだろう。今回は彼女の力が弱まってたから出てこれたけど、そんな機会が頻繁に起こる事なんてないと思うし……まぁいつかまた会えるさ」


 また会えたら、今日の答え合わせをしたい。

 今の俺にはこの状況も、何もかもわからない事だらけだから。


「あぁ、ボクもキミには説明したい事が山ほどある」


 彼はにこやかに笑った後、打って変わって真剣な表情で俺を見つめる。


「……ボクからも最後に1つだけ」


 目も耳すらも分解されたにも関わらず、彼の姿と声だけはしっかりと聞こえる。やっぱり不可解な事だらけだ。


 そうして、ほぼ消えかけた世界の中で、彼の言葉だけが残る。


「--火の精アグニズフリードには気をつけろ」






 新暦218年 グスタフ王国城下町 空き家


「あら、起きてしまいましたか?」


 頭に柔らかな感触を覚えながら、まどろむ意識の中で彼女の甘い声が耳をくすぐる。


「……夢を見たんだ」

「どのような夢を見たのですか?」

「列車が浮かんでて、それを俺が操ってる……」

「それはさぞ楽しい夢でしょうね」


 彼女の暖かな手が俺の頭を撫でる。なんだかとても心地がいい。


「それにもう1人の俺がいるんだ」

「それは凄いですね」

「なんか、不思議な夢だったよ」

「ふふ、それは良かったです」


 彼女と触れ合っていると何故か落ち着く。

 そう思うとまた意識が遠のいてきて……。


「おや? では、また楽しい夢を観れるよう子守唄でも歌いましょうか」


 彼女の優しい歌声が骨の髄まで沁み渡る。

 夢の中でなにか教えてもらったような……そんな気分になりながらも、彼女に身を任せ意識は微睡みの中へと落ちてゆく。まるで揺かごの中で眠るように……。


 --その日は綺麗な満月であった。

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