決戦前夜

新暦218年 ドーラ国 特殊武装部隊専用施設『ファアリード』


ベッドと机しかない簡易的な寝室。窓もなく、今が昼か夜かも分からないそんな殺風景な部屋。ベッドに座っている私の横に主人さまは座り、話題を切り出した。


いつもまっすぐと私を見てくる琥珀色の瞳が、今日は虚空を見つめていた。


「ねぇ、ジニー? あなたは生きていて楽しいって感じた事はある?」


私の名は『Gs-H265 TYPE-XX』。呼称名は『ジニー』、主人さまが付けてくれた名前だ。

そんな私に名前を授けてくれた主人さまは、ふと私にこのような質問を投げかけてきた。


「質問の意図を理解しかねます」

「違うのよ、そんな難しい話じゃない。ちょっとした世間話よ」

「はぁ」


主人さまの手が震えている事に、私は見て見ぬ振りをしながら答えた。


「楽しいと思った事はありません」

「それじゃあ……」

「けれど、主人さまに会えてからは充実していて、とても暖かい気持ちに……そう認識しています」

「そう」


主人さまはまだ浮かばれない様子で、手の震えを一生懸命に抑えようとしている。


「何があったかは分かりません。ですが、そうやって1人で抱え込むのは主人さまの悪い癖ですよ」


いつもは男勝りでとても強い主人さまの腕は、こうして見るとなんとも細くか弱い。今に折れてしまいそうな主人さまの手を握る。


「何があったか、話したくないならばそれでもいいです。ですが、この手の震えが止まるまでずっと側に居させてもらいます」

「ジニー……」

「だって、私は主人さまの相棒パイロットですから」


強く、強く抱きしめた。

こうやって主人さまが落ち着くまで一緒にいる事しか出来ない。


所詮、私は型落ちした人造人間なのだから。






新暦218年 グスタフ王国 上空 空中戦艦『ティターニア』司令室


僕は司令室の中央、司令官席に着座し、コーヒーを啜りながら夜空に浮かぶ月をぼんやりと眺める。今日はこのまま何もなく終わればいいな、と心の中で思うが、どうやらそう簡単には行かないらしくオペレーターが突然大声をあげた。


「なに? No.995からの通信が途絶した?」

「はい、搭乗機である『カラティン・ウォーリア』五番機も同様です。如何いたしますか?」


副司令官たる男は、オペレーターからの報告を受け取ると、一瞬悩むようにその特徴的な顎髭撫でる。そして、即座に命令を下した。


「その付近にNo.965とNo.1003がいるな?奴らを向かわせろ。場合によってはNo.876とNo.1012も増援に向かわせろ」

「捕らえますか?」

「いや、今残ってるとしたらレジスタンスだろう。殺していい」

「例のメイド服の場合は?」

「殺せ」


副司令官は一通り命令を下した後、事後報告気味にこちらを向いて「よろしいですね?」と確認する。

もう命令は下されてしまったのだ。そんなもの「YES」としか言えないだろう。


「副司令官、次から命令を下す前にこちらに確認を取ってから行って貰えないだろうか」

「おっと、私とした事がこれはとんだ失礼を」


なんというか、ようは舐められているのだ。彼らに。

司令官という名誉ある立場についたのはいいが所詮、私は人を模して造られたギャラクセルである。


しかも、そのギャラクセルの中でも更にダメな方……といえばいいのだろうか。

ギャラクセルは基本的に2つのタイプに分かれる。

古代オールド』と『現代ネオ』がある。

古代オールドは暦が変わる前のギャラクセルであり、『オリジナル』とも呼ばれている。数百年も埋まってたのに現代の僕らネオよりも出力が上で現役なんだから、嫌になってくる。

何が、現代ネオだ。何も新しい事はない。僕らは所詮『レプリカ』に過ぎない。

人も模して、それを模したギャラクセルオリジナルを更に模してる僕は一体何者なんだろうな……。


「副司令!No.965より通信がはいっています」

「繋げ」


そんな自嘲気味に思考を巡らせていると、現場に動きがあったようである。


『副司令、破壊された五番機を発見しました』

「映像をこちらに回せるか?」

「映像受信しました、出ます」


画面に見るも無残な五番機の姿が映し出される。首は飛ばされ、四肢は念入りに潰されて、コックピットごと何かで貫かれたような跡が確認できる。


「ここまでの損傷となると敵はレジスタンスではない……?」

『はい、レジスタンスが巨人型を保有しているとは報告がありません。ですので、ここまでの破壊が可能なのは例のギャラクセルだと考えます』

「メイド服か……」


しかし、メイド服は巨人型へと変形は出来なかったはずである。だが、それだけで違うとは言い切れない。ギャラクセルは人間と契約し、それをパイロットとする事で巨人型へと変形する事が可能である。

つまり、何者かが長らく不在であったメイド服の契約者パイロットとなった可能性が高い。

ずっとこちらの巨人型と人形型状態オートマトンで戦っていた奴である。巨人型への変形が可能になれば、こちらを完膚なきまで叩きのめす事など比較的容易だろう。


『副司令官、先行して索敵を行わせていたNo.1003がメイド服と思わしき者を確認しました』

「詳しい情報を」

『はい、敵は2人。五番機との戦闘地点から約1㎞の民家です。そして、メイド服たちは……』

「たちは?」


何か言いづらいモノでも発見したのか、突然報告が止まる。


『セ……してます』

「何?報告はハッキリと言わんか!」


副司令官は怒号をあげる。報告が大事なのが分かっているなら僕への報告もちゃんとして欲しいモノだが。

だがまぁ、歯切れの悪い報告は良くない。特に命がかかる戦場においては特に。


司令室中の人間が報告に聞き耳を立てる中、堪忍したのかNo.965は口を開いた。


『セ、セックスをしています!』

「……は?」

「ブフッ」


思わず呑んでたコーヒーを吹き出してしまう。

いや、おかしいだろ。敵がこんな真上に根城を構えて、こうして追手が追跡してる中、たった戦闘地点から1㎞の民家でセックスをするか?

正直狂っている。


――ただまぁ、見ている分には面白い連中だというのは確かだ。


『副司令官、どうしますか?』

「……構わん。殺せ」



ひさびさに楽しめるかも。





新暦218年 グスタフ王国 城下町


「全く、なんてチンコの持ち主だぜ。こんな状況でやるとはな。オレだったら怖くて怖くて勃たないぜ?」


オレ、No.1003は隣の家の屋根から奴らを監視しつつ、襲撃のチャンスを伺っていた。

周囲は恐ろしい程に静まり帰っており、余計に奴らのお盛んな音だけ響いていた。


巨人型戦術兵器『カラティン』で唯一人形型へと変形する事が出来る『カラティン・アサルト』のパイロットになったのが俺の運の尽きだ。だから、こうやって暗殺者紛いな事をやらされる。

……とっとと終わらせて艦で冷えた飯でも食うとしよう。


「ゼロスリー、目標に目立った動きはありません」

「セックスは充分目立った動きだと思うぜ?」

「そういうモノですか」


No.1003の03を取ってゼロスリーと呼ばせている。正直あまり形式名で呼ばれるのは好きではないのだ。

『カラティン・アサルト』三番機"スリー"は人間の姿となり、俺と同じように戦闘服を身に纏い、闇に溶け込んでいる。


「スリーはもっと他の奴らみたいに冗談の一つでも覚えた方がいいぞ」

「善処します」


スリーはあまり感情を表に出さない。他のカラティンやギャラクセルたちは本当に機械か? と思うほどに人間らしい口調で話すにも関わらず。


まぁ、仕事はちゃんとしてくれるからいいか。


No.965クロコNo.876バナムNo.1012トゥエルブそれぞれ配置に着きました」

「おっ、じゃあ行きますか」

「了解」


作戦概要としては、オレとスリーが寝床を強襲、クロコとバナムが逃げ場を防ぎ、トゥエルブが遠距離からの狙撃。

まぁ簡単に言えばオレたちがメインで、他の面子はオレが失敗した時の保険って形になる。


「ゼロスリー」

「ん?なんだ?」

「周囲にアンノウン反応です」

「チッ、こんな時にかよ」


端末で周囲の反応を確認する。確かにアンノウン反応がある。しかも、猛スピードでこちらに向かってきてるではないか。


「なんだこれ?ギャラクセルか?」


そんな疑問を口にしていると、クロコから通信が入る。


『どうする?ほっといて作戦を実行するか?』

「いや、流石にこれを放置するってのは支障が出るわな」

『チッ、思ったより早いな。あと20秒でエンカウントだ』

「とりあえずこいつを先に片付けるぞ」

『了解』


無線を切り、周囲をより一層警戒する。

不運な事にどうやらアンノウンから見てオレらが1番近い。


「ゼロスリー、来ました」


隠れる暇もなく、それは姿を現した。


――エビだ。


「なんだありゃ……」


巨大なエビにしか見えないそのフォルムに思わず拍子抜けしてしまう。


その鉄のエビとも言うべきアンノウンから大音量で声が響く。


『ふはははは!!!恐れおののくがいい、ドーラの使いっ走り共!この完璧にして崇高たる兵器の中の兵器……その名も『キャンサーmarkⅤ』!!グスタフを救う英雄の誕生である!!』


そして、このうるさいエビとの戦闘が始まった。





新暦218年 ドーラ国 特殊武装部隊専用施設『ファアリード』


「準備はいいですか?」


私は主人さまに、問いかける。


「……いや、意味のない問いでしたね」


しかし、愚問であり、杞憂だったようで主人さまの瞳にはいつものまっすぐで情熱的な琥珀色が宿っていた。


「えぇ、準備は万端よ……いつでもいけるわ」


熱くて、火傷してしまいそうな闘志が主人さまから出ている気がした。それほどまでにあのメイド服の事を敵として、倒すべき障害として認識しているのだろう。


――あの女はやばい。あの女が戦場に現れた時から全ての歯車が狂ったような、そんな風に思えて仕方ない。


だから、主人さまのためにも、我らが『組織』のためにも今回で必ず討たねば……。


「あなたこそ、準備はいい?」

「はい、大丈夫です」

「じゃあ、行きましょうか」


射出用のカタパルトに輸送機が固定され、出撃態勢が整う。


すぅー、はぁー。

私は深呼吸をし、準備を完了させた。


「『Gs-H265 TYPE-XX』ジニー」

「『Gs-Po6-ζ』ミザール・スプライト」


「「出るわ」」


――2年も続いたこの闘いを終わらすために。

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