第21話 ウォーキングデッド

「さて、面倒な事になりましたよね」

「だな。こいつらクッソ弱いくせに粋がりやがって。何が互助会だ。互助もクソもねーじゃねぇか」


 制圧した男達を一通り草むらに放り込んだ後、アルフレッドは草むらに向かって石を投げていた。死体に鞭打ちのような行為だが、襲いかかった相手が悪いのでアイリスも咎めない。


「ていうか、殺すなつっといて腕斬るのはどうなんだ」

「私の細腕では殴れませんし、そもそも体術の類は覚えにないですから仕方ない処置です」

「もうちょいやり方あったろ...。ま、骨砕いた俺が言えた事でもないけどさ」


 冒険者に襲われた場合の対処方法は実を言うとこれでも穏当な方であった。

 本当であれば殺されるどころか奴隷契約を意識がほぼ無い状態でやらされてしまう事もあり、肉盾となったり一生扱き使われて過労死、というのも中にはあるのだ。

 そう考えれば「生きているだけ」まだ温情とも言えよう。恐らくモンスターに食い殺される運命にあってもだ。


「気を取り直して行きましょうか」

「だな。さっさと入口を探そう」


 2人は薄暗い森の中を進んでいく。

 時にはモンスターに襲われつつも着実に前に2人は進んでいた。


「そろそろ、夕方の時間か?」


 アルフレッドがふと立ち止まり、腹を擦る。


「この腹の減りようは夕方だ、間違いねぇ。俺には分るぜ」

「その判別の仕方はどうなんでしょうか...?確かに、ちょうど夕刻の鐘が鳴る頃ですが休憩しますか?」

「しようぜ。俺は腹が減った」

「そうなれば何処か安全な場所が必要ですね。あっ!あの木の洞はどうでしょうか?2人が入れるスペースはありますよ?」


 アイリスが指差す先にはポッコリと洞が開いた大木がまるで招待するかのように聳え立っていた。


「いや、怪しすぎねぇか?アレ」

「疑ってたら何にもなりませんって。周りに適当なものがないのですから、ね?」「うーん...まぁ、アイリスが言うなら」


 若干納得がいっていない様子のアルフレッドだが、確かに周りに休憩スペースになるような場所がない以上、今すぐに腹の虫を抑えるとなればあの大木の洞しかない。

 不承不承ながらアルフレッドは先を歩くアイリスについて、洞の中に入った。


 そこには先に入ったであろう冒険者の遺留品が残されていた。

 携帯食料の食べ残し、空になった薬瓶等。

 彼らもまたアイリス達と同じようにこの場所で休んでいったのだろう。


「なぁ、アイリス」

「はい?なんでしょうか」

「俺さ、今すっげー悪い予感してんだわ」

「と、いいますと?私は何もありませんが......」


 そこでアイリスは気配に気付く。

 2人がいる洞を囲むように、存在している気配だ。


「もしかして......」

「マジかよ......ただのモンスターじゃねぇぞ」


 アルフレッドが珍しく震えている。

 顔も段々と青くなっていく。


「俺さ、苦手なものがあるんだわ」

「この際だから聞いておきますが、なんでしょうか?」

「幽霊とゾンビ。あいつらは、ほんと...無理」


 周りから呻き声が聞こえてくる。

 周りから声を極限まで低く枯れさせたような声が響く。


 響く、響く、響く。


 アイリスもやっと、事態の深刻さに気付いた。

 相手は純粋なモンスターではない。


「ウォーキングデッド......!!?」


 塔には様々な話がある。

 これがそのうちの一つ。呑まれれば、自らもヤツらの仲間になること必至の災害ともいえるモンスターハウスの一種、『ウォーキングデッド』。


 モンスターに殺された冒険者たちが地中からゾンビとして蘇り、まだ生きている冒険者達を襲うのだ。

 彼らに知能はなく、そして意識もない。

 あるのは純粋な食欲。貪欲なまでの、底なしの食欲。ただその一つのみ。

 この洞は、冒険者を塔が丸呑みするためのトラップだったのだ。


「アルさん!いますぐここから出て戦わないと!」

「無理無理無理!俺、幽霊とゾンビだけは無理なんだって!幽霊は殴れないし、ゾンビは気持ち悪いし死んでるし!」

「ですがここから出て戦わなければ死ぬんですよ!?」


 アルフレッドは膝を抱えて怯え切ってしまっていた。彼らしくもない。彼なら嫌いなものでも、普段ならこんな風にはならないだろう。


「もしかして、恐怖を植え付ける罠が?」


 時既に遅し。

 洞の天井、そこには古代文字で絵が描かれた魔法陣が存在していた。

 アイリスにはそれを解読する術を持たないが、魔法陣から微かに魔力反応を感じ取った。つまるところ、この魔法陣は起動したばかりなのである。


(迂闊だった!まさかこんな初見殺しの罠があるなんて!!)


 嘆いたところで始まらない。

 1人だけだろうと、一刻も早く迎撃態勢を取らねば、『ウォーキングデッド』の餌食となって、永遠に彼らの仲間入りだ。


「私1人で、やれるでしょうか?」


 アイリスは洞から出て、鞘からショートソードを引き抜き構える。

 相手は全方位からにじり寄ってくるゾンビの大群、『ウォーキングデッド』。

 後ろには怯え切って護らねば瞬く間に餌になるだろうアルフレッド。


(ここで終わるわけにはいきません、ね!)


 まだ冒険は始まったばかりなのだ。

 こんなところで倒れる訳にはいかなかった。




「初代剣の勇者様の加護ぞあれ......いざ!」




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勘当されたので塔のダンジョンに登ります。 白桜 @name1289

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