ルナアル・モナムウル
安良巻祐介
月は硬貨であり、麻薬である。
柔らかいコインであり、チーズのようなドラッグである。
人は月を食って狂い、詩を紡ぐ。
痩せ細り、痛みを受けることと引き換えにこの危険な金貨を得、死出の棺舟に入るものがそうするように、歯の間にかちりと噛む。それは冷たく、静かで、辛味を帯びている。不思議なほど芳しくもある。
夜を見上げ、手の中に月を収める遊びは、誰しも身に覚えがあろう。
青白い、丸い月の光は、掌の熱で発酵し、音楽を放ちながら溶けていく。
古来多くの人が月を数え、月を服用してきた。
詩人と呼ばれる人々は皆、このソフト・ドラッグ、或いはヘヴィ・ドラッグの深刻な常用者である。
小ぶりのグラスに炭酸水またはアルコールを半分ほど入れて、月光によくかざしてから飲み下すと狂気と眩惑の作用がある。私は少なくともこれで自殺したものを三人は知っている。彼らは皆、死んだときには顔が黄色く膨れて、まさしくお月さまのようになっていた。
一部の者は月の服用による中毒死や自死をまとめて
私?私は時おり、ほんの時おり、三日月を少々たしなむ程度だ。鋭く苦い月の尖を載せ続けたせいで私の舌はぼろぼろだが、やめられはしない。その傷から流れ落ちる血は心なしか青白く、できた血だまりには虫やとかげのたぐいが群がる傾向にある。
炎で炙られ、赤銅色に爛れた月を喰らって口中ヤケドする者もいる。炙り爛れた月は地獄の味がするとかいう。
但し月には寄生虫も棲んでいる。私たちが月のうさぎとか婦人の横顔とか桂男とか言っているものだ。見上げた時に見える、月の中に浮いている痘痕のような、海のような。
それらはまれに、月を服用した者の腹に移ることもあると言われていて、あまり信じてはいなかったのだが、友人がその実例になってみると、さして不思議な事でもないとわかった。そういう虫のいる魚や獣を何の準備もなしに食っていたら、虫が移って病気になるのと何の変りもない話だから。――その友人は男だったが、腹に女の横顔を飼ったまま、この間の十五夜に静かに亡くなった。
友人の眸が最後には、青白い、丸い月宮殿になっていたことは、未だに私にかすかな嫉妬を抱かせている。
そう、最後には、人の目が一番月に成り代わりやすい。
だから、今でも、月はどこかで増え続けている。
ルナアル・モナムウル 安良巻祐介 @aramaki88
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます