第21話

 前日の日曜日の夜。


 私――早乙女凛子は二階堂君と並んで歩いていた。


「あの、部長……この事は内緒にしてくださいね?」

「もちろんだ。さすがに人に話す内容じゃないしな」


 モジモジとお願いをする二階堂を横目に見ながら承諾する。


 金曜日の件で、私は今日二階堂君を呼び出した。落ち込んでいるのではないかと心配し、先程まで近くの喫茶店で話をしていたのだが、取り越し苦労だったようだ。


「まあ、さほど気を落としていなかったのでホッ、としたよ」

「心配掛けてすいません」

「気にするな。部員の面倒を見るのが部長の役目だ」

「それに、宮藤の過去も話してもらっちゃって……」

「それも構わん。いつかは互いに知るべき事だと思っていたからな」


 修也に二階堂君の過去を話したように、私は二階堂君にも修也の過去を伝えた。彼がなぜラノベに執着しているのか、その理由も。


 私だけは二人の辛い過去を知っている。二人は互いのジャンルが苦手。それを踏まえて、今回の様な激突がいつか起こるのではないかと以前から危惧していたが、案の定勃発してしまった。時間を見つけて二人には話す必要があると思っていたが、考えが甘かったようだ。


「もっと早く伝えていたら、二人に不快な思いをさせずに済んだだろう。のんびりしていた私にも責任はある。すまない」

「いやいや、部長は何も悪くないです」

「しかしな……」

「これは私と宮藤の問題です。部長が気に病む事なんてありません」


 逆に申し訳なさそうに言って貰えたことで、いくらか心は晴れた。


「起きてしまった後ですまないが、宮藤君はそんな過去があったせいで、おそらくまだラノベ以外の小説が読めないんだ。だから、少しは理解してもらいたい」

「分かりました」

「そう言ってもらえると助かる」


 それからしばらく、何も話さずに歩いていた。


「まあ、二人については話したな。それを考慮して二階堂君、今後の部活の提案なんだが」

「はい」

「やはりこれからもミステリーを課題に挙げていくつもりか?」

「もちろんです」

「なら、もう少しミステリーのハードルを下げられないか? 宮藤君が読破出来るような、比較的読みやすいミステリーを――」

「それは出来ません」


 きっぱりと、そしてはっきりと断ってきた。


「私の好きなミステリーはクローズドサークルミステリーです。だから、宮藤に認めさせる最初のミステリーはそれと決めているんです」

「いや、今分かったと言ってくれただろ?」

「宮藤については分かりました。でも、それとこれとは話が違います」


 真っ直ぐこちらを見て言ってくる二階堂君。


「いやしかし、クローズドサークルミステリーは正直ハードルが高い。もっとこう、殺人なしで気楽に読める内容の物を選んだ方が、宮藤君も興味を持つかもしれないだろ?」

「かもしれませんね」

「だったら――」

「それでも私はクローズドサークルミステリーを推していきます。それだけは譲れません」

「また宮藤君が読んでこない可能性もあるかもしれなくてもか?」


 とは言いながらも、修也ももうそんな過ちはしないだろうと思っていた。


「はい。その時はまた殴……りはしないと思いますが、柏崎さんに教わった柔道技で痛め付け、意地でも読ませます」


 頑なに折れない二階堂君。しかし、その理由もなんとなくだが分かる。なぜなら……。 


「ミステリーは最高の物語です。その中でも、クローズドサークルミステリーは格別です。誰が何と言おうと、私はそれが一番なんです。好きなミステリーだからこそ……好きな相手だからこそ妥協したくないんです」


 そう言った二階堂君の姿は凛々しかった。しかし、それも数秒と持たず、ハッ、とした表情をするとすぐに顔を赤らめながら下を向く。


 そう。二階堂君は修也に好意を寄せているのだ。


 もし望むなら退部しても構わない。そう提案したら拒否してきた。なぜかと尋ねてみたところ……。


『部活は楽しいです。好きなミステリーを取り上げてもらえますし、小説について皆で意見を交わすのもすごく面白いです。特に、宮藤と遠慮なく本心で言い合えるのは……一番……楽しい……です』


 とまあ、こんな感じだった。喫茶店でそれを知った時は、あまりの衝撃でコーヒーカップを落とし掛けた。


「全く……普段あれだけ反発していながら、まさか好きになっていたとはな~」

「私だって……あんなやつ好きになるなんて思いもしませんでしたよ」


 モジモジと自分の髪を弄り始めた二階堂君。照れているのが丸分かりだ。


「きっかけは、自分の小説を絶賛されたから、だったな」


 前に行った二階堂君の作品の感想発表。私達三人の中で一番絶賛していたのは修也だった。


「だって、自分の書いた小説をあんなに面白いと誉めてもらったの、久し振りでしたから……」


 web上で書いていた時期からだいぶ時間が経っている。それもあり、自作を誉められた嬉しさは人一倍だったのだろう。なにせ……。



『何だこれはぁぁぁ! この前買って読んだヤツより遥かに面白いじゃないですか! 王道でありながら細かい設定とキャラの作り。次のページを捲る行為が止まらなくなる展開。プロでしょ? これ絶対プロだ!』




 とまあ、こんな感じだったな。


「あいつ一人で盛り上がってましたよね」

「だな。だが、それだけの絶賛を浴び、そのあまりの嬉しさに耐え切れず途中トイレに向かい、悶えていたんだよな」

「~~っ!」


 二階堂君の顔がさらに赤くなる。


「意外に君の心は脆いんだな」

「脆くないですよ。別にそれで好きになったわけじゃないですから」

「だが、それから徐々に宮藤君への見る目が変わっていったんだろ? 結果好きになったのだから脆い」

「……」


 事実だからか、拗ねたような顔をしながらも否定はしなかった。


「ちなみに、どんな所に惹かれたんだ?」

「それを聞きますか?」

「いや、気になると言えば気になるからな」


 とは言いながら、内心は興味あり過ぎだった。


 長い付き合いだ。私にとって修也は二人目の弟のようなものだ。そんな修也に好意を寄せる女の子が現れた。気にならないわけがない。


「まあ……なんというか……」

「まさか、カッコイイとか言わないよな?」

「あ、それはないです」


 即否定。


「じゃあ、なんだ?」


 少し考えた後、二階堂が答えた。


「……真っ直ぐな目をしている所、ですかね」


 真っ直ぐな目?


「おっぱいだパンツだとか、変態な発言もありますが、あいつはラノベの話をする時はいつも目が輝いてます。本気で語ってるのがひしひしと伝わってきて、ああ、宮藤は本当にラノベが好きなんだな、ってはっきり分かります」


 なるほど。たしかに、修也はラノベを話をする時はいつも楽しそうだ。


「あそこまで輝く目になるには、心から好きになっていないとならないと思うんです。ジャンルは違えど、自分と同じようにあれだけ小説を好きになっている人は初めて見ました」

「その点については二人は似ているな」


 そうですね、と答えてから二階堂君は続けた。


「私にどんなにラノベを貶されようと、それをものともせずに魅力を語り続ける。自分の信念を曲げない宮藤。その姿は、なぜか私の脳裏に焼き付いて離れないんです」


 そんな修也に魅了された、という事か。


 自分と同じような人間だからこそ目に止まったのだろう。その気持ち、熱い魂は理解ある者以外では共感しにくい部分もあるだろうが、二階堂君は誰よりも知る事が出来る。なぜなら、自分もミステリー愛に溢れているのだから。


「私だって、ミステリーの好きな気持ちは誰にも負けない自信があります。でも、宮藤もラノベに対する気持ちは底なしです。私も負けられない。そんな風にも思ってます」

「つまりはライバル、という感じかな?」

「そうです。宮藤は負けられないライバルです。自分の小説愛は譲らない。妥協せずに相手に全てをぶつけてきます。だから、私も常に本心でぶつかり合っています。それは、これからも変わらないと思います」

「また今回のような事が起きるかもしれなくても?」

「はい。これは私と宮藤、どちらの気持ちが勝っているかの戦いです。白旗を挙げるつもりはありません」


 妥協という敗北を考えていない。だが、それだけ強い想いが宿っているという意味でもある。


「必ず宮藤にはミステリーの良さを伝えてみせます。そして、理解してもらったその時は……」


 大きく息を吸うと、その空気を吐き出すように決意も紡いだ。


「私は……宮藤に告白しようと思います」


 真っ直ぐな目。


 それは金曜日の夜に見た修也の目と全く同じものだった。ラノベの魅力を伝えきれたら告白するという、修也の決意と。


「中々難しいぞ? あの宮藤君にミステリーの良さを伝えるには」

「大丈夫です。やり遂げてみせます」

「そうか……こういう事に関しては、私は非協力主義だが」

「いりません。自分の力で伝えます。ミステリー愛も……宮藤が好きという気持ちも」

「分かった。頑張りたまえ」

「はい。それじゃあ部長、私はこれで」

「ああ、気を付けて帰るんだぞ」


 失礼します、と答え、二階堂君は去っていった。


「全く……告白の条件まで同じとはな」


 二階堂君の姿が見えなくなると、呆れながらも口元は緩み、私の顔は笑っていた。二人には申し訳ないが、とてつもなく面白い事態に心が踊っていたのだ。


「ラノベ愛とミステリー愛。果たして、どちらが先に認めるのだろうな」


 想像するだけでもワクワクして堪らない。二人には互いの事情を話している。もう今回のような事態は起きないだろうと感じていた。だからからこそ笑いが止まらない。どういう結果になるのか楽しみでならなかった。


「こんなに楽しい毎日を過ごせるようになったのは、間違いなくお前のおかげだろうな」


 私は顔を上げ、夜空に輝く星を眺めた。


 修也と二階堂君が会わなければ、そして修也がラノベに目覚めてなければ、こんな楽しい物語を目にする事はなかったはずだ。


「私は最高の日々を過ごしているぞ。だから、お前もそっちの世界で元気にしていてくれ、篤志」


 修也が言っていたように、きっとどこかの世界で暮らしている弟に向かって声を掛ける。この無数に存在する星のどれかに、篤志がいると思って。


 その声に答えるかのように、一つの星が一瞬煌めいた。









                 了

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轟け!俺のラノベ魂(スピリッツ)! 桐華江漢 @need

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