第4話 おとなりさんと喫茶店
駅の前を通り抜けて、5分ほど坂を下ったところに喫茶店があった。
田舎道の真ん中にポツンと現れたお店はペンションみたいな真っ白でかわいい壁と木造のオープンテラスが印象的だった。
「よく来るお店なんですか?」
私の問いに三池さんは「ぜんぜん」と答えた。
「喫茶店巡りはキクコの趣味なんだよ。山を歩いた後、その近くの喫茶店でのんびりしてから帰るのが私たちの恒例なのさ」
瀬戸さんはキラキラと眼を輝かせていて、たぶん私達の声が届いてない。しっかり者の瀬戸さんが少しかわいく見えた。
お店に入るとすぐにカウンターがあった。セルフサービス式らしいので、私達は飲み物を注文して席へと向かう。
禁煙席の壁は真っ白で、立派な梁がむき出しの天井がなんだかいい感じ。
「へへ。おしゃれ過ぎるお店は苦手でさ。これぐらいの方が落ち着くかな」
とは三池さんの弁。
「交通量が多すぎてちょっとうるさいのが残念かしら。でも凄くいい雰囲気ね」
瀬戸さんはお店の分析をしながらスマホをカタカタと操作している。
私はちゃんとした喫茶店にあまり馴染みがなくて終始そわそわしていた。
メニューを眺めていた三池さんの眼がキラキラと輝いた。
「わ、ローストビーフ丼だって。なんか美味しそうじゃないコレ」
「食べたいならご自由に」
「うー……。美味しそうだよね環ちゃん!」
「美味しそうですねぇ」
お金がないので注文は出来ないけど。たっぷりとローストビーフが盛りつけられた写真はとてもとても美味しそう。そういえばそろそろお昼だ。
「3番でお待ちのお客様」
カウンターでドリンクを受け取る。私と三池さんはお店のオススメ山ぶどうサワー。瀬戸さんはカフェラテ。らしいなって思う。
席に戻って、ドリンクに口をつけた。とても美味しい。
喋りながら歩いていたんだから喉が渇いて当然か。
お店で手作りしているという山ぶどうサワーは甘さ控えめで、酸味が強いけどトゲトゲしなくて飲みやすくて美味しい。オススメです。
「というわけで、今日のサークルRK体験入会はいかがでしたか!」
前置きもなく唐突に、三池さんが言った。
私があっけに取られると、瀬戸さんが反射的にツッコミを入れようとして、やめるのが見えた。
「実質、体験して貰ったみたいなものよね」
瀬戸さんが三池さんに控えめに同意した。
「サークル?」
「そ、サークルRK」
思わず聞き返す。
三池さんが言い直す。
そのまま胸を張っている。
沈黙。
助けを求めて視線を横にずらすと、瀬戸さんがコホンと咳ばらいをしてから説明してくれた。
「私達が所属してるサークルの名前よ。活動内容は今日体験して貰った感じ、要するにハイキングね。こうやって自由に、好きなようにハイキングをして、たまに情報交換をするのが私達のサークルなの」
「なるほど」
瀬戸さんの通訳を受けて、三池さんの言葉の意味が理解できた。
「ちなみに元々六甲山を歩くのが中心だったみたいなの。六甲のローマ字表記から取って、サークルRKって名前になったらしいわ」
「なるほど」
瀬戸さんはちなみに、が好きだ。
三池さんが人差し指を立てて、私に言った。指を立てるのが癖なのかな。
「というわけで、いかがでしたか」
うーん。どう返事をしていいか悩む。
「楽しかったです?」
語尾が疑問形になった。
「それはよかったです?」
三池さんの語尾も疑問形になった。
・
・・
・・・
「ハイキングなんて意識してやったことないでしょう?」
瀬戸さんが助け舟を出してくれた。
答えは考えるまでもない、私は即答した。
「ないです」
瀬戸さんは「でも」と前置きして、楽しそうに続ける。
「こうやってお喋りしながら、普段は歩かないような道を歩くのもたまにはいいものでしょ?」
「そうですね、とっても楽しかったです」
これも考えるまでもなかった。
瀬戸さんは嬉しそうに微笑む。三池さんは眼を輝かせている。二人ともハイキングが好きなのが伝わってきて、私もなんだかうれしい気分だ。
でも、このお二人と歩いたから楽しかったんじゃないか。
そう考えると、その次の言葉を続けることが出来なかった。ハイキングが好きになった、とは言えなかった。
小さな沈黙があった。たぶん、瀬戸さんは私に返事を期待していたのだと思う。でも、上手く言葉に出来なかった。
すると、
「ねえ、環ちゃん。せっかくだからもう一回付き合ってくれない?」
三池さんが例によって人差し指を立てて言った。
「流石に今日じゃないんだけどさ。今度の日曜日とかどうだろ。もし用事がなかったらだけど、ちょーっとお姉さんとデートしませんか。たぶんね、そろそろ桜が綺麗に咲いてると思うんだー」
ん? ん? ん? ちょっと展開が早すぎてついていけなかった。
「あー、次の日曜日にお姉さんに付き合ってくれない?」
繰り返す三池さんに瀬戸さんがツッコんだ。
「いや、環さんが困ってるでしょ。普通は初対面でそんなこと言わないわよ」
「えー。たくさんお話ししたし、私たちってもうお友達でしょ?」
友達を否定するのをためらったのか、瀬戸さんがぐっと息を飲んだ。
「せっかくハイキングに興味持ってくれたのなら、この時期だけのとっておきコースを見せてあげたくなっちゃって。どうかな、ダメかな?」
この人はズルいと思うし、私はバカだと思う。
もっと用心するべきだって思う私も確かにいるのだけど、それよりも三池さんのとっておきを見てみたい私がいた。
おバカな私はすんなりと頷いた。
「本当に大丈夫なの? 無理なら断ってもいいのよ?」
瀬戸さんが心配してくれるけれど、大丈夫ですよと私は答えた。
理由というほどのものは考えていない。
しいていうなら……楽しそうだから。
あーるけー! アオイヤツ @aoiyatsu
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