メリークリスマス  ~トナカイより愛を込めて~ 5



 会計等の後始末も終わり、遥は航と二人、ロビーを歩く。


 外にはまだ真尋たちの姿が見えた。


「……課長、あんまり側に来てくれませんでしたね」

と愚痴ると、航は、


「スカートが短いからだ」

と言ったあとで、ふとコートを羽織った遥を見、


「……着替えたのか」

と言ってきた。


 何故、残念そうなんだ。


 っていうか、ミニスカトナカイのまま帰るわけないじゃないですか、と思いながら外に出た。


 寒いな、今日は、と思っていると、朝子たちと居た真尋が、

「はい、兄貴」

と何故か、鳥かごと紙袋を渡してくる。


「はいってなんだ?」

と言う航に、真尋は、


「まどかさん、明日連れてくことになってるから、今晩は兄貴が預かって」

と言う。


 航の手にある鳥かごを覗き込み、

「俺の代わりに、兄貴たちの邪魔してね。

 俺は今から、美女軍団と二次会行くから」

と言って、


「やだーっ。

 美女軍団なんてーっ」

と後ろから優樹菜にはたかれて、つんのめっていた。


 優樹菜……。

 さっきのイケメンはどうした、と思いながら、そのまま歩いていってしまう彼らを見送る。


 航は鳥かごを目の高さに掲げ、まどかさんを見ながら、

「電車に乗れるのか、これ……」

と呟いていた。


 さっきまで、メリークリスマスッ! と気の利いたことを言っていたまどかさんは、今は、なんだかわからないことをぐにぐに言っていた。






 真尋は最初から航に運ばせるつもりだったらしく、ちゃんと電車に乗れるように、紙袋の中には、鳥かごにかけるカバーまで入っていた。


 航が送ってくれると言うので、素直に甘えることにした。


 駅からの道道、航は話してはくれるのだが、何故かこちらを見ない。


 さっきはさっきで、スカートが短いからと言って見ないし。


 今度はなんなんですか。


 私はコート着てますよ? と思いながら、航の顔を覗き込むようにすると、

「……なんだ?」

と不機嫌にも聞こえる声で言ってくる。


「いえ、こっちを見て欲しいだけです」

とまだ酒が残っている勢いもあり、強気に言ってしまう。


「なんで、そっち向いているんですか、課長っ」

と言うと、航は、


「襲わないようにだ」

と言い出した。


 うーむ。

 これでは振り向いて欲しいと言えなくなったぞ、と思いながら、黙って横を歩いていると、航が言ってきた。


「怖いんだ……」


「え」


「今まで俺の世界の中心には俺が居て、俺が見て感じてすべてを決められた。


 でも、お前が現れてからはそうじゃない。


 俺の世界の中心はいつの間にか、お前になっていて。


 なにもかもお前のことを考えてからしか動けなくなった」


 そういうのが怖いんだ、と航は言う。


「言っただろう。

 俺はリストラする人が決められなくなったら自分が辞めようと思っていると。


 でも、お前のことを考えたら、辞められない。


 遥、お前は俺の人生に現れた、初めての枷だ。


 ひどく勝手なことを言ってるな。


 だから、俺はお前に告白するのを躊躇して……」


 振り返った航が足を止めて言う。


「なに泣いてんだ」


「してます」


「え?」


「してます。もう告白……」

と遥は言った。


「私が課長の世界の中心にならなくていいです。


 私のことをいつも考えてくれなくてもいいです。


 私がいつも課長のことを考えて、課長の側に居ますから。


 大好き……」


 大好きです、と言う前に、唇を塞がれていた。


 離れた航は、遥の右の肩に手を置き、

「お前が言うな。

 俺が言う」

と言う。


 だが、航は遥の肩に片手を置いたまま、黙っていた。


 黙っていた。


 ……いつまでも、黙っていた。


 課長……、寒いです、と思ったとき、いきなり女の声がした。


「もうーっ。

 早くしなさいよーっ。

 貴方っていつもそうなんだからっ。


 ケーッ」


 航の左斜め下から声がしていた。


 二人で覗いてみる。


「もうーっ。

 早くしなさいよーっ。

 貴方っていつもそうなんだからっ。


 ケーッ。


 遅刻するわよっ」


 ……ま、まどかさん。


「斎藤まどかは、毎朝、これを旦那に言ってるのかな」


 ああ、人間の方だが、と航が言う。


 なんだか和むが、このケーッが気になるな、と思っていた。


 まどかさんの雄叫びだと思っていたのだが、今、また、同じ位置に入っていた。


 斎藤まどかさんが、あそこでなにか叫ぶのだろうか。


 ……大変そうだな、結婚生活って、とちょっと思ってしまう。


 会ったこともない女性だが、いろいろ教えられるな、と思っていた。


 まどかさんは、まだグニグニ言ったあと、黙ってしまう。


「遥、ちょっと」

と航が近くの公園に遥を呼ぶ。


 雪でも降りそうな気配だった。


『雪の降る中、外で長々話す男は殴ってやったわ』

といつか朝子が言っていたが、今はまだ、殴る気にはならないな、と思う。


「メリークリスマス。

 まだ早いが」

と言いながら、航はコートから細長い箱を出してきた。


「これは……」

と言うと、


「指輪は嫌いなんだろ」

と言う。


「あ、開けてもいいですか。

 っていうか、私、今日はまだ、課長になにも用意していませんっ」

と焦って早口に言うと、


「いや、別になにもいらない」

と言ってくる。


 包みを開けると、この人、こんなブランド知ってたのか。


 もしや、選んだのお義母様か、真尋さんか? と思う、普段でも使えるような、可愛い薄紅色の薔薇を模ったネックレスが出てきた。


「あの、課長、つけてくださいますか?」

と照れながらも言ってみたのだが、航は困った顔をする。


「……やっぱいいです」


 なにか申し訳ないような気がしてきてそう言うと、

「いや、やる」

となにか負けた気がしたのか、言ってきた。


 航は遥に前を向かせたまま、遥の首の後ろで、ネックレスを留めた。


 おいおい。

 意外に手慣れてないですか?


 本当に今までこんなことしたことないんですか?


 本当に今まで……


 そのまま航が口づけてきた。


 離れたあとで言う。


「こっちで降りるんじゃなかったな」


「え」


 だが、航はすぐに、今の発言をなかったことにしようとした。


「送ろう」

と言う。


「そうですね」

とまどかさんと一緒に並んで歩き出す。


 もうすぐ家だなあ。


 いつもは、夜道で見たら、ほっとする家の灯りを、今日は寂しく眺めていると、航が、

「お前、一人暮らしはしないのか」

と言ってきた。


「……しません」


 そうか、と言ったきり、黙ってしまう。


 だが、今度はすぐに口を開いた。


「いや、そうだな。

 一人暮らしなんて、物騒だ」

と言い出す。


 いや、あんた、どうしたいんだ、と思っていると、

「嫁に出るまでは家に居るのが、家族にとってもいいような気がするしな」

と言い出した。


「そ、そうですか」


 そこで、また沈黙する。


 そして、また口を開いた。


「いつか、俺に娘が出来たら、娘にそうして欲しいから」


 今度は、いきなり、娘の話になったぞ、と思うと、また黙る。


「あのー、課長」

と溜息をつくと、


「なんだ。

 お前、今、俺のことをめんどくさい奴だと思っただろう」

と言ってくる。


 その通りだ。


 確かに、この人と自分とでは、この先もなかなか話が進みそうにはないな、とは思っていた。


「……なんでこんな人を好きになったのかな、と今、真剣に考えています」

と思わず本音をもらすと、今度は、


「好きになれなんて言ってない」

と言い出す。


「私も言ってません」


 だが、航は続けて言ってきた。


「……好きになれなんて言ってない。

 俺が勝手にお前を好きなだけだ」


 赤くなり、


 え、えーと。

 こ、これはどう反応すればいいのですかっ? と思っている足許で、まどかさんが微妙な雰囲気を打ち壊すように、陽気に言ってくる。


「メリークリスマスッ

 メリークリスマスッ


 ……メリークリスマッ……ススススッ!」


 鳥も噛むのか……。


 っていうか、空気読まないな、インコ。


 当たり前だが、と思っているところで、


「遅刻するわよっ。

 遅刻するわよっ」

と唐突に叫び出すまどかさんを見下ろし、航が、


「……遥。

 とりあえず、インコ飼うのはよそう」


 危険だ、と言ってきた。


 家の中の情報、だだ漏れだもんな、と思いながら、

「はい」

と言ったあとで、ん? と思う。


 今のはどういう意味ですか? と思ったのだが、航はさっさと遥の家の階段を上がっていってしまっている。


「か、課長っ。

 もうなんなんですかっ。


 なんでいつも、さわりだけ言ってやめるんですかっ」


 最初と最後も言ってくださいーっ、と思っていると、

「俺はそういう男なんだ。

 真尋のような甘い言葉は期待するな」

と振り向かずに言ってくる。


「なんでこんな人、好きになってしまったんでしょうね……」


 もう、一度言ってしまっているので、遠慮なくそう愚痴ると、航が振り返り口を開こうとしたので、先を読んで言ってやった。


「好きになれとは言ってない」


 航が足を止め、黙り、遥は笑った。


「そういえば、お前、最近、大魔王って呼ばないな」


「え?

 さ、最初から呼んでませんけどっ?」

と誤魔化すように言う足許で、まどかさんが陽気に叫んでいた。


「メリークリスマスッ!


 メリークリスマスッ!



  メリークリスマスッ!」


 少し笑って、遥は言った。


「メ、メリークリスマス……


 わ、航さん」


 ちょっと驚いた顔をしたあとで、航は、そっと唇を重ねてきた。


 が、すぐに、玄関の灯りがついて、慌てて離れる。


 鍵を開ける音と、

「あらー、今日は騒がしいわね。

 何人で帰ってきたのー?」

という母親の声がした。


 いや、騒いでんのは、一羽だけど、と遥は足許を見下ろした。




「メリークリスマスッ!


    航サンッ!」

  




                              完






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好きになれとは言ってない 櫻井彰斗(菱沼あゆ) @akito1

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