メリークリスマス  ~トナカイより愛を込めて~ 4

 

「なにそれーっ。

 もうそれで言ったも同じじゃん。


 なんでそこで、好きだって言わないのー」


 なんで実家に送ってっちゃうのよーっ、と給湯室で亜紀は絶叫する。


 まるで、自分のことのように、

「あーっ、イライラするっ!」

と叫び出す亜紀に、


 大きい大きい。

 声、大きいです、亜紀さんっ、と遥は慌てる。


 そして、聞いています、大魔王様がっ。


 給湯室の外を通りかかった航が足を止め、無言で遥たちを見つめていた。


 怖いよ。


 去っていく大魔王様の後ろ姿を見ながら、青ざめた亜紀が言ってくる。


「あんた……あの人と結婚したら、一生あの目にさらされるのよ? 大丈夫?」


「が、頑張ります……」


 でもまあ、と亜紀は笑う。


「あんたたちみたいなのには、そういうスローな感じがいいのかもね。


 早く出来たカップルは早く別れるかもしれないし。


 ま、還暦までには結婚しなさいよ」


 ええっ?


 投げ捨てられたっ? と遥はさっさと給湯室を出て行ってしまう亜紀を見送った。






「遥さん、此処は戦場です。

 そして、女の敵は女です」


 淡々とした口調で、優樹菜が言ってきた。


 クリスマスコンパの会場。


 いつもはカジュアル系の服が多い優樹菜だが、今日は可愛らしいワンピースを着ていた。


 社長から金一封あっての開催のせいか。


 まるで会社の行事であるかのように、みんな、いつものコンパより、改まった服で着ていた。


 まあ、クリスマスだしな、思い、それらしく飾られたホテルのホールを見回す。


 少し緊張気味に始まった立食パーティ形式の会だったが、うまくいっているようだった。


 此処は戦場、そして、女の敵は女だと、コンパ慣れしていない遥のために、わざわざ忠告してくれた優樹菜が、


「でも、私が貴女をお助けできるのも此処までです」

とゲームに最初に出て来る村人みたいなことを言い出す。


「このあと、女同士が結託するのは、男が全員いまいちだったときだけです。


 目配せで、会を閉めて帰ろうとします。


 スポーツ選手並みのアイコンタクトで。


 でも、今日の場合、それはありえません」


 さすが、大魔王様の集められた精鋭、と会場を振り返り、優樹菜は頷く。


「二、三人はゲットしたいです」

と捕虜でも捕まえる勢いで言い出す。


 結婚できるのは、ひとりだと思うんだけど……。


 さすが、亜紀さんと並ぶコンパの女王。


 すごいな、と思って聞いていた。


 女の敵は女か。


 では、こうして忠告してくれている優樹菜はまだマシな方なのだろう。


「見てください。

 遥さん、即行、売られています」

と優樹菜が少し離れた位置に居た亜紀を指差す。


 男性陣に囲まれた亜紀は、

「ああ、遥?

 あの子は今、新海課長と付き合ってるから」

と言って、笑っている。


 ひいいいいいっ。


 航との噂を知らなかった人にまで広めているようだった。


「これでもう、みんな恐れて遥さんには言い寄っては来ませんよ。

 まあ、あそこに門番のように大魔王様が居ますしね」

と前方を指差す。


 航が、様子を見に来ていた部長と話していた。


 航は、男には様子を訊きに話しかけるが、女には話しかけず、自分は参加しているつもりはないようだった。


「ちなみに今、一番人気は小宮さんです」

と優樹菜が言い出した。


「え、なんで?」

と振り向くと、


「遥さんに振られたことが広まったからです」

と言う。


「振られた今がチャンスだ、と言うのと、本気になると意外と真面目らしいということが、みんなに伝わったので、今まで小宮さんは軽いからと避けていた方々にも人気急上昇中です」


 そ、そんなものなのか。


「小宮さんにとっては、遥さんは新たな春を呼んでくる女神さまですね」

と優樹菜は小宮を目で探しながら笑う。


 いや、振って感謝されるとか。


 ありがたいような、みんな、早くその話題は忘れて欲しいような。


 私なら課長に振られたらどうかな、と思う。


 あまり想定したい未来ではないが。


 部長はもう帰ったらしく、航は場内を見渡せる位置から、目を配り、時折、頷いていた。


 大魔王様が、うむ、と頷いておられる……。


 私の仕事はどうでしょうか、大魔王様、と遥は問いたくなった。


 そのとき、こちらに気づいた大魔王様がグラスを手に歩いてこられた。

「遥」

「はっ、はい」


 だが、畏まった遥の前で、航はいきなり、

「なんだ、その服は」

と怒り出した。


「……ト、トナカイです」


 遥が買った着ぐるみではなく、真尋がくれたミニスカトナカイを着ていた。


 まさか、トナカイの被り物と、もふもふのついた可愛いミニのワンピースのセットだったとは。


 だから会場に着くまで開けるなと言ったんだな、真尋さん、と思っていると、


「誰がそんなもの着ろと言った。

 可愛いじゃないかっ」

とよくわからないことで怒り出す。


 っていうか、口に出して言ってくるなんて、貴方、既に酒が回ってますか? と思った。


「もっとトナカイらしいトナカイにしろっ」


 いや、だから、私は、トナカイを撃って、毛皮を着ようかと言ったではないですか、大魔王様、と思っていると、真尋が助け舟を出してきた。


 自分の渡した衣装で、揉めているのを見兼ねて来てくれたようだった。


「兄貴。

 嫌だよ、俺。


 もこもこのトナカイに給仕されるとか」


 子供の集まりじゃないんだから、と文句を言う。


「だいたい、なんで自分の彼女を可愛くなくしたいんだよ。

 俺なら、とびきり可愛くして自慢したいね」


「それは、お前が自分に自信があるからだっ」


「いいじゃない。

 世間様がどう思ってるかは知らないけど、遥ちゃんには、兄貴が一番格好良く見えてるんだから」


 真尋の話を聞きながら遥は、


 あれ?

 今、課長、否定しなかったな、と思っていた。


 真尋さん、今、課長に私のこと、彼女って言ったのに。


 いや、彼女とか。


 課長には、まだなんにも言われてないのに。


 ……照れるな、と思っていると、既に出来上がった真がやってきた。


「どーしたんだ、遥。

 それ、可愛いじゃないか。

 ミニスカトナカイ」


 いや、今、振るな、その話題……。


「お前が一番目立ってるぞ。

 っていうか、その短さは、めくっていいって話か」


 ちょうど俺の手の位置だが、と言って後ろから来た小宮に、即行、殴られていた。


 ははは……。


 だが、まあ、なんだかんだで盛り上がってよかった。


 なんだかあそこで亜紀さんが私は売れていると連呼しているようだが。


 売れたい。


 ……買ってください、課長、とこちらを見もせずに、もう遠くへ行ってしまった航の後ろ頭を遥はひとり凝視していた。


 そのとき、一旦消えていた真尋が、宝迫とともに現れた。


 宝迫の手には、マイクがあり、真尋の手には鳥かごがあった。


 ん? 鳥かご?


「スペシャルゲストのまどかさんですー」

と宝迫からマイクを受け取った真尋が言う。


 初めてお会いするまどかさんは、淡いブルーと白の愛らしい姿をしていた。


 前の方で話している声が聞こえる。


「まどかさんって誰?」


「新海課長の鳥だって」


 違うよ。


「まどかって、新海課長の彼女の名前じゃなかった?」


「そりゃ、遥だろ」


 ありがとうございます。

 紛らわしい名前ですみません。


「でも、新海、いつか、携帯で、まどかって名前の電話番号見つめてたぞ。

 鳥に電話番号ないだろ?」


「浮気か?」


「斎藤まどか。

 人間の斎藤まどかじゃなくて、斎藤さんちのまどかって意味だ」


 前で話している連中にも、遥にも聞こえるように、航が言った。


 いつの間にか、側に来ていたようだ。


 はは、とみんなが振り返って、苦笑いしている。


「うちから帰っていったあと、まどかがちょっと寂しそうだったから電話で話しかけてやってくれって頼まれたことがあるんだ」


「そうなんですか。

 ところで、なんで、会社でまどかさんの電話番号見てたんです?」

と言うと、航は沈黙するが、なんとなくわかる気はした。


 煮詰まると、ペットと話したくなるもんな……。


 真尋がまどかさんの口許にマイクを持っていく。


「メリークリスマスッ!

 メリークリスマスッ!」

とまだクリスマスには早いのにまどかさんが連呼し始める。


 おお、と会場からどよめきが上がった。


 真尋が斎藤さんちに頼んで覚えさせてもらったようだった。


「メリークリスマスッ!」


 みんながまどかさんに近寄り、いろいろと覚えさせようとする。


「亜紀さん、可愛いっ。

 亜紀さん、美人っ」

とまどかさんに向かい、亜紀が繰り返している。


「なに覚えさせてんですか……」

と遥が言うと、


「インコとはいえ、言われたら嬉しいじゃないのよ」

と振り返り、言ってくる。


「ああ、そうだ、遥。

 ありがとう」


 亜紀に唐突に、そう言われ、は? と言うと、

「あんたの面倒を見ることで私の好感度も知らない間に上がってたみたいでさ」


 番号いっぱいゲットしちゃった、とスマホを見せてくる。


「いいことをするといいことがあるってほんとねっ」


 よ、よかったですね、と言う間もなく、亜紀は不機嫌な顔になり、遥のスカートの裾を引っ張ってきた。


「それはそうと、あんた、目立ちすぎよっ!」


 女の敵は女。


 なるほど……、と優樹菜を目で探したが、彼女は目をつけたイケメンと話すのに忙しく、こちらを見もしなかった。


 ……なるほど。


 だが、まあ、楽しい会だった――。

 







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