第2話 金獅子様は平凡な恋がしたい(後編)

 絢爛豪華なホールに着飾った男女が華を添えている。誰もがこの戦争の功績者である豪傑と英雄の話題でもちきりだ。そして、あわよくばお近づきになりたいという欲望も渦巻いていた。


 そんな淀んだ空気の中にカイが入っていった。


 いつもは獣のたてがみのようにボサボサな金髪は大人しく撫でつけて後ろに流している。服は白地に金糸を使った正装をまとい、普段の鎧姿とは違った雄々しさがある。もちろん顔にはいつもの仮面をしているが。


 その姿に女性たちから恍惚のため息が漏れた。男性たちはお近づきになるために戦果を称えながらカイの周囲に集まっていく。


 カイはそれを笑顔で豪快に受け流した。軽く相槌を打ちながら一か所にとどまることはせず、次々と流れるように移動していく。それはさながら花から花へ移動していく蝶のようでもあった。


「ガルパスのヤツ、遅いな」


 カイが仮面の下の瞳を鋭くする。そこに会場が騒(ざわ)めいた。カイも騒ぎの中心に視線を向けると、ちょうどガルパスが女性を連れてホールに入ってきたところだった。


「あいつが女連れなんて珍し……!?」


 ガルパスが連れている女性を認識したとたんカイは走り出した。いつもなら人の隙間をすり抜けるのだが、今はそんな余裕などなく人を押しのけるように一直線にガルパスの元に向かう。


「キャ!」


「ちょっ……」


 カイが目的の人以外は目に入っていないかのように早足で歩いていく。そして、声が届く距離まで来たところでガルパスに声をかけた。


「おい!」


「あぁ、ちょうど良かった」


 ガルパスが笑顔で手を上げるが、カイの声は緊迫していた。


「どういうことだ? なぜ一緒にいる?」


 ガルパスが上げていた手を握りつぶす勢いで掴み、そのまま眼前に迫る。その光景に一部の女性からは黄色い声があがり


「やはり、お二人は……」


「秘密の恋仲……」


「目の保養ですわ」


 と、いう声が漏れ聞こえてきた。


 そのことにガルパスの顔が青くなる。だが頭に血が上って聞こえていないカイはドスを効かせた声で追及を続けた。


「これは、どういうことだ? 返答次第では友人関係を考えるぞ」


「待て! 待て! お前に紹介するために連れて来たんだ。ここだと人目が多いから端に行くぞ」


 好奇の目から逃げるように三人はホールの端に来た。人々は遠巻きに見ながら囁いている。


 そんな視線に居心地の悪さを感じながらガルパスは咳払いをした。


「ミレナ、こっちはカイ・オッランケット。昼に助けてもらった礼を言いたいと君のことを探していたんだ。カイ、こちらはミレナ・ファルハーレン。ファルハーレンの名ぐらいは聞いたことあるだろ?」


「あ? えー……と、その……」


 カイがミレナを直視できず横を向いてもぞもぞとする。


 ガルパスと並んでいる時には気付かなかったが、ミレナは意外と背が高い。カイとほぼ同じぐらいの高さであるが、それが気にならないほど体型のバランスが良い。

 それに加えて、まっすぐ伸びた背筋に凛とした顔、立っているだけで周りの空気が浄化されていくような雰囲気がある。


 チラチラとミレナを覗き見しているカイの足をガルパスが蹴った。


「シャキっとしろ。聞き覚えはあるのか? ないのか?」


「ない!」


 カイが迷いなく断言すると、ミレナが笑った。


「そこまでハッキリ言われたら逆に気持ちいいですね。ファルハーレンは今回、あなたが賜(たまわ)る領地の領主をしていた家の名前です」


「え? じゃあオレは君の領地を……」


「あ、私のことは気にしないで下さい。私以外の一族は流行り病で亡くなって、王家に領地を返納する予定でしたから」


「いや、でも生活はどうするんだ?」


「先代が残してくれた家が王都にありますので、そこに住む予定です。蓄えもありますから、私一人ぐらいなら大丈夫です」


「じゃ、じゃあ! 遊びに行ってもいいか!?」


 カイの顔が仮面をしていても分かるほど顔が真っ赤になっている。ミレナは笑顔で頷いた。


「いつでもどうぞ」


 その笑顔にカイは心臓が締め付けられるのを感じた。


「我が生涯に悔いなし!」


「はぁ!? おい! 倒れるな! おい!」


 カイは嬉しさで気絶した。





「今日は家が見えるところまで行けたぞ!」


「今日は昨日より十歩近く家まで行けたぞ!」


「今日は家の前まで行けたぞ!」


「今日は玄関に花束を置けたぞ!」


「今日はドアをノックすることが出来たが、花を置いてダッシュで逃げてきたぞ!」


 日々の報告に頭を抱えながらも黙っていたガルパスだが、この報告には思わず突っ込んだ。


「不審者だし、相手に迷惑だろ!」


「だって、だって! 家にいると考えただけで……オレ、もう!」


 カイがそのままソファーに沈み込む。顔はクッションに埋め、足はバタバタと動かしている。


「頼むから、そういうのは自室でやってくれ」


「自室だと一人で寂しいし、一人でこんなことやってたら変人だろ!」


「気にしなくても変人だ!」


 カイがクッションに顔を埋めたまま話す。


「あー、一緒に食事がしたい」


「誘えばいいだろ」


「いや、一緒に買い物でもいいな」


「とっととデートに誘え」


「まずは会話! 会話からだな!」


「なら、不審な行動は止めて声をかけろ!」


「あー、顔が見たい!」


「人の意見を聞かないなら出ていけ!」


 カイを追い出したガルパスは深くため息を吐いた。

 このままだと一生、この状態が続く可能性がある。それだけは避けねばならない。

 ガルパスの動きは早かった。





 いつもと同じ時間にいつものようにガルパスの部屋のドアが勢いよく開いた。


「今日は窓枠に花束を置けたぞ!」


「だから不審者行為は止めろ!」


 ガルパスが思わず叫び返す。


「そうは言っても……」


 カイが反論しようとしたところで笑い声に気付いた。


「あの花はあなたが持ってきていてくれていたのですね」


 カイがいつも座っているソファーにミレナが座っている。


「え!? あ、なんで、ここに?」


 挙動不審になるカイにミレナが微笑む。


「最近、家の周囲に花束が置いてあるから不思議に思っていたのです」


「いや、これは、その……」


「いつも綺麗な花をありがとうございます。部屋が殺風景で寂しいと思っていたところだったんです」


 ミレナが立ち上がりカイに手を伸ばす。


「花のお礼に一緒に食事をしませんか?」


「あ、いや、そんな……」


「イヤですか?」


 首を傾げるミレナにカイが大きく首を横に振った。

 これで二人の仲が進展するだろう、とガルパスは安堵した……が。





「まだ手も握ってないだと!?」


「無理! 一緒に歩くのだって心臓がうるさくて、なかなか出来ないんだぞ!」


「本当にそれで付き合っているのと言えるのか!? それでよく抱かれたいとか、ほざいていたな!」


 あまりの進展のなさにガルパスの口調が悪くなる。


「遠い昔のことを言うな!」


「そんなに昔じゃない! そもそも君たちは付き合って一年経つんだろ!?」


「一年と十七日だ!」


「無駄に記憶力を発揮するな! 気持ち悪い!」


「全てを覚えていたいんだよ! あの優雅でカッコいい一挙手一投足の全てを! あの落ち着いた声を! 常に思い出していたいんだ!」


「それなら結婚して、ずっと側にいればいいだろ!」


 ガルパスの叫びにカイの金髪が逆立った。顔は火山が噴火したかのように真っ赤だ。


 尋常ではない変化にガルパスが一歩引く。


「どうした?」


「……いや、プロポーズは……されたんだ」


「は!? なんで手も繋げない状況でプロポーズまで飛ぶんだよ!?」


 ガルパスの声は聞こえていなようで、カイがうっとりと天井を見上げながら思い出すように言った。


「格好良かったなぁ……満点の星空をバックに膝をついて、オレに指輪を差し出して……」


「はい、はい。で、返事はしたのか?」


 ガルパスの質問に珍しく答えが返ってきた。


「当然、ハイって答えたぞ!」


「あー、それは良かったな。おめでとう」


 まったく心がこもっていない祝福の言葉だがカイは嬉しそうに頷いた。


「と、いうわけでオレ領地に引っ込むわ」


「はぁ!?」


「だって戦争もないし、王都にいてもやることないし、領地の運営に本腰いれてもいいだろ?」


「いや、確かにその通りだが上が黙ってないぞ。一時は引っ込めても数年すれば理由をつけて王都に出て来させられるぞ」


「ま、そうなったら、そうなった時に考えるさ」


「力業だけでは、どうにもならないことがあるからな」


「わかってるって。じゃ、オレ準備があるから帰るわ!」


 相変わらずの不器用なスキップをしながらカイは部屋を出ていった。


「一応、確認しておくか……」


 ガルパスは額を押さえてため息を吐いた。





「お久しぶりです」


 ミレナが優雅に膝を折る。ガルパスはミレナにソファーに座るように勧めた。


「さっそくだが、カイにプロポーズしたそうだな」


「カイがもう話したんですか? おしゃべりですね」


 言葉ではそう言いながらも想定内だったようで、カイを本気で非難している様子はない。


「本気か? 私が言うのもなんだが、アレでいいのか? 外見も中身もアレだぞ」


「あれでも可愛いところだらけですよ」


「……治療師に目を治してもらったほうがよさそうだな」


「大丈夫です。ちゃんと見えてますから」


「それならいいが……ところで、カイは領地に引きこもると言っていたが本当か?」


「はい。元々は私の領地でしたので運営も手伝えていましたが、ここからでは離れすぎています。やはり、直に見て運営したほうがいいことも多くあります」


「だが上が黙っていないぞ。たぶん一年もしたら王都に呼び戻される」


 ミレナが口元だけで笑う。


「それなら呼び出せないようにすればいいだけです」


「……何を企んでいる?」


 質問には答えずにミレナは話を戻した。


「結婚式はカイの領地で挙げたかったのですが、招待客の皆様が山越えをするのは大変ですから。王都とカイの領地の間にある学問都市オークニーにある教会で挙げようと考えています。そのあとは、そのまま領地で運営に集中する予定です」


 終始笑顔で説明をするミレナの姿にガルパスの背筋に悪寒が走る。


「……嫌な予感しかしないんだが」


「結婚式までのお楽しみです」


 そう言うとミレナは部屋から出て行った。





 雲一つない晴天。

 学問都市オークニーの街の教会には入りきれないほどの人が集まっていた。国を救った豪傑の結婚式を一目見ようと街中の人が集まったのだ。


 教会の中にはガルパスの姿もあった。結婚式の招待状が届いてから腹痛が治まらない。治療師に治してもらうが、すぐに再発するのだ。


 祭壇の前に司祭が現れる。招待客が椅子から立ち上がり、新郎新婦を迎える準備をする。


「カイ様が結婚されるなんて……」


「でもカイ様の新郎姿はきっとカッコいいわよ」


「新婦も素敵な方なんでしょう?」


「銀髪に紫の瞳で白百合のような方なんですって」


「まさしく美男美女の組み合わせだな」


 そんな囁き声が聞こえてくる。そこに教会のドアが開いた。逆光で良く見えないが、黒い影が二つある。たぶん新郎と新婦だろう。


 楽団の演奏が始まり、二人がそろって歩き出す。少しずつ近づいてくるにつれて囁き声が驚きと騒めきに変わる。


 ガルパスが無意識に腹に手を当てていると、二人が現れた。


「なっ!?」


 新郎は長い銀色の髪を一つにまとめ、背中に流していた。紫の瞳は涼しげで、まっすぐ前を見つめている。キッチリと新郎の服を着た姿は男にしか見えず、立派な美青年だった。


 一方の新婦は白いレースのベールで顔を隠しているが、それでも分かる銀色の仮面で顔の上半分を隠していた。

 長い金髪は編み込んで頭の上で丸め、その周囲を白い花で飾っている。赤い紅で色づいた唇に豊かな胸と引き締まった腰は、どうみても女にしか見えない。


 噂通り美男美女の新郎新婦なのだが、本人たちが逆なのだ。そのことに招待客が騒めいていたのだが、ガルパスだけは額を押さえて唸っていた。


「よりにもよって、ここでバラすなよ」


 ガルパスは戦場で偶然カイが女性であることを知った。その頃は負け戦が続いており、どうしてもカイの力が必要であったため性別を偽って参戦することを認めた。

 その結果、カイは大活躍をして勝利をもたらし、ガルパスはそのまま性別を偽る手伝いをすることになった。本人がああいう性格と態度なので疑われることはなかったが、それでもガルパスには心労となっていた。


 男尊女卑が強いこの国では女が戦争に関わることはない。それなのに国を救った豪傑が実は女でした、なんてことは絶対に認められない。

 だが功績と人気を考えれば、この事実を明かして処分することは出来ない。秘密裏で処分したいが、敵兵数百人に対して無傷で帰還するほどの腕前の持ち主だ。もし本気で反抗されたら、ただでは済まない。


 その結果、領地に幽閉するのが関の山だろう。


「それを狙ったのか」


 ガルパスは苦い顔をしながらも、どこか安堵したように息を吐いた。


「まあ、これで私の肩の荷も下りるな。それにしても出来すぎた組み合わせだな」


 ミレナは古い王族の血を引く一族で、北方の地に幽閉状態で生きていた。そして王家の跡取りとして名乗りを上げない、という意思表示のために女児として育てられていたのだ。

 今の王家から暗殺されてもおかしくない状況で、強かに生き延びたミレナは外見こそ美女だが、腹黒さと護身術は一流であった。


 そのことを耳にしたことがあったガルパスはミレナの本当の性別も知っていた。


「この二人なら、なんとかなるだろう」


 一人で納得しているガルパスの前で新郎のミレナが新婦のベールを上げる。

 そしてカイがいつも付けている銀色の仮面に触れた。どんなことがあっても決して他人には触らせず、人前で取ることがなかった仮面がゆっくりと外される。


 招待客の全員が固唾を飲んで見守る中、仮面の下から長い金色の睫毛に縁どられた深緑の瞳が現れた。気が強そうな大きな瞳は整った顔立ちと合わさり、正真正銘の美女であった。


 が、そのことよりも他のことで式場は騒ぎになった。


「金髪に……緑の目だと!?」


「まさか、本当に存在したのか!?」


「"神に棄てられた一族"だ!」


「呪われるぞ!」


「逃げろ!」


 蜘蛛の子を散らすように教会から人が消えた。


「司祭まで消えるとはな」


 カイが呆れた表情で周囲を見渡していると、一人だけ残っていたガルパスと目が合った。


「ほら! 賭けはオレの勝ちだ!」


 ウェディングドレスを着ていてもカイの言葉使いと態度は変わらない。右手で握りこぶしを作って喜んでいるカイにガルパスが叫ぶ。


「お前が"神に棄てられた一族"だったって聞いてないぞ!」


「そりゃ、言ってないからな」


 カイが悪びれることもなく平然と言う。その態度にガルパスが諦めたように訊ねた。


「神に棄てられた一族が、神に永遠の愛を誓うのか?」


 その言葉にカイが目を丸くする。ミレナが苦笑いをしながら答えた。


「それは止めときましょうか」


「じゃあ、どうするんだ?」


 カイとミレナは顔を合わせて頷くと、二人は同時にガルパスを見た。


「お前に誓うよ」


「は?」


「お前が証人になってくれ」


 ガルパスは額に手を当てると半分やけ気味に言った。


「……わかった。好きにしろ」


「ありがとう」


 こうして無事?に結婚式を終えた二人は、ガルパスに見送られながら領地に引きこもり、のんびりとした生活を送った。

 そして神の呪いを恐れた人々は金獅子のことは一切口に出さなくなり、伝説の存在として昇華されたのだった。

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