金獅子様は平凡な恋がしたい(タイトル詐欺)
禅
第1話 金獅子様は平凡な恋がしたい(前編)
「あー、抱かれてぇ」
ソファーにドカッと座った金髪の美丈夫が天井を仰ぎながら言った。両手と両足は投げ出し、脱力している。目は顔の上半分を覆う仮面で見えない。
「……」
鍛えられた体をした青年が美丈夫の方を見ることなく本を本棚に片付けていく。
「野党に襲われて、キャーって叫んでいるところを颯爽と助けられてぇ」
「……己の力量と、カスッカスッの声を再確認してから言え」
「その格好良さに胸キュンして恋に落ちてぇ」
「戦場で数百の敵兵に一人で突っ込んで行って殲滅させた上に無傷で帰還したヤツが言うセリフか?」
「誰か抱いてくれねぇかなぁ」
「私の意見は丸無視か?」
「あー、誰かいねぇかなぁ」
「独り言なら自室で言ってろ」
「だって誰もいないところで言ったら独り言で虚しいし、変人だろ」
「ここで言っても虚しいし、変人であることに変わりはない」
「いや、変人は否定してくれよ」
「抱かれたいと公言している時点で変人だ」
「だって、誰も抱いてくれねぇんだからよ。自分で公言するしかねぇだろ」
本を片付け終わった青年が赤茶の短髪をガシガシとかく。
「そう言って、この前薬を盛られたの忘れたのか?」
「あー、あれはいまいちだったな」
美丈夫が数日前のことを思い出した。
戦場から帰還し、城で戦勝パーティーが開かれた時のことだった。
普段は食べられない豪華な料理に美味しい酒が並び、美丈夫は上機嫌だった。パカパカと無限に食べて、飲んでを繰り返し、さすがに周囲が心配しだしたところで美丈夫の目が回った。
「ちょっくら休んでくるわ」
美丈夫が薄暗い控室にあるソファーに転がる。
「あー、飲み過ぎたかな……」
全身をソファーに預け、静かに目を閉じていると誰かが部屋に入ってくる気配がした。軽い衣擦れの音が美丈夫に近づく。そのまま仮面に手が伸びたところで声が響いた。
「抱かれたいと言っているが、薬を使って……というのは趣味ではないんでね」
「え? どうして動けるの!?」
眠っていると思っていた美丈夫が起きていることに艶やかな声は慌てたが、すぐに落ち着いた。
ソファーのひじ掛けに白い綺麗な手がかかり、気の強そうな声が吐息とともに落ちる。
「金獅子様がお相手を探しているという、お噂を耳にいたしましたの。私が抱いて差し上げましょうか?」
絶対的な自信と勝ち気に溢れた女性が妖艶に誘う。薄暗い部屋の中でも窓から入る月光に反射して女性の瞳が怪しく光る。
美丈夫が体を起こして女性の顎を人差し指で上げてると、仮面の下の瞳と視線を合わせた。
「オレを抱きたかったら、薬なんか使わずに自力で組み伏せるんだな。それが出来たら抱かれてやるよ」
そういうと美丈夫は颯爽とソファーから下りて部屋から出ていった。
その後ろ姿に女性は腰が抜けたように、その場に座り込んだ。男を惑わせるように妖艶は雰囲気は消え、生娘のような表情で頬は赤くなっていた。
赤茶の短髪の青年が呆れたようにため息を吐く。
「そうやって抱かれたいヤツを増やしているんだから、お前を抱きたいと思うヤツなんていない。自業自得だな」
「なんでだよ? オレは純粋に抱かれたいだけなんだぞ!」
「それなら、その外見、態度、言葉使いを改善しろ。豪傑の金獅子」
ここ数年の戦場での戦果でこの美丈夫の評判はうなぎのぼりで、ついには豪傑の金獅子という二つ名まで付けられた。だが、美丈夫はそれが不満だった。
「目的の領地を手に入れるために、ちょっと張り切っただけなんだけどよ。まあ、今夜の式典で領地をもらえるから、このまま隠居するかな」
「あれだけ徹底的に潰せば隣国もしばらくは大人しいだろうが、上はまだまだお前を利用するつもりだぞ」
「なんだ、それ? 面倒だな。あー、電撃的な恋をして駆け落ちしてぇ」
「恋をすることはブレないのか」
「いや、そこは重要だろ」
美丈夫が起き上がる。青年より少し背が低く華奢ではないが、筋肉がしっかり付いている体格でもない。美丈夫がたてがみのように伸びた金髪を背中に流す。
改めて美丈夫の体格を見た青年が悔しそうに言った。
「その体格であれだけの戦いが出来るのは詐欺のように思えるな」
美丈夫が得意げに笑う。
「戦う時は魔法で筋力強化しているからな」
「真面目に鍛えているのがバカバカしくなるから他言するなよ」
「わかってる。だが、筋力強化の魔法は簡単に使えるもんじゃないぞ」
「知っている。だが、鍛えているヤツらに、わざわざ教えることでもないだろ」
「そうだな」
美丈夫が歩き出してドアノブを握る。
「カイ!」
「ん?」
名前を呼ばれて美丈夫が振り返る。
「今夜の式典で街は浮かれている。こういう時に残党が紛れて復讐の機会を狙っているからな。むやみやたらに外出するなよ」
「へい、へい。そういうガスパルも気を付けろよ。今回の戦争で英雄の称号を付けられたんだからな。狙った獲物は逃さない英雄、赤鷹。恨みも相当かってそうだな」
カイが喉の奥でクックッと笑う。ガルパスが興味なさそうに視線を本棚にむけた。
「私はお前のように軽率な行動はしない」
「さすが。育ちが良いヤツは違うね」
カイの軽口にガルパルが片眉を上げる。
「おい」
「わかってる。お前は生まれで人を差別しない。例え"神に棄てられた一族"が相手でも平等に扱うぐらいの根性の持ち主だからな」
「金髪緑瞳で神に地上から追放された一族か。あらゆる災いをもたらすらしいからな。そうなれば態度は変わるかもしれないぞ」
「いや、変わらない。オレの勘は当たるぞ」
ガルパスが肩をすくめる。
「どうだろうな」
「オレの仮面を賭けてもいいぞ。じゃあ、またあとでな」
そう言うとカイは片手を振りながら部屋から出て行った。
大通りは様々な服を着た人で賑わっていた。長年、隣国に攻め入られ衰退しつつあったが、ここ数年の戦争では勝利が続き、ついに全領土を取り戻すことができた。
今夜はそのことを記念した式典が王城で開かれるとあって、全国から人が集まり、街はお祭り騒ぎとなっている。
「活気があっていいねぇ」
顔の上半分を金属の仮面で隠し、体も軽装だが金属の鎧を身に付けているカイは頭からフードを被り、一応姿を隠していた。
こっそり街に出たカイは露店で買い食いをしながら賑やかな雰囲気を肌で感じて楽しんだ。
「こういうのは参加しないと意味がないからな。お、おっちゃん。それ美味そうだな」
「赤身たっぷりの牛肉の串焼きだよ!」
「美味そう! 十本くれ」
「兄ちゃん、そんなに食えるのか?」
笑いながら露店のおじさんが串焼きを袋に入れる。
「食える、食える。ありがとよ!」
カイがお金を払って串焼きを受け取る。そのまま歩いていると、足元を数人の男の子が走ってきた。
「どけ! どけ!」
「英雄、ガスパル様だぞ!」
「豪傑のカイが通るぞ!」
木の枝を剣のように持ち上げて男の子たちが走り去っていった。その光景に笑みがこぼれる。
「平和だな」
歩きながら串焼きを平らげたカイは串をくわえたまま歩いていく。
「あーあ。せっかくいい気分だったのになぁ」
カイはくわえていた串を紙袋に入れると、静かに人込みの中を走り出した。人々の隙間を素早く抜け、そのまま裏路地へと入った。
建物に挟まれた路地は薄暗く歩いている人はいない。
「ここならいいだろ。出て来いよ」
カイの声かけに返事はない。
「姿を見せる気もないのか」
被っているフードを取ろうと手を挙げたところで四方から鎖が飛んできた。
「捕まえる気か!?」
カイが横跳びで逃げると、その直後全身が痺れた。
「なっ!?」
全身に力が入らず立つこともできない。口を動かすことも出来ないから魔法も使えない。
クソッ!どこでもいいから動きやがれ!
思考とは反対に体は一切動かない。カイが対応を考えていると建物の影から数人の男が現れた。
「思ったより、あっさりだったな」
「何言っているんだ。この魔法を仕掛けるのに、どれだけ苦労したと思っている?魔法陣があることを気付かれないように細工をするのは骨が折れたぞ」
「しかも一回しか使えないからな。ここまで上手く誘導できて良かった」
「とにかく。誰かに見られる前に連れていくぞ。こいつを隣国に持っていけば好待遇で迎えられる」
「その前に殴っていいか? こいつには、かなりの借りがある」
リーダーらしき人物が周囲を警戒しながら頷いた。
「死なない程度にしろ」
「やりぃ!」
「おれにもやらせろ!」
「順番だ」
男たちが嬉々とした顔でカイを囲む。
「その前にこの仮面を取ろうぜ。顔が変形する前に素顔を見ておこう」
「大きな傷があるって噂だったな」
「そうなのか? 極悪人ずらしてるから隠してるって聞いたぞ」
「どっちでもいいから、さっさと見ようぜ」
手が仮面に触れる直前で落ち着いた声が響いた。
「複数で一人を囲むとは感心しませんね」
「誰だ!?」
男たちが声のした方を向く。すると、そこには青いワンピースを着た乙女が立っていた。頭からスカーフを被っているため顔は見えないが、声は清水のように透き通っている。
男たちの緊張が一瞬で緩んだ。
「おい、おい、お嬢ちゃん。怪我をしたくなかったら、さっさと帰りな」
「それともお嬢ちゃんも一緒に遊ぶかい?」
「それもいいな!」
男たちが下品な笑みを浮かべる。だが乙女は怯む様子なく悠然と言った。
「忙しい身の上なので、先に失礼します」
「は?」
男たちが言葉の意味を理解する前に衝撃が走った。痛みが全身を貫き、体が地面に叩きつけられる。
「クッ……」
「なに、が……」
痛みに体を縮めている男たちの前で乙女が棒を下げ、縄を取り出す。
「すぐに警備兵が来ますから、大人しくしていて下さい」
手際よく男たちを縛り上げると乙女はカイの側に来た。スカーフを外し、凛とした表情で手を差し出す。
「大丈夫ですか?」
薄暗い路地裏でも月のように輝く銀髪に、朝焼けのような紫の瞳が印象的な美女だ。白百合のように汚れを知らず、それに加えて立ち振舞いには隙がなく洗練されている。
その姿と雰囲気にカイの脳内では教会の鐘が鳴り響き、祝福のラッパの音とともに花びらと紙吹雪が舞った。
「でさ、動けないオレをお姫様抱っこして運んでくれたんだぜ! カッコいいったらありゃしない! 最高に痺れたぜ!」
興奮が冷めない様子でまくしたてるように説明をするカイにガルパスが頭を抱える。
「痺れたのは仕掛けられていた魔法のせいだろ! 体はもう大丈夫なのか?」
「ああ。痺れが取れたらなんともなくなった」
「そうか。で、助けてくれたは誰だ? 当然、名前と連絡先は聞いたんだろ?」
そこでカイが恥ずかしそうに俯いた。まるで恥じらいを覚えた少女のような態度にガルパスが持っていた本を落とす。
「なんだ!? その動きは!? 虫か!? 芋虫にとりつかれたか!?」
ガルパスの心からの叫びはカイの耳に届かなかったらしい。カイはモジモジと体をくねらせながら言った。
「いや、それがさ……聞こうとしたんだけど、うまく声がでなくて……」
「まさかお前、何も聞けなかったのか?」
カイが照れたように頬を赤くして小さく頷く。
「だーかーらー、花も恥じらう乙女か! その態度は止めてくれ!」
「仕方ないだろ! 聞きたくても心臓がドキバクで声がかすれて出なかったんだからよ!」
「お前の声がかすれているのは、いつものことだろ! あー勘弁してくれ」
何かを悟ったガルパスが額を押さえて天を仰ぐ。そこにカイが縋りついてきた。
「頼む! 調べてくれ! 銀髪に紫の目で青いワンピースを着ていたんだ!」
「……まあ、それだけ特徴的なら、たぶんすぐ分かるだろう」
「よっしゃ! 持つべきものは優秀な友人だな!」
カイの全身から歓びが溢れる。ガルパスは深くため息を吐いた。
「頼むから、これ以上私を巻き込まないでくれ」
「それは約束できねぇな! じゃ、今夜の式典で!」
不器用なスキップをしながらカイが部屋から出て行った。
「まったく。銀髪に紫の目か……そういえば」
ガルパスは心当たりを思い出して本棚を探った。
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