10 : Betrayal

 グシャッ!


 蝶番と強固な鎖をマスターキー――破壊工作用ショットガンで破壊し、つっかえ棒を外すと、部屋の前に一列に並んだ人物達は一斉に突入した。


 彼ら八人には共通して防弾機能付き迷彩服、小銃、そして横から見たグリズリーを象ったカリフォルニア州ワッペンが肩に付いている。


「全員無事だな?」


 出迎えたのは同じ迷彩柄の兵士が八人。人種も体格もそれぞれ違うが、どんよりした目つきと、かつてのユニオンフラッグと合衆国旗が混じったデザイン──ハワイ州旗の腕章は共通している。


 装備品は微妙な違いがあるが、規格は「反乱軍」内で共有化されており、武器の修理交換も差し支えが無い。


 丸二日は閉じ込められていた筈だが、不思議な事に衰弱している気配は無い。あまり劣悪な環境に置かれた雰囲気が無いのだ。


 食料は足りていたのだろうか。シェルター兼用の建物だからか備品もあったのだろうか。


「動けるか?」

「準備運動はバッチリだ」

「よし、今の内に出るぞ!」


 希望の光が差した筈の倉庫は、味方の一人が突然倒れた事で再び闇に呑まれた。


 戸惑うロサンゼルスの兵達が振り向くと、人質だった筈の反乱軍達が小銃を向けていた。


 先端にはサプレッサー――明確な殺意だ。


「おいよせ!」


 それが彼の遺言だった。


 分隊員は一人残らず乱射の餌食となり、沈黙。赤熱した消音器を外す。


「すまんな、恨みは無いんだ」


 ドアを空けてくれた救助員達に餞別代わりの捨て台詞。ハワイ州兵八人は順序良く廊下に飛び出た。


 電灯が時折弱まる薄暗い地下三階、倉庫が並ぶ廊下には誰も居ない。階上の足音が慌ただしい。


 離れた部屋を別の反乱軍分隊が突入しているのが見えるが、こちらを気にしていない。駆け足で廊下最奥の非常階段に着いた。


 上下には誰も居ない。踏む度に震える鋼鉄の階段を登る。


 天蓋をこじ開けたら、まず歓迎したのは鼓膜を破らんとする爆音だった。一人が手だけを出して缶のような物を転がすと、ガスの抜ける音。白い煙がトンネルにも入ってくる。


「待て!」顔の上半分だけ外に出た先頭が手で制し、「今だ!」


 辺りは煙に包まれている。最後の一人が出た所で扉を閉じ、煙幕を出た。


 近くには地下施設に入り組んだ、地面と一体化したドーム型の倉庫が幾つも見える。半数はシャッターが開き、敵味方銃撃を繰り広げていた。


 しかし彼らの目的は戦闘ではない。人目を避けるよう中腰気味にそそくさと戦場の端をかい潜る。


 反乱軍が銃弾に悲鳴を上げようが、管理軍が爆風に張り裂けようが、殺そうとも守ろうともしない。時折こちらに気付いた管理軍に向けて五・五六ミリ弾を配り黙らせる。


 十分程で一行が到着したのはヒッカム基地東部の空港エリアだった。


 心なしか来た所よりも殺伐とした戦場は怒号と爆音が飛び交い、滑走路を丸々覆う閃光が三キロメートル離れたここまで網膜を突き刺してくる。


 両陣営は前線を挟んで殺し合っている。部外者に目が映る事は無い。


 ようやく着いた所は管制塔。二十階建てのビルの屋上に管制室とアンテナ類が突き出たような形状をしている。


 最上階までざっと六十メートル以上。壁の前に並ぶなり、彼らはショットガン型の銃をリュックから出し、ポンプを引く。


 ほぼ直角に構え、短い破裂音。銃口から飛び出たのは先が複数に別れたフックとそれに繋がるワイヤーだった。


 先金の弾着を確認し、腰に備えた巻き上げリールに針金をセットすると八人は揃って巻き上げられる。


 地上から約六十メートル、強化ガラスをサバイバル用多機能斧の尖った先端で数回殴り、侵入成功。


 廊下には誰も居ない。念の為後方確認するが、誰一人として管制塔最上部に狙いを定めていない。


 行き先は決まっている。迷い無く廊下を曲がる。


 前衛の銃が激しく鳴いた。即座に廊下の側面二列に分かれ、奥には人影。


 奇襲と数の暴力で四人居た管理軍の兵士は呆気なく倒れ込んだ。


 死体を跨ぎ、ようやく分隊は止まった。


 目の前には鎖で留められたドア。一人がライフルに備えられたショットガンを数回放つ。


 千切れた鍵と鎖もろとも扉を蹴破る。


「全員動くな!」


 部屋に居た管制員は例外なく指示に従った。銃口を前におどおど両手を挙げる職員も居る。


「長官、早くご準備を」


 言われて重い腰を上げたのは、頭頂部が禿げた最高齢の人物――ハーディ氏だった。


 信じられない、と残りのオペレーター達が見上げる。


「悪いな、私はもう政治家などこりごりでね」


 部屋に入った軍人は狭いルーバー窓を叩き破り、ワイヤーを射出。


「我々を裏切ったのですか?」


 若い一人が震えた声で問う。


「私は第三次世界大戦からは兵士として、終わってから今までも政治家として、人生をハワイの為に尽くしたつもりだ。だというのに……」


 老人は握り拳を作っていた。


「……だというのに、私は何一つ報われなかった。政治家なんぞ従軍の時の傷跡が痛むだけだ。ハワイなど昔は天国と呼ばれていたが、今やホームレスの巣窟だ。私が貰えるのは退職勲章だけか?」

「ふざけないで下さい、だからって貴方はハワイを巻き込んで逃げ出すのですか?!」

「勘違いするな、これもハワイの為を思って計画した事だ。もう私自身の手を焼くのはうんざりでな、せめて他人に引き継がせる」


 癇癪を起こした若い管制官は一層悪化した。


「これが計画? 数え切れない市民の命を奪ってですか?!」

「引き渡し次第管理軍の奴らはハワイをより良くしてくれると約束した。戦争で壊れれば老朽化した施設を建て直すにも都合が良かろう」


 技師の一人が壊れた窓を覗く。噴煙がそこら中で舞う住宅街が広がっているだけだ。


「何故我々に言ってくれなかったんですか! ずっと騙し続けてきたとでも言うんですか?!」

「……当時は言わない方が良いと思ってな。予定ならインフラや行政計画はあと十年掛かるが、それ以前に我々は敵と常に向き合っている。一昨日たった数時間で滑走路を失ったのを忘れたのではあるまい。死ぬよりは服従して生き残る方がマシだろう」


 老人がどうしようもなくため息をついた所で、廊下の奥の方から銃声が聞こえた。


「長官、この者達はどうします?」

「放っておけ、盲目的とはいえ私に忠実だった部下達だ、せめて慈悲を与えよう。どうせ反乱軍はこの後負けるがね」


「こちらです」案内する兵士に先導され、指導者はかつての部下達を見下ろすよう一瞥、即席ロープウェイにハーネスを括り付けた。


 先に二人がロープを滑り降り、一人付き添ってハーディ長官も脱出。順次滑走していく。


 銃口を向ける兵士二人もようやく去り、ロープもいつの間にか無くなっていた。


 放心する元部下達はしばらくへたり込んで何も出来ず、反乱軍の救助が到着したのはほんの二分後だった。

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人が武器を捨てる時/THE TRANSCEND-MEN タツマゲドン @tatsumageddon

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