僕が公務員を辞めた訳
葛西 沙羅
第1話 逃げるが華
「次の企画は、婚活にしようと思うんですけど・・・。」
去年入社したうら若き女の子が、緊張した顔つきで企画を提出しながらプレゼンをしていた。プロジェクター画面に映される企画を俺は、ぼっと眺めていた。
市役所の企画会議に出された内容を見てゲンナリした。
正直、今時婚活なんて盛り上がらない。パーティーを企画したって、集まるのは暇つぶしに夕ご飯食べにくる若者か、離婚経験者か、冷やかしの既婚者かだ。
「他に無いの?若い子達が盛り上がりそうな企画!」
課長が髭を触りながら、質問してきた。完全に他人事、第三者的傍観状態だ。
そして、さっきまで湯気が見えていた珈琲を持ち上げる気にすらならない。
だが、これといった企画が全く浮かばない。所詮5万人いかない地方だ。
やれる企画といえば、祭りか餅撒き、あとは食のイベントくらい。
確かにここは平和だ、これといった凶悪犯罪も火事も無い。救急車が走れば数分後に誰が運ばれたかが野次馬情報で知る事が出来る。
だけどこのままでは、この街は人も増えず確実に衰退していく。住み心地、治安が良くても、新しい刺激が無いままだと人はどんどん都会へ流失してしまう。
「では、今回は婚活でいこうと思います。他に企画ある人は?」
気が付くと俺は、挙手していた。な、なにやってんだ・・・俺。
その場ですっと立ち上がると、深呼吸をしながら大きな声で叫んだ。
「俺、グランピングがやりたいです。」
数秒沈黙が続いた後、課長が静かに呟いた。
「グランピングって何・・・?」
そこから・・・か・・・。初めてこの街を出たいと思った。
慌てて持っていたパソコンでググる。
カタカタとタイプで打ち込むと音を会議室の皆が静かに見つめている。その真剣な眼差しに少し戸惑った。
「グランピングとは、グラマラス(Glamorous)とキャンピング(Camping)を掛け合わせた造語で、ホテル並みの設備やサービスを利用しながら、自然の中で快適に過ごすキャンプのことです。従来型のキャンプとは一線を画し、テントの設営や食事の準備などの手間がかからず、初心者でも気軽に楽しめる点が人気を集めている。欧米では5年ほど前から流行、日本では、2014年ごろから高級志向と相まって注目され始め、専用施設も増えてます。
多くの場合、キャンプ場などにあらかじめ設置されたテントやキャビン(小屋)などの施設を利用する。施設はホテルの一室をそのまま自然の中に設置したイメージで、冷暖房や風呂、トイレなどが完備されている。食事については、用意された食材を焼いてバーベキューを楽しむ、料理がテントに運ばれる、といった形で提供されるため、調理器具を使って作る必要はないです。」
熟年の上司からは、絶対に理解していない空気が醸し出され、若い後輩達からはキラキラした眼差しで見つめられている。
そもそもこんな田舎でグランピングって・・・どうしたらいいのか。
「じゃあ、婚活は定番だし、今回はそのグラン・・・なんとかでやってみようか。」
「えっ・・・いいんですか。」
「よくわからないし。やってみたら?」
緊張で硬直していた俺の企画が通った・・・。だが、今後どうしたらいいのだろう。
半分顔面蒼白の俺に、課長が一言重い言葉を追加した。
「期待してるから!頼むよ。」
「はい・・・。」
こうしてこのド田舎でまさかの都会人誘致の為のグランピングという壮大な企画が誕生した。
とりあえず、今現在の味方は、俺一人・・・。
俺が住んでる所は、山と海に囲まれた田舎だ。山にはこの時代にも関わらずまだ樵として生計を経てる者もいる。海では、毎朝近くの漁協で新鮮な魚の競りが行われる。
食べ物に関しては全く困らない。定年を迎えた人生の先輩達が毎朝持ち寄り市場に捥ぎ立ての野菜や果物を納品してくれている。米や魚は、毎年豊作であれば困る事は無い。
都会から見れば何不自由無い生活に見えるかと思う。家もある、犬も猫もいる。鶏は毎朝元気に時を告げ、新鮮な産み立ての卵を食べる事も出来る。
そもそもこの田舎で暮らすならばお金は要らない。必要な時といえば、出産、進学、結婚、車を買う、家を買う、トラクターを買う、そして自分の家族の葬式ぐらいだ。
だが、若者達には耐えられない。
都会と田舎の流行は、3年ぐらい差がある。
一番面白かったのは、テレビアニメの時計の玩具が都会だと在庫切れで全く手に入らない時、うちの街では普通にお正月の福袋のようにワゴンの中に山積みされたままだった。
なんとテレビでアニメがまだ放送されて無かったのだ。それはどんなに流行に敏感な子供達でも購入する事すら出来ない。
とまあ、若干同じ国なのにずれている。
企画会議であんな大見えを切った俺だったが、今は不安しかない。
昔から嫌な事があると意味も無く海へ行きたくなる。
波をぼっと眺めていると、遠くでウミネコの鳴く声が聞こえた。
「やっぱりここだった。」
声が聴こえふっと振り返るとそこには、幼馴染の琥珀が立っていた。
「なんで分かるんだ。」
「そんなの分かるわよ。長い付き合いじゃん。」
そう言いながら彼女は、少し距離を置いて防波堤のブロック塀に腰かけた。
「これから、どうしたらいいのか。全くわからない。」
彼女は深刻そうな俺を他所にクスクス笑っていた。
「宛もないのにあんな大見え切ったんだ。」
「悪いか。でも成功するかどうかも判らない企画よりはマシだと思ったんだ。」
群青に染まるグラデーションの海を見ながら彼女は言った。
「やるしかないでしょ。成功したグランピングの資料を明日までに用意するから。」
ちらっと俺の顔を見て
「まさか逃げるつもりなんじゃないでしょうね。逃げるが華とか思って無いわよね?」
「えっ・・・。」
「ここで逃げたら今度は許さないんだから。」
琥珀の脅迫がかった目に圧倒され、俺は怖くなってまた波を眺め直した。
「やるしか無いんだからね。」
「わかってるよ・・・そんな事。」
グランピングの次回企画会議までに詳しい詳細と内容と手がかりを見つけなくてはならない。今は全く答えが見えないし企画をクリアー出来る自信も無い。
だが、とりあえず今俺の仲間は2人目になった。
僕が公務員を辞めた訳 葛西 沙羅 @sara0730
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