一視信乃

 会社でちょっとヤなことがあった帰り道。

 小雨まで降ってきて、マジサイアクって思ったとき、何気なく見た東の空に、虹を見つけた。


 暮色ににじむ、ほっそりとした淡い虹。

 なんか一気にテンション上がって、写真でも撮ろうと立ち止まったら、背中に誰かがぶつかってきて、スマホを落としそうになる。

 恨みを込めて辺りを見回し、そこでふと気が付いた。

 誰も虹を見てないってことに。


 単に気付いてないだけか、そんなの構ってらんないほど忙しいのか。

 みんな慌ただしく歩ってて、そぼ降る雨の中、傘も差さずに突っ立つあたしは、ただの邪魔者でしかない。


 大学んときは、虹が出たら、みんな大騒ぎだったのになぁ。

 懐かしい思い出とともに、昼間散々聞かされた上司の言葉が頭をよぎる。


(いつまでも、学生気分でいるんじゃない)


 それは確かにそうだろうけど、虹見てはしゃぐくらい、別にいいよね。

 それとも、大人とか子供とか関係なく、ここが東京だから、誰も虹なんて興味ないのかな。


 虹どころか他人ヒトにも無関心で、こんなにたくさん人がいるのに、山奥でひとりぼっちみたいな、心細い気持ちになる。

 何もなく退屈だった故郷ふるさとが、何だか無性に恋しくなってきた、って、しんみりしてる場合じゃないわ。

 雨脚が強まってきて、空もどんどん暗くなってる。


 今にも消えそうな虹を、慌ててスマホで写し、あたしは駅へ急いだ。


        *


 夜、大好きなアーティストのツイッターを覗いたら、『ついさっき虹を見た』というつぶやきとともに、写真がアップされていた。

 街路樹の上の空に、見たことあるような淡い虹。


 そっか。

 あのとき彼も都内にいて、同じ虹を見てたのかもしれない。


 なんて想像したら、東京暮らしも悪くないと、改めて思った。

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一視信乃 @prunelle

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