月刊人体芸術9月号

ここに一輪の花がある。

背筋をピンと伸ばし、世界に憚ることもなく、ただ一輪のみで咲き誇っている。


その作品は『花』と名付けられた。

『花』を見たときに私は、いやに簡潔な題名だと感じた。私なら、もう少し華美な名前をこの芸術に与えるだろう、と。

だが、それはとんだ勘違いである。

時間をかけて『花』を味わっていけば、その考えは的外れであることが自ずと分かる。

作者は腕を使ってある花を表現しただけに過ぎないのだ。


花と言うものは雄蕊、雌蕊、萼、花弁を持つ。

それは『花』も同じである。

中心には雄蕊が鎮座し、その周りには雌蕊が形作られている。

そして『花』を花たらしめる花弁。

多数の腕を均等に振り分け、切り分け、放射相称の形を成している。

植物の花弁はその鮮やかな色彩で共生の相手である虫を引き寄せるが、『花』もまた同様。その深紅の妖しさは鑑賞する者の心をいじらしく引っ掻いて、目を離すことを許してはくれない。


無論、『花』の魅力は花弁の色だけではない。上から覗けば豪奢な蕊たちの饗宴と、その周りを取り囲む絢爛なる花弁たちの取り合わせが楽しめる。

一歩引いて、全体を俯瞰的に眺めてみるのも良い。か細い茎、やや萎れた葉、そしてそれらには不釣り合いなほど、大きく艶やかに開く花。そのアンバランスさは見る者に一種の不安を掻き立てさせる。

だが、それすらも『花』の魅力なのだ。


『花』があなたの視界の端に映ったとき、その全体像のいびつさにきっと足を止める。

その物体にふと目を向けてみると、独特の色味に惹きつけられることだろう。

そして目の前に立ったが最後、あなたはその造形と紅の虜になる。

仮に『花』が見る者を捕食する魔なる花であるとしても、きっと終わりの瞬間まで目を離すことはできない。

少なくとも私はそうなるだろう。そう断言できるほどの妖艶さが『花』にはある。

『花』はまさしく、私の魂を引き付けて離さない異界の花なのだ。







次頁からは、人体芸術界に鮮烈な衝撃を与えた処女作『聖杯』を初めとして、今回の新作『花』など、次々と話題作を世に出し続けている新進気鋭の人体芸術家ヒューム氏へのインタビューを掲載している。

人体芸術家の道に入ったきっかけや、作品に対するこだわりなど、とても興味深いものになっている。一読すれば作品の世界をより深く楽しめること間違いなしである。





ーーーーーーーーーーーー





ーーーヒュームさんが人体芸術の道に入るキッカケは何でしたか?



ヒューム: 僕は元々ボディペインティングをやっていたんですよ。

モデルの肌に絵の具を塗って、髪の毛をワックスで固めて、時にはオブジェクトも付けたりもする。

一つの作品を人の体に表出するわけです。

そしてボディペインティングはモデルとの相性の良さが不可欠なんですよ。世界観が合わないと作品としてハマらないというか、歪な作品になってしまう。

勿論、モデルとの衝突が作品に良い影響を与えることもあるんですけどね。



ーーーそこで人体芸術への興味が出てきた?



ヒューム:はい。

少し人と付き合うのに疲れていたのもあって、人体を部品として扱う人体芸術に興味を持ち始めたんです。

ちょうどその時ですね、ノグリス初の人体芸術の展覧会があったのは。



ーーーCHAS主催の展覧会ですね。



ヒューム:あ、あれもケアリナが関わってたんですね。今では僕も沢山お世話になっています(笑)

当時あそこで見た作品には衝撃を受けましたね。人体芸術ってグロテスクだったり、こちらを畏怖させるような作品しかないと思っていたんですけど、あの『毒婦の抱擁』は他とは全く毛色が違いました。

毒婦というにはあまりにも無邪気であどけない笑顔と、白く豊満な肢体。それに未だ艶かしさを感じさせる肌。

総じて彼女は天使のようでした。

あの偶像を永遠に眺めることができるなんて、これ以上素晴らしいことはない。

そう思いましたね。




ーーーその影響はヒュームさんの処女作

『聖杯』にも色濃く現れていますね。



ヒューム:そうですね、あの作品も女体が持つ美しさを最大限活かした作品です。

素材にする体はかなり時間をかけて吟味しましたね。何回も管理局に通って、実際に会って観察しました。

完璧な個体を見つけたときは小躍りしたものです(笑)



ーーー良い作品には良い素材が不可欠ですからね。今回の『花』ではどのくらい素材選びに時間がかかりましたか?



ヒューム:それが意外なことにすぐ見つかったんですよ、「これだ!!」っていう子たちが。

とても綺麗な腕と細やかな肌で、もう即決でしたね。すぐ加工のオーダーを出しました。



ーーー『花』の制作過程で大変だったことは何ですか?



ヒューム:うーん・・今にして思うと、注文書を出すときが一番悩みましたね。

素材のポージングや肌の感じはその時点で決定してしまいますから。

何回もスケッチをして個体と見比べたり、担当の人と綿密に話し合いをしたりしましたね。

パーツが届いてから完成するまでは結構早かったです。



ーーー『花』はこれまでの作品とは違い、ややグロテスクな印象を受けたのですが何か心境の変化が?



ヒューム:いや、単純に今までやってなかったからやってみよう、という感じですね。

せっかく色々やりやすい場を提供してもらっているのだから、今までやったことのないことをやろうと思ったんです。



ーーーでは最後に、これからの展望などがあれば教えてください。



ヒューム:そうですねえ・・・

人体芸術作品の流儀というか、スタイルに

”done and end”と”done to end”っていうのがあるですけど、僕は今まで前者の作品してか作ってこなかったんですよ。制作し終えた時点で作品として完成するって感じですね。

でも”done to end”は制作を終えても完成じゃないんです。

素材の防腐処理を不十分にして、制作完了から時間とともに作品が変化していく様も芸術の一つとする手法ですね。

どのように素材を加工するのかを考えたり、どのように人体が朽ちていくのかを計算したりと、色々と大変なので、もし挑戦するとしたらじっくりと腰を据えて取り組んでいきたいですね。



ーーーなるほど、ヒュームさんの創作意欲はまだまだ留まるところを知らないようです。今回は取材にお応えしていただき、ありがとうございました。




ーーーーーーーーーーーーー




料理と調味料による雑多な匂いと、客同士のまとまらない会話でごった返すダイナーの中で青年が雑誌を読んでいた。

どうにも食欲がなさそうに見える。



「・・・・・・・」



「待たせたな・・・・

うん?何読んでるんだ、お前。料理も食べずに」



黒いビジネススーツとスラックスを着用した女性が、ハンカチで濡れた手を拭きながら青年に声をかけた。



「いや、椅子にあったんですよ。客が忘れていったんですかね。

食事前に読むものではなかったです・・」



「ふーん?・・・・・・・ああ、CHASが出してる雑誌じゃないか。

存外、広報課の出してる宣伝も無駄じゃないみたいだな。こうして買ってくれる奴がいるんだから」



雑誌をパラパラとめくりながら、ホットドッグを頬張る女性。

彼女の食欲は失われていないようだ。



「・・そもそも人体芸術って何なんです?」



「何だお前、知らないのか?

まあ私もそこまで知ってるわけじゃないんだが、文字通り人体を使った芸術作品だな。人間の手足とかに防腐処理を施した後に、それらを着色して、組み立てる。

人の体を使っているのもあって、死を連想させる作品が多い印象だな。色々流派とか作風もあるらしい」



「CHASっていうのは何ですか?」



「広報課でCarelina Human Art Supportっていうのをやっててな。

人体芸術の知名度向上と人体芸術家支援の為に活動しているんだ。

雑誌に特集されてるコイツはそこでマネージメントしてる奴だな」



「へえ・・そんなことまでしてるんですね、管理局は。

有名な人なんですか?この人」



「いや・・人体芸術自体マイナーだからな。

一般的な知名度は皆無だが、界隈にコアなファンがいるって感じだな。

数人が億単位で作品を取り合うって感じの」



「ああ・・・だから管理局が支援してるんですね」



「まあな。

一つの作品に必要な奴隷の数も少なくない。それに見合ったものを貰わなくてはやってられん。

今後こういう奴は増えるかもしれないぞ。

奴隷を禁止する国が増えきているから、今まで奴隷を使って活動していた奴がケアリナにやってくるだろう。

その活動が金になるなら管理局はそれを取り込む」



「・・・・・・・」



「そうだ、一度見てみると良い。

管理局本部にサンプルがいくつかあったはずだ。博物館にも展示がある。

何でも屋の対策班にいる以上、お前も関わるかもしれないからな。その世界を知っておいて損はない」



「・・機会があれば、そうします」



「そうか。

じゃあ、そろそろ出るぞ。

次の仕事にはクライアントがいる。前みたいな遅刻は許されない」



「は、はい。

あ、そうだ先輩。聞いても良いですか?」



歩みを止めず彼女は会話を続行する。



「なんだ?」



「先輩は実際に作品を見たことあるんですか?」



「ああ、あるぞ。『毒婦の抱擁』ってやつだ」



「その作品を見て、どう思いました?」



瞬間、歩みを止める。

そして思い出すように口を開いた。



「凄い・・と思ったな」



「な、何がです?」



「表情だよ。

死んでいくときに、あんな柔らかな表情が出来るものなのか。って」

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slavish lives 氷山 優 @btd

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