幸せと幸せをつなぐ花
1 ナレーション
「ここはフラワーショップかすがい。
誰かに贈る花を求めて、今日もお客さんがやってくるようです。」
2 店員
「いらっしゃいませ」
3 城島健介
「……あの!」
4 店員
「いかがなさいましたか?」
5 城島健介
「花を……贈りたいんです。
えっと、今度、好きな……アイドルのコンサートがあって、その人にどうしても花束を贈りたいのですが、ここで買うことはできますか?」
6 店員
「ええ、できますよ。それでは、こちらの用紙の必要事項欄を書いてください」
7 城島健介
「はい」
8 メアリ(怒った様子で)
「お母さん、ただいま!」
9 店員
「おかえり。どうしたの、そんなに怒って」
10 メアリ
「何でもない!アタシ二階にいるね!」
11 店員
「あッ、こらメアリ!
すいません。うちの子がうるさくしてしまって」
12 城島健介
「いいえ、子どもは元気なことが仕事みたいなもんですから。
お子さんは小学生ですか?」
13 店員
「ええ、最近特にやんちゃになってきまして」
14 城島健介
「元気なのは良いことですよ。
……僕が今回、花を贈るアイドルもとっても可愛くて元気な人で。たぶん、容姿は普通といわれるような人なんですけど、笑顔が太陽みたいにまぶしいんです。
元々は声優として活躍していたんですけど、あるアニメで歌を歌うようになったらそれが大ヒットしたんですよ。それでいろんな歌番組にでるようになって……。
初めて大きな舞台でコンサートをやる、ってなって、僕はもうずっとその人のファンだったから、嬉しくなっちゃって。
それで、何か出来ることはないかな、って思ったんですけど、何もなくって……。
じゃあせめて花を贈りたい、って思ったんです。
アッ、すいません。せめて、なんて言い方をしてしまって」
15 店員
「大丈夫ですよ。
お客様はその贈り主が大好きなんですね」
16 城島健介
「大好き、っていうとちょっと変な感じがしますけど。
ずっと応援していたい。そうやって応援し続けてきた人が、夢の一つを叶えるって思ったら、いてもたってもいられなくなった。それだけです。
あ、贈る花はどんなものがありますか?」
17 店員
「こちらにカタログ見本があります。もし、希望の花や基調としたい色などがございましたら、下の方にアレンジもございます。少しお値段は変わりますが」
18 城島健介
「意外とリーズナブルなんですね。
もっと高いものだと勝手に思い込んでいました。
アレンジ……うん、そっちの方が良いですね!アレンジの花束でお願いします!」
19 店員
「はい。それではこちらの欄にご要望をお書きください」
(SE)二階からぬいぐるみを壁に投げつけるような音
20 店員
「ちょっとメアリ!もう……たびたびすいません」
21 城島健介
「ははは、子どもは気まぐれですね」
22 店員
「失礼しました。
それでは、ご要望はこちらということで。はい、黄色と赤を基調とした太陽をイメージするような花束、ですね。かしこまりました。
それでは当日、こちらのホールの方に配送となります。配送後に確認のメールをお送りいたしますので、当日ご確認ください。それと、何か一緒に贈りたいもの、例えば手紙などはございますでしょうか?」
23 城島健介
「あっ、はい。これを一緒に入れていただきたいのですが……」
24 店員
「ホールのセキュリティの関係上、中に金属等が入っていますと贈り主に届かない場合がありますが、大丈夫ですか?」
25 城島健介
「はい、紙とシールだけです」
26 店員
「かしこまりました、それではお預かりいたします。
当日、楽しみですね」
27 城島健介(期待に胸を膨らませながら)
「ええ……!ありがとうございます。それではよろしくお願いします」
28 店員
「ありがとうございました」
29 ナレーション
「フラワーショップかすがいには、色んな人が訪れます。
今日もまた、大切な人に贈る花を求める人がやってきます。」
30 店員
「いらっしゃいませ」
31 小森佑志
「あ、どうも。……あれ?猫がいる」
32 野良猫
「んなぁ~」
33 店員
「何かお探しですか?」
34 小森佑志
「あ、いえ。特に……」
35 野良猫
「なぁ~お!」
36 小森佑志
「うおっと、足にひっついてどうしたんだ猫ちゃん。もしかして、お前も一緒に花を見たいのか?」
37 野良猫
「ごろごろごろ」
38 店員
「すいません、今日だけなぜか居ついてしまいまして。ご迷惑でしたら追い出しますが……」
39 小森佑志
「いえいえ、大丈夫です。おっとと、肩に登るなんてよっぽど人に慣れてるんだな。よしよし、それじゃあ僕の買い物を手伝ってくれよ」
40 野良猫
「にゃあん」
41 小森佑志
「よいしょ、っと。お前意外と重たいな。
さて……どれが良いかな……」
42 野良猫
「にゃあ?」
43 小森佑志
「まあ……お前になら話してもいいか。実は今日な、彼女にプロポーズをする予定なんだ。
ずっと付き合っている彼女でな、いっしょにいるのが当たり前みたいになっていて逆になかなか切り出せなかったんだけど、いつまでもナァナァではダメだって思ってな……」
44 野良猫
「ナァ」
45 小森佑志
「色々、デートプランは考えたんだけど、何だろうな、カッコつけるのが怖いっていうか……変に気負って失敗するくらいなら、出来るだけ自然体で、肩ひじ張らない方が良いのかな、って思ったんだよ。
だから、少しだけ高級なレストランでディナーを共にして、花束を渡すだけにしようってな。
……なんだよその目は。そうだよ、僕は臆病者さ。でも、これでも僕の精一杯だ。だから、せめて自分の選んだレストランで、僕が彼女に一番似合うと思った花を中心に据えた花束を贈りたいと思ったんだ」
46 野良猫(口を大きく開けてあくび)
「クァ……ァ」
47 小森佑志
「あくびかよ。
……なあ、この二つの花だったら、お前はどっちを選ぶ?」
48 野良猫
「ニャア」
49 店員
「アマリリス、ですか」
50 小森佑志
「わぁ!?」
51 店員
「驚かせてしまってすいません。何やら真剣に花を選んでいらしたので」
52 野良猫
「な~お……ぶにゃあ」
53 店員
「ふむふむ、プロポーズ用の花を探しているんですね」
54 小森佑志
「えっ、店員さんは猫と話が出来るんですか!?」
55 店員
「ふふふ、まさか。お話を聞いていたのですよ。アマリリスを中心に花束をつくることもできますので、ご自由にお選びください」
56 小森佑志
「あの、それじゃあ失礼ついでにもう一つ質問と言うか、注文なんですけど。
彼女のイメージに合った、というかこういうイメージの花束、と注文したらそれに見合うものにすることは出来るでしょうか?」
57 店員
「もちろん可能ですよ。どんどんおっしゃってください」
58 小森佑志
「わぁ……ありがとうございます」
59 野良猫
「にゃあ」(男の肩から降りて、一本のアマリリスを選ぶ)
60 小森佑志
「お前はそっちが良いと思ったか。いい趣味してる、僕と同じだ。
店員さん、この花を中心にして、元気で華やかな感じでお願いします」
61 店員
「かしこまりました」
62 野良猫
「くぁ……ァ」
63 小森佑志
「なんだ、どっか行くのか?気まぐれだなぁ。
まあいいや。ありがとうな、猫ちゃん。道ばたで見つけたら頭を撫でてやろう」
64 野良猫(くしゃみ)
「ぶしゅん」
65 ナレーション
「野良猫ちゃんがどこかへ去ったあと、男性は花束をもってデート先のレストランへと向かいます。
そしてまた別の日。
アイドルにお花を贈った男性が、しょんぼりとした様子でやってくるのでした。」
66 店員
「いらっしゃいませ。……あら、あの時のお客様」
67 城島健介
「ははは……どうも」
68 メアリ
「いらっしゃいませー!」
69 城島健介
「あら、今日はお店のお手伝いかい?」
70 メアリ
「そうです!今日はね、いっぱい稼ぐんだ!」
71 店員
「こら、メアリ。すいません、お客様。この子ったら何だかお小遣いが欲しくてしょうがないらしくって」
72 メアリ
「だからお手伝いするの!お花にお水あげたり、くたーってなってるお花を見つけてお母さんにほうこく?するんだ!」
73 城島健介
「そっかそっか、お嬢ちゃんはえらいねぇ」
74 メアリ
「今日はどのようなお花をお探しですかぁ?」
75 店員
「もう、すぐそうやって余計なことを……」
76 城島健介
「いえ、いいんです。今日はお嬢ちゃんにお花を決めてもらおうかな」
77 メアリ(得意そうに)
「おかませください!」
78 城島健介
「それを言うなら『おまかせください』かな?それじゃあ、一緒にお花を選ぼうか」
79 メアリ
「どんな花がいいの?誰に贈るの?」
80 城島健介
「んー……実はね、まだ決めてないんだ。
正確には、お花を贈っても無駄なのかな、って思ってね……」
81 メアリ
「……?よく分かんない」
82 城島健介
「ははは……そうだよね。
お嬢ちゃんは、知らない人からお花を贈られたら嬉しい?」
83 メアリ
「うーん?知らない人なのにお花をくれるの?」
84 城島健介
「そう。お嬢ちゃんはアイドルで、見ず知らずの色んな人からお花やぬいぐるみをたっくさんもらうの。嬉しい?」
85 メアリ
「もらうのは、嬉しいと思う」
86 城島健介
「そっかそっか。それじゃあ、そこに手紙が入っていたら?その手紙には『ずっと応援しています』と書かれていて、握手会の時にお話ししましょう、ってあるの」
87 メアリ
「お話しするよ?だってせっかく手紙を書いてくれたんだもん」
88 城島健介
「だけどね、アイドルだからそんなお手紙はたくさんもらってるんだよ。それこそお嬢ちゃんが持っている教科書と同じくらいにはもらってるんだ。それを全部読んで、中身をちゃんと覚えているなんて、想像できる?」
89 メアリ(とても嫌そうに)
「教科書を全部暗記するの?」
90 城島健介
「嫌でしょう?
……たぶん、僕の手紙も、読みたくないものの一つだったんだろうなぁ……」
91 メアリ
「……???」
92 城島健介
「僕にとっては、あの子に贈る手紙はその一通なんだけど、あの子にとって僕の手紙は、何百通とある手紙のうちの一つだ、ってことだよ」
93 メアリ
「読むだけで疲れちゃうね」
94 城島健介
「そうだよねぇ」
95 メアリ
「読むのは大変だけど、そんなにたくさん手紙をもらったら、嬉しいんじゃないかな。分かんないけど。
お母さんがいつも言ってるよ。大切なのは、花を贈ることじゃなくって、花を贈ろうと思ったその気持ちだ、って。
おじさんはどうしてその人にお花を贈ろうと思ったの?」
96 城島健介
「どうしてだろう?応援しているよ、って気づいて欲しかったのかな……」
97 メアリ
「大丈夫だよ。おじさんのその気持ちは、絶対にその人に届いてるから!」
98 城島健介
「そっか……。そうだよな、僕の気持ちが届いていても、その気持ちの受け取り方までは強制できないもんな」
99 メアリ
「クラスで一番モテる女の子が言ってたよ。
『好きって気持ちは嬉しいけど、アタシは別にそうでもないってことを伝えるのは難しい』って」
100 城島健介
「うぐっ!」
101 メアリ
「でも『好きって言われること自体は好き』なんだって。好きの後が大変なだけだよ、って。分かんないけど」
102 城島健介
「好きの後か……。
すいません、この花を、一輪だけもらっていいですか?」
103 店員
「こちらのバラですか?」
104 城島健介
「はい」
105 メアリ
「あ、良い匂いのするバラだ!私それ好き!」
106 城島健介
「お嬢ちゃんの分も買ってあげようか?」
107 メアリ
「いいの!?」
108 店員
「こら、メアリ!すいません、お客様……」
109 城島健介
「いえ、いいんですよ。お嬢ちゃんにはお話を聞いてもらいましたから、そのお礼です」
110 メアリ
「じゃあ私はこれにする!」
111 城島健介
「ずいぶんとしなびているけど、良いのかい?」
112 メアリ
「ふっふっふ、このバラはね、満開を過ぎた頃が一番いい香りがするんだよ!
見て楽しむのだとちょっと寂しいんだけどね」
113 城島健介
「さすが花屋の娘だ、詳しいんだね。
それじゃあ、店員さん、この二本分のバラでお願いします」
114 店員(恐縮して)
「ありがとうございます。ほら、メアリもお礼を言いなさい」
115 メアリ
「ありがとう、おじさん」
116 城島健介
「近いうちに、また贈り物用の花束を買いに来ますね」
117 店員
「……ええ。いつでもいらしてください。ありがとうございました」
118 ナレーション
「また別の日、一人の老人がフラワーショップかすがいへとやってきます。」
119 店員
「いらっしゃいませ」
120 中村義人
「やあどうも。
突然なんじゃが、このお店には『ギョリュウバイ』はおいてあるかね?」
121 店員
「ギョリュウバイ、ですか。残念ながら切り枝であれば取り寄せになってしまいますが……」
122 中村義人
「そうか……」
123 店員
「お取り寄せいたしましょうか?」
124 中村義人
「いや、いい。今日でなければダメなのだ。
……いや、いや、やはり注文させてもらおう。
実はな、いや、実はなどともったいつけて話をするものでもないんじゃが、死んだ家内が好きだった花がギョリュウバイと言うらしくてな、俺にはてんで分からんものだが、梅という名がつくのなら花屋に売っているやもと思ってきたんじゃ。
いや、なに、墓前に飾ってやろうかなんて思ってな」
125 店員
「そうですか」
126 中村義人
「いや、な、恥ずかしい話なんじゃが、俺は家内が花に興味があることすら知らなんだ。仕事ばかりのつまらん男でな、家庭など気にも留めんかった。
定年退職をして、ふと気づいたら周りに誰も、何にも無かった。暇を持て余し始めた俺は家内と旅行の計画を立てたら、家内は死んでしまったよ……。
いや、心労が祟ったとか、そういうのは分からん。脳梗塞でな、あっという間に死んでしまった。息子たちももう家を出て久しいから、葬式には帰ってきたが、またすぐ仕事があるとかで戻っていった。
俺は、一人になっちまった。
先日だ、家内の遺品を整理していたらな、日記帳が出てきた。そこに書いてあったのがギョリュウバイだ。いや、全部を盗み見たわけじゃあないんだ。たまたま、目に入ったところに、色鉛筆で描かれたギョリュウバイの絵があったんじゃよ。
ギョリュウバイを家内がどこで見たのか、何が好きだったのか、まるで聞いたことがなかった。
俺は結局全然家内のことを知らなかったんだ、って思ったら、とんでもなく寂しくなった。『寒いほど独りぼっちだ』という奴だな。それと同時に、もしかしたら家内もおんなじように寒いほどの孤独を感じていたのかも知れんと思うと、いたたまれなくなってな……」
127 店員
「そうですか」
128 中村義人
「人生は何が起こるか分からん。明日も生きているかどうかなど、結局は誰も保障してはくれん。だから、常に今が大切なんじゃ。特に誰かへの好意など、心に秘めておくことに意味はない。
伝えなきゃ、伝わらないんじゃから。伝わらない気持ちなど、無いも同然じゃ」
129 店員
「そうでしょうか?
亡くなった人への思いは亡くなった人には伝わりませんが、お客様はそれでも花を贈ろうとしております。贈り物をするのも、気持ちを伝えることの一つです」
130 中村義人
「だから、無いも同然なんじゃよ。
俺がギョリョウバイを墓前に添えるのは、ただの自己満足じゃ。何もしてやれなかった家内に対して、何かをしたっていう俺の言い訳に過ぎん。
いや、全くただの言い訳じゃ。言い訳のために俺は花を買いに来たんじゃ」
131 店員
「そうですか。
では、サービスいたしますから、切り花を一輪、どれでもいいので持っていってください」
132 中村義人
「なぜ?何のために」
133 店員
「切り花は、人の目を楽しませるだけのものです。つぼみの状態で茎を切られ、花が咲き、枯れ始めたら捨てられる。そのためだけに切り花はあります。
花はモノを言いません。思いもありません。ただその姿をみて、人間が目を楽しませるか、人間が心を動かすか、それだけです。
亡くなった奥様が、なぜギョリョウバイを好きなのか。お客様がなぜギョリョウバイを手向けようとしたのか、言い訳以外の言葉が見つかりましたらまたいらしてください」
134 中村義人
「俺を厄介払いしようというのか!
花など、わずかばかりに人の目を喜ばせるだけだろう!そんなものに思いを馳せるなど、そんなもので思いを伝えようなどと、どうかしている!
不愉快だ!帰る!」
135 店員
「ありがとうございました」
(わずかの間)
136 豊田保奈美
「あのー。今、鬼のような形相で中村さんが出てきましたが、何かありましたか?」
137 店員
「いらっしゃいませ。いえ、特になにもございませんよ」
138 豊田保奈美
「そう?まあ、気をつけてくださいね。あの人、奥さんが亡くなってからヤケになったのか、色んな人に当たり散らしているのよ。うじうじしているかと思ったら突然どなりだしたり、かと思えばすぐに耳が遠くなったりしてね、不安定なのよ。
花屋さんから出てくるから何かと思ったけど何もなかったのなら良かったわ」
139 店員
「あの方の奥さんは、生前ギョリュウバイがお好きだったんですか?」
140 豊田保奈美
「あら、よく知っているわね?中村さんの奥さんって多趣味な人だったのだけど、中でも静物画を描くのが上手だったのよ。ああ、静物画って、生き物の絵じゃなくって、動かないものの絵っていう意味。
それでよくギョリュウバイを描いていたのよ。
なぜギョリュウバイを?ってきくと、初恋の人が好きだったんですって。もう何十年も前のことなのに覚えているのよ。よほどその人が好きなのかと思って聞いてみたの。そうしたら、告白できなかったって後悔がわだかまっているんだわ、って言うのよ。
あの時、告白できなかった自分に向けて花を描いている、って言っていたわ」
141 店員
「そうですか」
142 豊田保奈美
「急に亡くなってしまったことは悲しいことだけど、中村さんが言っているほど、奥さんは孤独ではなかったわ。可哀想なのはむしろ中村さんの方よ。ああやって、周りに当たり散らすことでしか自分をなぐさめることができないの。
……長話になってしまったわね。ところで、一週間ほど前、ここにプロポーズ用の花束を買いに来た男性が来ませんでしたか?」
143 店員
「はい、そういう人はよくいらっしゃいますよ」
144 豊田保奈美
「アマリリスの入った花束を買っていった人は?
ああ、そんな不思議そうな顔をしないでちょうだい。実はその日、私が交通事故に遭ってしまったのよ。幸い大事には至らなくって、って言っても左腕は骨折してしまったのだけど。
それで娘に連絡が行って、そのまま彼氏と一緒に病院まで来てね、その時に娘の彼が花束を持っていたのよ。もう長い付き合いで、私もあの子のことは昔から知っていたから、きっとプロポーズをしようとしてたんだろうな、って気づいてね。
この辺りで花屋さんっていうときっとここだろうな、って思ったのだけど、違うかしら?」
145 店員
「直接はお答えできませんが」
146 豊田保奈美
「それならそれでいいわ。あの子は頑固というか、こだわりが強い子でね。きっともう一度ここで同じアマリリスの花束を買うでしょうし、だから少しお金を補助したいのよ」
147 店員
「お客様は、娘さんの彼氏のことが気に入っているんですね」
148 豊田保奈美
「当たり前よ。あの子以上に誠実な子を私は見たことがないわ。
娘はアマリリスが好きなの。娘の彼は娘がアマリリスを好きなことを知っている。それはとても素敵なことだわ。
娘の幸せを願わない母親なんていない。私はそう思うの」
149 店員
「そうですね」
150 豊田保奈美
「そういう訳で、次来た時のためにお金を預かっていただいてもいいかしら?半月以内にお店に来なかったら、預かってもらったお金を返してもらいに来ますから」
151 店員
「……かしこまりました」
152 豊田保奈美
「それじゃあ、よろしくね」
(少しの間)
153 小森佑志
「すいません」
154 店員
「いらっしゃいませ」
155 豊田保奈美
「あら、佑志くん!こんなところで奇遇ね!」
156 小森佑志
「あ、保奈美さん。体の具合は大丈夫ですか?」
157 豊田保奈美
「もちろん!あの時はごめんなさいね」
158 小森佑志
「謝ることなんてありませんよ。それより今日はどうして花屋さんに?」
159 豊田保奈美
「あらあら、何でもないのよ。ウフフ。それじゃあ、店員さん。よろしくお願いしますね」
160 店員
「かしこまりました。またいらしてくださいね」
161 ナレーション
「女性は店員に目配せをしてフラワーショップを後にし、男性はふたたびアマリリスの花束を買って帰ります。
店員は、サービスと言って花束を無料で渡しました。
男性は何が起こったのか分かりませんでしたが、サービスを素直に受け取って、ふたたび彼女とのデートに向かうのでした。
そしてまた別の日。
綺麗な声をした女性が、フラワーショップかすがいを訪れました。」
162 店員
「いらっしゃいませ」
163 奥寺愛梨
「こんにちは」
164 野良猫(怒っている)
「フーッ!!」
165 奥寺愛梨
「わっ!ななな、どうして猫が花屋さんに!?それにすっごい不機嫌!」
166 店員
「これは失礼しました。
ほら、また後でおいで」
167 野良猫
「にゃあお!にゃあ!」
168 奥寺愛梨
「なになになに!?なんでアタシのことそんなに怒るのぉ!?」
169 野良猫
「プイッ」
170 奥寺愛梨
「去ってった……。もう、何なのよいったい……」
171 店員
「申し訳ありません。普段は大人しいからそのままにさせているのですが……おかしいですね」
172 奥寺愛梨
「もう……ビックリしたわ。
……ねえ、店員さんに一つ質問しても良いかしら?」
173 店員
「私に答えられることでしたら」
174 奥寺愛梨
「ここにある花は、どうやって選んでいるのかしら?
このお店に並べられる基準って、あるの?」
175 店員
「基準、と言われると難しいですが。花を求める人にちゃんと届くように、花を選んで並べていますよ」
176 奥寺愛梨
「求める人に届くように……?
それって、求められていない花はお店に並べない、ってことかしら?」
177 店員
「その通りです」
178 奥寺愛梨
「それは酷いんじゃない?
どんな花だって、綺麗な姿に変わりはないわ。それなのに、人間が必要としているかどうかでお店に並べるかどうかを決めるだなんて」
179 野良猫
「にゃあ!」
180 奥寺愛梨
「キャッ!?また戻ってきたわ……あれ?頭に何か乗せてる……?
シロツメクサの花かんむり?アンタ、どこでもらってきたのよ……」
181 野良猫
「フフーン」
182 店員
「シロツメクサの花は綺麗ですが、なぜ花屋に並ばないのでしょう?」
183 奥寺愛梨
「な、なによ突然……。
ありふれた花だからじゃない?その辺に生えてるような草をわざわざありがたがって買う必要もない、のよ、きっと」
184 店員
「どんな花だって、綺麗な事には変わりないのに?」
185 奥寺愛梨
「なっ……売れなきゃしょうがないじゃない!
売れないまま花屋の奥でしおれていく人生なんて、私はまっぴらごめんだわ!!」
186 野良猫
「にゃあん?」
187 奥寺愛梨
「アタシは売れたわ……!人気が出て、ソロライブもやって、何度も握手会をして……。
ある時、握手会に来たファンの一人に言われたわ。『手紙、読んでいただけましたか?』って。
とっさに『読みましたよー』って言ったけど、ウソ。本当は読んでなんかいない。だって仕方ないじゃない!……手紙なんて毎日のように来てる。ツイッターも、インスタも、フェイスブックも、コメントであふれてる。
アタシの周りは、いつの間にか贈り物でいっぱいになっていたわ……。
でも、その贈り物の温度をアタシは感じられないの。
贈り物は嬉しいわ、当たり前よ。でも、ほとんどが部屋の奥に押し込まれていたり、それこそ花なんてあっという間にポイされる。
アタシに贈られた花束と、アンタの頭の花かんむり、どっちが幸せなのかしらね」
188 野良猫
「にゃ!」
189 奥寺愛梨
「全く、ふてぶてしく座るわね。そんなに見せびらかしたいのかしら」
190 野良猫
「にゃあお!」
191 店員
「花束は、そこにあるだけでいいんだと思います」
192 奥寺愛梨
「……どういうこと?」
193 店員
「花の命は、特に切り花の命は一瞬です。ですが、その一瞬に文字どおり『花を添える』のが、贈られた花の役目です。
たった一瞬でも、お客様に花を添えることができたのならば、その花束はきっと、贈り物としての役目を果たせているのだと思います」
194 野良猫
「にゃあ」
195 店員
「シロツメクサの花かんむりも、その一瞬に花を添えるだけ。お客様に花を贈った方々は、皆さんきっと、純粋にあなたを応援したいんですよ。
その贈り物が、あなたのモチベーションの一端になっているだけで、良いのだと思います」
196 野良猫
「なあお、にゃおー!」
197 店員
「フフッ、『どうだ、俺は可愛いだろう?』って言ってます」
198 奥寺愛梨
「……アハハ。
あんたみたいなブサ猫じゃあシロツメクサの花かんむりがせいぜいよ!アタシなんかね、アタシなんか、もっとたくさんの人に応援されているわ!
今度はちゃんと受け止める……。自分だけがむしゃらに頑張ってきたなんて、そんなのウソ……。アタシが応援されているのなら、応援されている以上にアタシが頑張らなくってどうするの!
部屋の片隅で枯らせてしまった花を見て、落ち込んでる場合じゃなかった!
落ち込むんじゃなくって反省!取り返しのつかない今より未来!
店員さん、ありがとう!アタシ、頑張るわ!」
199 店員
「どうぞこれを持っていってください」
200 奥寺愛梨
「黄色いバラ……?」
201 店員
「サービスです。次のライブも、頑張ってくださいね」
202 奥寺愛梨
「ありがとう!ライブが終わったらお礼をさせてね!」
203 奥寺愛梨
「……あれ?次のライブがあるなんて、アタシ言ったかしら……?」
204 ナレーション
「また別の日、フラワーショップかすがいに一組のカップルがやってきました。
一人は、以前プロポーズのための花束を買った男性です。」
205 店員
「いらっしゃいませ」
206 豊田秋穂
「ほら、ユウジ。ちゃんと店員さんに聞きなさいよ」
207 小森佑志
「そうだね。すいません、この間、プロポーズのための花束を買った者なのですが、覚えていますか?」
208 店員
「もちろん覚えていますよ」
209 小森佑志
「一回目の時はお金を払ったんですが、二回目はサービスだという話をしましたよね?それで、実は……」
210 豊田秋穂
「あー、もう!こういう時にユウジは度胸がないのよね!
二回目も同じ花束で、色々と話を聞いているうちに何かおかしいなーって思ったら、プロポーズの時の花束が無料で渡されたですって!信じられない!無料の花束でプロポーズするなんて、って思ってお金を払いに来たの!そうでしょ!?」
211 小森佑志(しょんぼりして)
「そういうことです……」
212 店員
「あら、それは失礼いたしました」
213 小森佑志
「いえ、悪いのは僕なんです。プロポーズが成功して、それでつい舞い上がってしまって、お酒を飲み過ぎてしまい、言わなくてもいいことを」
214 豊田秋穂
「アンタ、お酒が入ってなかったらタダでプロポーズしたのをずっと隠そうとしてたってワケ!?信じられない!」
215 小森佑志
「いや、そういう訳じゃなくって」
216 豊田秋穂
「じゃあどういう訳よ!」
217 店員
「まあまあ、落ち着いてください。これには事情があるんですよ」
218 ナレーション
「店員は、女性の母親からお金を預かっていたことを説明しました」
219 豊田秋穂
「まったく、あのアホママは……余計なところに気を回すんじゃないってのよ!」
220 小森佑志
「そういう事情があったんですか……」
221 豊田秋穂
「アンタ、本当に何も知らずにタダで花束を受け取ってたって言うの!?」
222 小森佑志
「二回目価格だって聞いて……」
223 豊田秋穂
「あっきれた……どうしてこんなポンコツを好きになったのかしら……」
224 店員
「それでも、二人は晴れて結ばれたのですね」
225 豊田秋穂
「まあ、ね。アタシがもらってやんなきゃ、ユウジみたいなマヌケが結婚できるはずないもん」
226 小森佑志
「ポンコツ……マヌケ……」
227 豊田秋穂
「ただ一つ、ユウジが不良品じゃないとしたら、アタシの好きな花を覚えててくれることくらい」
228 店員
「アマリリス、ですね」
229 豊田秋穂
「そう!ユウジはアタシの誕生日に必ず花を贈ってくれるの。でも、アタシの誕生日はアマリリスの季節じゃないからって贈ってくれないのよ。季節じゃなくても贈ってくれたって良いじゃない、って言うと
『それじゃあ、一番美しいアマリリスを渡せないから』ですって。
ホントあきれる!
でも……」
230 店員
「アマリリスは、綺麗でしたか?」
231 豊田秋穂(少し涙ぐみながら)
「うん……綺麗だったわ。これ以上ないってくらい、綺麗。
最初のプロポーズがおじゃんになって、それはママの交通事故が原因で、その時もユウジは同じ花束を持っていて……。
もう一度、同じレストランで、同じ花束でプロポーズされて、アタシは本当に嬉しかった……。
(涙をぬぐって)
だから!その花束がタダだったって聞いて本当に怒ったんだからね!分かりなさいよ、この気持ち!」
232 小森佑志
「はい……反省してます」
233 豊田秋穂
「本当ォ?……それならよし!今回のことはうちのおせっかいなママにも原因があったし、許すわ。
店員さんも、事前に説明してくれれば良かったのに」
234 店員
「申し訳ありません」
235 豊田秋穂
「はぁー、全部言ってさっぱりした!これで何のわだかまりもなくユウジと結婚できるわ!」
236 店員
「おめでとうございます」
237 豊田秋穂
「ふふ、ありがとう。
ねえユウジ、これから記念日にはここで花を買っていきましょうよ」
238 小森佑志
「僕は構わないけど、突然どうしたの?」
239 豊田秋穂
「だってこのお店、とても良い名前だと思わない?
フラワーショップかすがい。
子はかすがい、花もかすがい。きっと、いつまでも二人をつなぎ止めてくれるわ」
240 小森佑志
「そっか……そうだね」
241 店員
「ありがとうございます。いつでもいらしてくださいね」
242 ナレーション
「ここはフラワーショップかすがい。
誰かと誰かをつなぐ、美しい花が売られています。
今日もまた、思いを伝えるために、つなぐために、
お客様が花を買いにくるのでした。」
エピローグ
243 メアリ
「ねえ、猫ちゃーん。うちにおいでよォ」
244 野良猫
「ごろごろごろ」
245 メアリ
「アタシ知ってるよ。時々うちの花屋でのんびりしてるでしょ」
246 野良猫
「にゃあ?」
247 メアリ
「だって、アタシが編んだ花かんむり、お母さんが持ってたもん」
248 野良猫
「ぶしゅん」(くしゃみ)
249 メアリ
「あの時は知らないおじいさんに怒られて、猫ちゃんにあたっちゃっただけって言ったでしょ。
あの花かんむりで仲直り。うちに来てるんだから……って、あれ?猫ちゃんどこいくの……?
やっぱり、アタシのこと嫌いになっちゃった……?」
250 野良猫(奥から一輪の花を持ってきて)
「にゃあん!」
251 メアリ
「……これ、マリーゴールド?アタシにくれるの?」
252 野良猫
「フフーン」
253 メアリ
「ありがとう……」
254 野良猫
「にゃあ!」
255 メアリ
「一緒に来てくれるんだね。それじゃあ、一緒に帰ろう!」
(了)
かすがいフラワーショップ 雷藤和太郎 @lay_do69
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