第2話 学園のヒロインの花婿候補は荷が重い!

あぁ……朝か……


窓から差し込む陽の光が心地よい目覚めへと体を誘う。


――――それにしても、今日はやけに体が重いな。疲れてるのか―――。


主に下半身が重い。何かに押さえつけられているような――――――。


「おはようございます♪」


「お前かよ――――」


ため息混じりに出た声。その視線の先には桜良がいた。彼女は俺の股間の上に跨り、頬を赤く染めている。


「聞きたくないが、何をしてるんだ?」


「朝の集いです!」


「集いって……二人しかいねぇよ!てかただの寝込み襲いだろ!?」


「いえいえ、天使たるもの、ご主人様の下の世話も仕事のうちですから♪」


学園のヒロインと呼ばれる彼女が、まさかこんな破廉恥な行為をしているなどとは、学園の誰も夢にも思わないだろう。


いや、一部の男子はそのようなことをネタにいかがわしいことをしたのかもしれないが―――――。


やめよう。とにかく、少なくとも昨日までの俺は夢にも思わなかった。


「ご主人様?考え込んでいるようですが……どうかされました?」


「俺の貞操が心配なだけだ」


「なら良かったです♪」


「よかねぇよ――――」


「あぅん♪」


俺が桜良の額にツッコミを入れると同時に桜良のスマホのアラームが鳴る。


「おっと、もうこんな時間!?」


そう言うと桜良は俺の上から降り、既に着替えを済ませている制服のスカートの裾をパンパンとはたく。


これだけでも絵になる学園のヒロイン。


そうして腹の前で手を重ね、丁寧にお辞儀をしたあと、満面の笑みを浮かべる。


「朝の集いは終わりですね♪朝ごはんは出来ているのでご一緒しましょう♪」


「あ、あぁ……」


あまりの変わり身の速さに一瞬戸惑いながらも頷く。


さすが学園のヒロイン。


口の中だけでそう呟いた―――――。



「そう言えば、天使なのに料理ができるんだな!」


俺は桜良の作った朝食を食べながら言う。


「そうですねぇ、人間様とは体の作りはほとんど同じですからね」


「そうなのか?」


「あ、でも、体内部は違いますよ?私たちは食べ物を食べなくても生きることができますし、人間様の言葉でいうとあれですね。『魔法』も使えますよ?」


「魔法!?そんな非現実なものが?」


一瞬耳を疑ったが、普段は制服で隠している背中の二翼をパタパタとさせている彼女の姿を見れば、信じないわけがない。


そう言えば、昨日の帰り道。彼女は体を小さくして俺の胸ポケットに入っていた。あれも『魔法』なのかもしれない。


空になったお皿を流し台に運びながらそんなことを考える。


「そうですね……天使にも個体差がありますから、使える魔法と使えない魔法があるのです。」


桜良も皿を流し台に運びながら言う。


つまりは同じ人間でも出来ることとできないことがあるってのと同じだろう。いくら天使といっても、すべて同じになるわけじゃない。そういうことだろう。


「で、私が使えるのは主に家事魔法ですね」


「家事魔法?」


「例えば……」


桜良は流し台に置いたお皿を指先でひとつずつ触れていく。


「おぉ……!」


するとなんということでしょう!お皿に付いた汚れがまるで元からなかったかのように!


「って、ぱっとしないな……」


確かに主婦には助かるが、今の時代、食洗機というものがある。この魔法、いつ使うんだろう。まぁ、電気代と水道代と洗剤代が浮くからそれなりに助かるのかもしれない。


「で、ですよね……」


少し落ち込んだように肩をすくめた彼女を見つめる。


「私も練習して見たのですが、かめかめ波動砲とか、テスビームとか……全然できなくて―――――。天界戦争でも、功績はゼロで……」


あら、不思議。天界では某有名アニメが流行っているのかしら?


しかしまぁ、学園では成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能。人間界の頂点と言っても過言ではなかった彼女は、天使界では戦力にならないだめ天使ってとこか。


これならなぜ人間界に来たんだ?という質問は省略できそうだな。


「ですが、ご主人様に仕える限りはそれも必要ありません!なので、家事魔法を有効活用して、ご主人様のお世話をさせていただきます!」


「あぁ、よろしく頼む」


桜良は残りの皿にもちょんちょんと触れ、洗浄していく。戦場には立てないが洗浄は出来る。なんて皮肉な話だ。


「はい、終わりました!」


綺麗になった皿を食器棚にしまい、振り返りざまに微笑む天使。これは例えなどではなく実際に天使。


背中の二翼を折りたたみ、制服の中にしまう彼女。どこからどう見ても普通の人間、いや、可愛い人間の姿になった彼女はこう言った。


「では、学校に行きましょう!」


その時の時刻はまだ7時だった。



「なんでこんな早く行くんだ?」


彼女はいつも学校には授業の10分前くらいに着いていたはず。この調子であるけば7時半には着いてしまう。授業は8時半からだ。


「そんなの決まってるじゃないですか。ご主人様に仕えるという報告をお母様にしなくてはなりません。その為に早く出たのです」


「そ、そうか……」


だが、2人はだんだん学校に近づいてくる。


そして、学校に着いた。


桜良はそのまま門を入り、校舎に入った。


「ちょ、お母様に報告するんじゃなかったのか?」


「そうですよ?だから―――――」


桜良は足を止めて振り返る。


「お母様のいる部屋に、やってきたのですよ?」


足を止めたのは扉の前。そこにはこう書かれていた。


『校長室』


へ?校長室?なんで?へ?は?ほ?


俺が錯乱状態に陥っていると、ノックする音が頭に響いた。


「失礼します」


そう声をかけた彼女は扉を開き、中に入ってゆく。


「ご主人様もどうぞ」


そう言われて、引きずられるように扉の中に入った。



校長室の中は意外と質素で装飾は置物が少し置いてあるくらい。接待用の机とソファが置かれ、その奥に高そうな机がもうひとつ。その上には様々な資料と『学園長』と書かれた札が置いてあった。


「おはよう、桜良」


顔も上げずに資料を見つめながら挨拶をしたこの人こそ俺の学園の学園長、清水 怜(推定28歳)だ。


「おはようございます、お母様。本日は……その……御報告がありまして……」


「なに?お小遣いのおねだりならダメよ?この前もしたでしょ?」


「そ、そうではありません!」


桜良は俺の方をチラチラ見ながら顔を赤くする。


お小遣いのおねだり、するんだな。学園のヒロインなのに……。


「気にするな。言いふらしたりはしない」


未だに真っ赤な彼女の肩をぽんと叩いてそう声をかける。


「あ、ありがとうございます……」


「既に寝込みを襲われかけている。この程度で驚くわけがない」


「ちょ、ご、ご主人様!?しー!しー!」


いやに慌てたように俺の口を塞ごうとしてくる桜良。俺はその理由を知るハメになる。


「ん?寝込みを……?ご主人様?」


先程まで書類に目を落としていたはずの学園長は顔を上げ、俺たちを見つめる。


「桜良、あなたもしかして…………」


「は、はい……申し訳ありません」


肩をすくめ、俯く桜良。


「彼氏連れてきたの?」


「は?」


つい声が漏れてしまった。俺が?彼氏?


「は、はい!そうです!」


「へ?」


2度目に声が漏れてしまった……。


俺が?彼氏?いやいや、ないない。


「そうなのね!」


学園長は椅子から立ち上がり、桜良の前に移動する。そして―――――、


普段はクールな学園長がにこやかに桜良に抱きつく。


「あなたももう高校生だものね!彼氏を作る年頃よね!」


「は、はい!」


「…………」


「報告ってのはそれの事かしら?昨日帰ってこなかったのは彼の家に泊まっていたのね?いやぁ、成長って早いわねぇ」


満足気に椅子に戻る学園長を唖然と見ていた俺……。


「で?彼氏とはもうシたの?」


「ぶはっ!」


ド直球な質問に俺の方が驚いてしまった。


「ま、まだです……」


「そうよね、最近の天使っ子はそういうの、遅いものね。お母さんなんて、小学生の時にダーリンに初めてをあげたのよ?」


「そ、そうですか……すみません……」


桜良が辛そうだ。寝込みを襲ってきた割に、純粋なまでに顔を赤くしている!


「でも、人間と付き合うということは、あなた……天使ってこと、バレてるのよね?」


桜良は今までにないほど暗い顔で頷く。


「そうよね!じゃなきゃこんなぱっとしない男とは付き合わないわよね!」


「おい……」


「あら、失礼。つい本音が……」


「泣くぞ?」


「どうぞ?」


「おい!」


「…………」


「無視はやめてくれ!」


「はいはい、まぁ、桜良の秘密を握ってるってことで、大目に見てあげるわ」


「大目にって……俺、何か悪いことしましたか!?」


「背中の翼がバレるなんて……あなたが桜良を襲って脱がせたからに決まっているわ!」


「勝手に人を変態に仕立て上げるな!」


「じゃあなに?桜良が自分から脱いだとでも?」


「あ、あぁ!ある意味そうだよ!」


確かに桜良は自分から脱いでいた。脱いでマットの上で寝ていた。確かに俺は悪くない!


俺が強い視線を向けると学園長はため息とともに椅子に深く腰掛け、呟くように言葉をこぼした。


「まぁ、私たちの種族はもともと採精種族サキュバスと呼ばれているからね……」


「採精種族?」


俺は驚いたように聞き返す。


「天使の中にもいくつか種族があってね、私たちの種族はその中じゃ1番子孫を残しにくい体質なのよ」


「つまり、人間と共存することで、その不利さを埋めていると?」


「あぁ、原理的にはそうよ、人間はほかのどの種族より子孫を残す力が強い」


学園長は神妙な顔つきで頬杖をつく。


「だが一方で、天使と人間では人間側に飲み込まれる可能性が高い」


「それは……交配しても人間側の特性を持った子が生まれる可能性が圧倒的に高いということか?」


「そうよ……でも、確かに天使の遺伝子は受け継がれている。遺伝子さえ残せれば、私たちは絶滅することは無い」


「ん?まてよ……つまりそれって……」


「ええ、桜良にあなたの子を産ませるのよ」


「………………」


声が出なかった。なんとなく察してはいたのだが、改めて言われると言葉に困る。


確かに桜良は可愛いし、愛嬌もある。理想の彼女像であることに間違いはない。


だが、天使となれば話は別だ。俺は人間と結婚したい。人間の子を産みたい。


生まれてきた子の背中に羽があったとして、なんと声をかければいい?


そんなことが頭をよぎり、返事ができなかった。


「大丈夫よ。今すぐに返事を貰おうなんて思ってはいないから。返事ができるまでは桜良は変わらずあなたの下僕よ……」


「学園長…………」


学園長は急に目を鋭くし、俺をまっすぐ見つめる。


「でも……返事をするのは決心が固まった時だけ、内容はYESでお願いね?それ以外は受け付けないから」


「は、はい……」


頼りない返事を最後に学園長はくるりと椅子の背をこちらに向ける。


そのまま俺と桜良は校長室をあとにした。


なかなか時間をくってしまい、今は授業開始の15分前だ。急ぎ足で教室に向かいながら、頭の中はさっきの話のことでいっぱいだ。


「ご主人様?」


呼ばれてふと気がつく。どうやら教室の前を通り過ぎようとしていたらしい。


「先程の話ですが……ご主人様は気にしないでください。私とはただの主従関係、それ以上の関係はなるべき時になるはずですから」


いつもの愛らしい笑顔でそう告げた桜良の目は、いつもより潤んで見えた。


「あぁ、よく考えてみるよ。それと……ひとつ、お願いしていいか?」


「はい、何でしょう?」


「学校ではご主人様って言うの、やめてくれ……」


小さい声で話していたはずなのだが、通り過ぎる女子たちがチラチラとこちらを見て「そういう関係?」と、呟いているのがわかる。


「あ……は、はい!かしこまりました!ごしゅ……じゃなかった、優姫くん!」


「それで頼む」


そう言って俺は教室の扉に手をかけた。


「おはよう」


ガラッという音で扉が開く。


「………………」


明らかにいつもと違う空気を感じた。

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俺の周りのヒロインがみんな人外なんだが プル・メープル @PURUMEPURU

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