第1話 学園のヒロインは人外!?

ふぅ〜、今日もお疲れ様、俺!


俺は昼休み、屋上から街を見下ろしてひとり、にやけていた。


優しい風が頬を撫でる。


ああ!神様!この時間が永遠に続けばいいのに!


視線をあげ、青い空を眺める。


綺麗な青だ。

パレットでも作ったことのないような綺麗な―――――。


「何、黄昏てるの?ユウちゃん……」


「あ?」


声をかけられ、振り向くとそこには小柄な黒髪少女がいた。見覚えのある、というより見飽きたレベルの顔馴染み。


「ユウちゃんはいつもマイペースなんだから!早くしないと遅れちゃうよ!」


「わかったよ……」


深いため息とともに俺は体を反転させる。


今更だが俺の名前は蔵道くらみち 優姫ゆうひ


「体操服、持ってきたの?」


まるで母親のように人差し指を立てながら説教じみた言動をしているのは幼馴染の黒井くろい 九里くりだ。


「あ……」


「やっぱり忘れたの?」


九里はやれやれと言ったようにため息をつく。その後、今日は見学ね。と言って屋上の階段を降りていった。俺も同じくあとに続いて、階段を降りていった。



「またお前か……倉庫の片付けでもしとけ……」


ついに体育教師にまでため息をつかれた。仕方がない、これで何回目だというほど俺は忘れ物常習犯だから。背後からクスクスと笑う声が聞こえる。これももう慣れっこだ。


俺はとぼとぼとした足取りで倉庫に踏み入れた。相変わらず埃っぽく、薄暗い。


「こんなとこずっといたら……膀胱炎になっちまう……」


いや、膀胱は関係ねぇ。なぜかそんなことを呟きながら近くのマットに腰掛ける。


誰が真面目に片付けなんてするもんか……。これが正しい行動だ。俺の中では……。


そう思いながら体を倒す。埃っぽいマットではあるが、寝心地はなかなかだ。


(歴代のリア充共はこのマットの上でお盛んだったのかもな。それに俺は1人で……)


出どころのわからない敗北感に自然と涙が出てくる。だがそれはすぐにアクビによるものへと変わる。


(眠気が……。こんな所で寝たら怒られ……ちまう……)


必死に目を開こうとするが、瞼は徐々に重みを増し、成すすべもなく瞳は閉じた。


気がつくと、いや、気がつくことなく、俺は夢に誘われた……。



おきて――――


ん?なにか聞こえる……。


ユウちゃん―――おきて――――


あれ?呼ばれてる?


「起きなさーい!」


突然の大声に体が跳ねる。そのせいで寝ていたマットから転げ落ちてしまう。


チャリン


金属の触れ合う音のようなものが響く。


「ユウちゃん!早く!次の授業始まっちゃうよ!」


「ま、マジか!わ、わかった!すぐ行く!」


慌てて倉庫を飛び出してゆく九里の背中を追いかけて、俺も倉庫を飛び出した。



「何とか間に合ったな……。」


「ほんとにギリギリだったんだから……。」


ため息をつく九里に再度頭を下げる。


なぜこいつがこんなにも俺に手を焼いてくれるのか……。幼馴染だから?ほっとけないほど危なっかしいから?その理由は黒髪の低身長少女にしかわからないだろう。


6時間目が始まるチャイムが鳴る。


「あ、トイレ行きたかったんだった……」


「ユウちゃんったら!またそんなこと……。先生に言っといてあげるから、行ってきて!」


「おう!ありがとう!」


そう告げて俺は教室を飛び出した。トイレに駆け込み、尿意とともに便意を感じ、個室に駆け込む。ズボンを下ろし、便座に座る。


「!?ぐっ、ぐぐ……」


思わずそんな声が出る。便座が冷たすぎる。だが、我慢して座っていると、だんだんと慣れてくる。


誰か便座温めとけよな―――――。


そんなことを思いながらトイレットペーパーを勢いよく巻き取り、事を済ませる。ズボンを上げたところで気づく―――――。


「あれ?鍵が――――ない!?」


普段なら胸ポケットに入っているはずの家の鍵が見当たらない。なぜこのタイミングで気づいたのかと言うと――――男の勘だ!


というかかなりやばい。俺の両親は1年ほど海外に出張している。今年は帰れないと連絡を受けたばかりだ。つまり、鍵がなければ家に入ることも出来ない。


――――そう言えば。


思い出した。体育倉庫で九里に起こされた時、何かを落とす音がした。あれがきっと鍵だ。


授業もめんどくさいし、行くか。


誰かに見つかれば、ほかの人に取られたりしたらまずいので思い立ったが吉日という信念でやって来ました!という口実を使おう。


そんなことを考えながら体育館に向かった。体育倉庫は体育館の奥にある。頑丈そうな金属製の扉は古く、少し歪んでいる。幸いこの時間にはだれも体育館を使っていないようだ。


よし―――そう呟いて倉庫の扉を開く。相変わらず薄暗い。鍵はどこだ?


落としたと思われるマットの周りを探す。


ない、ない、ない―――――。

まずいな、無いぞ。諦めそうになり、顔を上げる。


――――――ん?


マットの上に女の子がいる。


――――可愛いな。


金色の髪に白い肌。静かな呼吸音が聞こえるため、寝ていると思われる。


どっかで見たことあるような顔だ。


と、いうか―――――。


「なんで羽がついてんだ!?」


今更だが驚く。ずっと見えていたが今更だ。


「ん……?だれですかぁ〜?」


大声のせいで女の子が起きてしまった。目を擦り、あくびをしたあとに俺を見つめる。


「くらみち……くん?」


「あれ?神宮寺さん?」


金髪の少女、それだけで気づくべきだった。薄暗いせいもあるが、その少女は神宮寺 桜良だった。桜良は自分の状況がいまいち分かっていないようだったが俺が、羽……と言った途端に慌て始めた。


「こ、これは違くて!天使とかじゃなくて……その……その……。」


慌てる彼女を俺は鎮める。


「ちょっと待ってくれ。慌てるのはこれを聞いてからにしてくれないか?」


桜良は多少慌てながらも小さく頷く。


「なんで服脱いでんだ!?」


普通はこっちから先に言うべきだった。羽は後回しでブラジャー丸出しである方を先にいえばよかった。


「へ?天使なら普通ですよ?普通は裸ですから」


彼女はすこしおかしいようだ。確かに絵に見る天使たちは裸である。しかし目の前の少女が天使であるからと言って、下着を晒して言い訳がない。というか……、


「天使って認めたな――――」


「あ――――」


俺の指摘で彼女は動かなくなった。厳密には気を失ったのだが。



起きそうもない彼女を保健室まで運び、ベットに寝かせた。幸い授業中ということもあり廊下には誰もおらず、先生も不在で、桜良の下着を見られることは無かった。


いや、俺だって服を着せようとはしたが、見当たらなかったんだ。

だから仕方なく―――――だ。決して下着を堪能しようなんて考えちゃいない。


羽は見えたままだ。このままほっとくのも気が引ける―――――という口実のずる休みだ。学園のヒロインが倒れたとなれば、教師共も起こることは出来ないだろう。


念の為に氷水を袋に入れて額に乗せてやる。気持ちよさそうな寝顔は何故か直視出来なかった。


彼女が目覚めたのは10分ほどしてから。今度はもう慌てなかった。ベットの上に正座し、行儀よく俺を見つめる。


「というわけで、蔵道君に私が天使だとバレてしまった訳ですが―――――」


「諦めんなよ!まだ色々言い訳できるだろ!」


「もうめんどくさいと思ってしまっているので言い訳はしないです」


潔く認めた目の前の少女が天使。なかなか飲み込める状況ではないだろう。


「で、なんですが――――」


彼女はグイッと俺に詰め寄り、鼻が触れ合いそうな距離になる。


「天使の秘密がバレた以上は、私はあなたに服従しなければなりません」


「へ?」


情けない声が出た。服従――――。滅多に聞かない言葉だろう。


「天使は天使族でない誰かに正体がバレた時、そのものに絶対服従を誓う。天使大憲法にそう書かれています」


「まて!話についていけてない!」


「要約すると、私は蔵道君の奴隷です!」


「要約しすぎだ!」


つまりだ、この目の前の美少女が、学園のヒロインが、俺の思うままに出来ると?


「契約してくれないと私、死んじゃいます」


「死ぬ、って――――――」


「規約違反としてポンッて、煙みたいに消えちゃうんです」


「ちょ、するって!天使を殺すなんて後味の悪いことしたくねぇ!」


「では、契約成立ですね!ご主人様!」


ご主人様という言葉に無意識に口角が上がる。


その時、背後から扉の開く音が聞こえた。


「今日も疲れたわね〜、こんな日は飲みたいわ」


保険医の川田先生だ。美人だが、男好きで有名な先生だ。


というかこの状況、やばくないか?もし先生に見られたら―――――。


「あら?誰かいるの?」


しまった!見つかる!桜良は下着姿だ。そこに男がいれば嫌でもエロい展開をよそうされてしまう!


――――おい!服着ろ!――――


俺は小声で桜良に言う。


――――えぇ〜いやですよ。まだ羽が休まってないんですよ?―――――


桜良も小声で返すが彼女は背中の羽をパタパタさせている。川田先生はもうすぐそこに迫っている。


シャッ


カーテンが開かれ、ベットの上の状況が露になる。


「お?蔵道くんじゃないか。どうしたんだ?」


そこにはベットに寝る俺の姿があった。


「いや、少し気分が悪くて――――」


「すまないな、少し席を外していて。氷、自分で準備してくれたのか?」


俺が頷くと川田先生はもう一度すまないと言ってカーテンを閉めた。


――――もう出ていいぞ。――――


俺はベットの下にいる桜良に声をかける。


――――酷いじゃないですか!いきなりベットの下に押し込むなんて―――――


――――仕方ないだろ?


そこまで言うとチャイムが鳴った。ついに授業に出なかったな。多分、後で九里に怒られるだろう。


カーテンの隙間から川田先生が出て行くのを覗きながらそんなことを思う。


「はぁ……っておい!」


カーテンから手を離し、振り返るとそこにはブラジャーまで外そうとしている桜良の姿があった。


「ちょっと、止めないでください!これ、羽に引っかかって結構痛いんですから!」


反発する美少女を何とかなだめて下着は死守した。


「服はどこにあるんだ?」


「服ならこうすれば―――」


桜良が自身の体に触れた瞬間、彼女は制服をまとった姿になる。


「天使ですからね、これくらいは朝飯前ですよ!」


ドヤ顔気味な美少女に苦笑いしかできない俺であった。



「何やってたの!?心配したんだよ?」


教室に帰ると思っていた通りに九里から説教を受けた。


「トイレに流されたのかと思ったんだよ?」


「そんなヘマしねぇよ!てか、流されるわけないだろ!」


「わかんないじゃん!だって―――ユウちゃんだし」


「心配してんのかバカにしてんのかどっちかにしろよ!」


「だってユウちゃん、バカじゃん?」


疲れきった体にその言葉は予想以上にダメージをくらわせた。


「確かに俺はバカだ。お世辞にも賢いと言えないほどバカだ。だがな、こんな俺でも傷つくんだぞ?」


「え〜?この鈍いユウちゃんが?」


「に、鈍い―――だと?」


この女、笑いながらかなりきつい事言ってきやがる。


「だ、だって、ユウちゃん―――――」


何か言いたげだったが九里はくるりと体を反転させてあるきだす。


「な、なんだよ!言えよ!」


「なんでもな〜い!帰ろ!」


イヤにニコニコしている九里の横に並び、いつも通りに帰る。夕焼けが綺麗ではあるが、いつも通りである。


そんな夕焼けに照らされた九里の横顔も、いつも通り、見飽きたものである――――。



「じゃあね!また明日!」


九里の家は俺の家の隣である。距離にして1.5m。自室の窓から会話で来るほどである。いつも通り、九里が家に入るのを見送ってから家に入る。


いや、いつもと違うところがひとつある。


前提から言おう。


「家に入れねぇ!!!」


そう言えば鍵失くしたんだった!桜良の件ですっかり忘れて――――――。


「鍵って、これですか?」


胸ポケットからひょっこり顔を出したのは桜良だ。手のひらサイズになっている。そして抱えられているのは―――――。


「俺の鍵!どこで―――――」


「体育倉庫で見つけました。職員室に届けるの忘れてました」


えへっと笑って舌を出す金髪の少女。


「まぁ、助かった。ありがとう」


「ご主人様に褒められました!わーい!」


胸ポケットの中で喜ぶ少女を目の端に、今度こそ家に入る。


もうひとつのいつもと違うところ――――。それは、桜良がいることだ。なぜチビ桜良が胸ポケットに入っているのか。それは先程の主従関係が原因らしい。


学校からの帰り際、チビ桜良が耳元で語りかけてきた。


私を家に泊めてください!との事だ。


わけも分からず、半ば強引に胸ポケットに入り込んだチビ桜良を仕方なく家に連れてきたのだ。


玄関に入り、靴を脱いで上がると、チビ桜良も胸ポケットから飛び出し、普通の大きさに戻った。


「さ、なぜ俺の家に泊まるのか、教えてもらおうか?」


「それはですね―――――」


それから10分ほど話を聞いた。要約すると、天使が何者かに仕える時、その者と共に生活を送らなければならない。という決まりがあるから、ここに住みたいらしい。


「承諾していただけないと―――――」


「はいはい、消滅しちまうんだろ?わかったよ、泊まらせればいいんだろ?」


「ありがとうございます!」


桜良は髪を揺らしながら飛び跳ねて喜ぶ。


「では、夕飯の支度を致しますね!」


「そこまでされなくても、俺は自分で作れるぞ?」


「いえいえ、せっかくの私です!こき使ってください!」


「ま、まぁ、そこまで言うなら……」


「ついでにコキコキに使ってもらっても……」


「しない!」


「あぅ♪」


俺の下半身を見つめる桜良の額にツッコミを入れながら、俺はため息をつく。


「では!さっさと作っちゃいますね!」


彼女はそう言って、キッチンに向かっていった。


こうして俺の天使との生活が始まった。

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