思い出泥棒

黒弐 仁

思い出泥棒

私が小学三年生だった時の話。クラス内で妙なことが起こっていたの。

例えば、友達と遊んだり、家で一緒に宿題をしたりすると次の日そのことを学校で話したりするでしょ?

そうするとね、時々、その出来事を思い出せない子がいたの。それは決まった子がいつもそうなるわけではなくて、色々な子がランダムで記憶をなくしているようだった。


「昨日美香ちゃんの家でやったゲーム面白かったねー」

「うんうん。でも私ったらへたっぴだからみんなに全然勝てなかったけど。」

「え?何の話?」

「だから、昨日遊んだ時の話だよ。すみれちゃんも一緒にいたでしょ?」

「嘘だよ。だって私、そんなの全然知らないもん」

「私と一緒に美香ちゃん家行って一緒に帰ったじゃん。おぼえてないの?」

「知らないよ。だって私、昨日は…。あれ、私昨日…、何してたんだっけ?」


こんな感じで、つい昨日のことを思い出せなかったの。無理に思い出そうとすると、頭がとっても痛くなってきて、それ以上何も考えられなくなってしまうの。

大体の子は一回は経験してて、みんなとても不思議がってた。中には、妖怪の仕業だって言い張っている子もいたわ。

最初の方は前の日の記憶の一部とかだったんだけど、段々エスカレートしていって、遠足での出来事や運動会のことまで思い出せなくなってきた子も出始めてきたの。当日のことだけでなく、その前の準備とかもふくめて全部。

大人達は何か悪い病気が流行っているのではないかと色々調べてたんだけど、結局何もわからなかったみたい。


私自身も一回経験したことがあったの。なんだかとても気持ち悪かったのをよく覚えているわ。いつか原因を突き止めてやるって息巻いてたんだけど、それが思わぬ形で判明したの。


その日私は日直で、放課後残って教室を箒で掃いていたの。本当はもう一人日直がいたんだけど、風邪かなんかで休んじゃって一人でやってたのね。そうしたら、何かの拍子に机を倒しちゃったの。その机の持ち主は由紀子ちゃんて言って、口下手なのか、あまり人と話はせずいつも一人でいるような子だった。

机が倒れた時に、中に入っていたノートが外に出ちゃって、すぐに戻そうと思ったんだけど、好奇心が出ちゃって中身を見てしまったの。

人としてはダメな行為だけど、私は今でも、この時の行動は間違ってはいなかったと思う。


そのノートは絵日記だった。あまり話したことのない子だったから、普段はどういうことしてるのかなぁって色々なページをめくってみたら、とてもびっくりした。

そこに書かれていたのは、私や私の友達とのことだったの。最初は私たちの話を聞いててそれを自分に置き換えて絵日記に書いていると思ったんだけど、読んでいるうちに当事者にしかわからないことが書いてあったり、何より、私の部屋で遊んだ時のことも書いてあって、私の部屋の絵が描かれていたわ。

小学生の絵だからそこまで上手かったわけではないんだけど、でも見ればわかる、私の部屋の特徴はしっかり描かれていたの。


私はとっても混乱したわ。もう少しじっくり読んでみようと思ったんだけど、先生が教室に戻ってきて、慌てて自分の服の中に隠してしまって、そのまま自分の家に持って帰ってしまったの。


その日の夜、自分の部屋でその絵日記を読んでて、あることに気が付いた。それは、その日記に書かれているのは、「思い出」をなくしてしまった人の視点から書かれてたってこと。この時点でようやく、「犯人はこの子だったんだ」っていう考えに思い至ったの。でも、常識的に考えて本来なら現実にはあり得ないことのわけだし、私はとにかく混乱した。由紀子ちゃんはもしかしたら妖怪なのかもしれないって思ったりもした。

色々な考えが頭を巡りすぎてその日はよく眠れなかったの。


次の日学校に行って由紀子ちゃんの様子を見てみるとどこか落ち着かない様子でなんかソワソワしてた。

机の中をしきりに確認しては不安そうな顔をしての繰り返しをしてたの。その様子を見て、私の持ってる日記を探しているんだろうなというのは簡単に想像できた。

お昼休みに由紀子ちゃんを授業の準備室に呼び出して、二人きりで話を聞いてみようと思ったの。


「ごめんね由紀子ちゃん。いきなり呼び出しちゃって。」

「ううん。大丈夫だよ。それより、どうしたの?美香ちゃん。」

「あの、実はこれ、昨日間違えて持って帰っちゃって…。」

そういって私は例の絵日記を差し出した。由紀子ちゃんの顔は分かりやすく真っ青になって今にも泣きだしそうな顔になっていたのをよく覚えている。

「勝手にあなたのもの持って帰っちゃったのにこういうこと聞くのも失礼かもしれないけど、もしかしてみんなの「思い出」が無くなっているのって由紀子ちゃんが関係しているの?」

私がそう聞いた瞬間、由紀子ちゃんはすごい勢いで日記を奪い取って、私を突き飛ばすと準備室から走り去っていった。どうやらそのまま帰ってしまったみたいでその日の午後、由紀子ちゃんは教室にはいなかった。


その次の日、由紀子ちゃんは学校に来なかった。

もしかしたら由紀子ちゃんは責められているように感じたのかもしれない。私は単純に疑問を解決したかっただけだから、このまま誤解されたままになるのは嫌だったし、何より由紀子ちゃんがもう学校に来なくなっちゃったらどうしようっていう不安もあった。


どうしていいかわからず、その日はずっともやもやしてた。でも学校から帰る直前になって、チャンスが訪れた。

帰りの会で先生が、由紀子ちゃんの家にプリントを持て行ってくれる人を募集していたの。私は迷わず手をあげ、その係を志願したわ。私の家は由紀子ちゃん家から少し離れていたけど、先生に強くお願いしたら私にその係を頼んでくれた。


そして放課後、私はまっすぐ由紀子ちゃん家へ向かった。インターフォンを押すと由紀子ちゃんのお母さんが出て、プリントを渡すついでに少しお話がしたいというと快く家の中へ入れてくれた。由紀子ちゃんのお母さんが言うには、普段友達が来ることがないのでこうして同い年の子が訪ねてきてくれたのがうれしいということだった。


「由紀子?お友達がプリント持ってきてくれたわよ」

由紀子ちゃんのお母さんがドア越しに呼び掛ける。が、返事はない。

「由紀子?入るわよ?」

そういってドアを開けた。由紀子ちゃんはベッドの上で体育座りをしていた。その私を見る目には怯えが入っていた。

「ほら、せっかくお友達が来てくれたんだから元気出しなさい。ええと、美香ちゃん…だったかしら?今お菓子持ってくるからゆっくりしててね。」

そう言うと由紀子ちゃんのお母さんは部屋を出ていった。

二人っきりになり沈黙が走ると、気まずい空気が部屋の中を満たした。


「あ、あの…これ…。」

この空気を打破するために取り敢えず私がとった行動は、先生から預かったプリントを渡すことだった。

「あ、その、あの…ありがとう。」

由紀子ちゃんは素直に受け取ってくれた。少しだけ警戒心を解いたのか、目に怯えはなくなったように見えた。どうやらそこまで敵対心は持たれていないようでホッとした。

「それでね、あの絵日記のことなんだけど…」

私が話題を例の日記に切り替えた途端、由紀子ちゃんの目に怯えが戻った。ちょっといきなりすぎたなと焦った。私はなるべく由紀子ちゃんを刺激しないように言葉を選んで話を続けた。


「あのっ、別に由紀子ちゃんを責めようとか、いじめようとか、そういうつもりは一切なくて、そのっ、興味を持っただけなの。だってとっても不思議なことなんだもの!由紀子ちゃんは超能力者なの?もしそうだとしたら、私、とっても感激だなぁ!きっとこの先の人生でもめぐりはできないようなすごい人に出会ったってことなんだもん!」

実際はものすっごいカミカミでグダグダ喋ってたけど、多分こんなようなことを言ったと思う。取り敢えず、ひたすらに由紀子ちゃんはすごいってことを言い続けていた気がする。


私が一通り話し終わると、由紀子ちゃんは泣き出しちゃったの。急だったものだから、私もどうしていいかわからず、ただおろおろと狼狽えてたわ。

少しして泣き止んだ由紀子ちゃんは、ぽつぽつと話し始めてくれた。


「本当はね、私にも分からないの。私、友達がいないから、他の人が、放課後誰かと遊ぶとか、遠足で何しようかとか、そういう話を教室で聞くとうらやましいなってずっと思ってたの。そうするとね、その夜寝ていると、その「思い出」を夢で見るの。

夢の中だけでも「思い出」に浸れて幸せな気分になれるから、忘れないように絵日記に書いてたの。でも、それを繰り返してるうちに、自分は夢だと思っていたのが、誰かの「思い出」なのに気が付いたの。」

話しているうちに、由紀子ちゃんの目にまた涙が浮かび始めてきた。

「それはやってはいけないってことなのに、私にはね、どうすることもできなかったの。うらやましいって思うたびに、私の「思い出」になっちゃうの。みんなにひどいことしてるっていうのは分かっているのに、自分じゃどうしようもないの!」


話し終えると、由紀子ちゃんは声をあげて泣き出してしまった。きっと由紀子ちゃんは、自分をとっても責めてたんだと思う。それでも、自分の感情を抑えることなんてできないから、余計に苦しんでたんだと思う。

そして私が思いついたのは、由紀子ちゃんが他人の「思い出」をなるべくうらやましく思わないようにする方法だった。


「それじゃあさ、由紀子ちゃんも私たちと一緒に遊ぼうよ!これからは一緒に思い出を作っていこうよ」

「えっ?」

「そうやって楽しい思い出を作っていけばきっと、もう他の人の思い出をとっちゃうこともなくなるよ!ね?いいでしょ?」

「でも…私…その…」

由紀子ちゃんは少しためらっていた。多分自分が、私の友達の輪の中に入っていけるか不安だったんだと思う。それと、今まで他の人の「思い出」をとってきた後ろめたさも。


それでも、私は構わず続けた。

「里奈ちゃんや奈津子ちゃんもきっと仲良くしてくれるよ!二人とも、人と打ち解けるのははやいんだもの!それとも、由紀子ちゃんは、私たちと友達になるのは、いや?」

「全然嫌じゃない!むしろ、私の方から仲良くしてもらいたいくらい!」

「それじゃあ決定だね!今日から、私と由紀子ちゃんは、友達!」

そうしたら、由紀子ちゃんはまたまた泣き出してしまった。でもその涙は悲しい涙じゃなくて、うれしい涙だったの。それを見た私も、なんだかうれしくなっちゃって、なんか知らないけど、一緒になって泣いちゃった。その後は由紀子ちゃんのお母さんが持ってきてくれたお菓子を食べながら、時間も忘れて、本当に色々なことを話した。


次の日から、由紀子ちゃんは私の仲良しグループの仲間になった。最初の方こそ、なんかどぎまぎしてたけど、すぐにみんなと打ち解けることができた。由紀子ちゃんは笑顔でいることが多くなった。

それからは、いつも一緒に遊んだわ。でも、由紀子ちゃんの不思議な力は、私と彼女だけの秘密だった。二人だけの秘密。

だけど、由紀子ちゃんが私の遊び仲間になってから、「思い出」をとられる子はいなくなったから、自然とそのことはあまり思い出さなくなったわ。

そして由紀子ちゃんとの付き合いは小学生だけでなく、中学生、高校生、大学生になっても続いた。




何で私がこんなことを思い出したかというと、実は私は今結婚式の真っ最中なの。今までの人生を振り返る思い出のスライドショーの中で、私と由紀子ちゃんが遊んでいる写真があって、ふと懐かしく感じたの。由紀子ちゃんは就職を機に遠方へ引っ越してしまったけれど、今日、私の結婚式に出席してくれた。


思い出のスライドショーが終わると、由紀子ちゃんは私の席まで来てお祝いの言葉をかけてくれた。

「美香ちゃん、ご結婚、本当におめでとう。」

「由紀子ちゃん、今日は遠いところわざわざごめんね。」

「ううん。大丈夫だよ。だって大事な友達の結婚式だもの。」

「ありがとう。由紀子ちゃんしばらく会えてなかったけれど、元気そうで安心したわ。」

「住んでる場所が場所だからね。それにしても美香ちゃん、ウエディングドレス本当に似合ってる。すごくきれい。」

「ありがとう。値段けっこうしちゃったけど、やっぱりこれにして正解だったな。」

「いいなぁ美香ちゃん。わたしもウエディングドレス着たいなぁ…」

「由紀子ちゃんは結婚はどうなの?」

「まだまだできそうにないよ。いい人が見つからないの。美香ちゃんの旦那さんはとてもいい人そうで、本当にうらやましいよ。」

「えへへ、そう言ってもらえると、私もとってもうれしいな。ところで、二次会はでてくれるの?」

「出たいのは、やまやまなんだけど、明日は仕事があるから今日の夜には飛行機に乗らなければならないの。」

「あら残念。それじゃあ、式の残りの時間は精一杯楽しんでいってね。」


それから式は大きな問題なく終わり、二次会は、由紀子ちゃんがいなかったのは残念だったけれど、大きく盛り上がって終わった。

私は幸せで満たされていた。今日という日は私の一生涯の内で最も大切な思い出になるだろう。














うぅん…朝か…。なんか知らないけど、とっても幸せな気分に包まれてる。なんでだろう…。


それにしても、なんだか少し肌寒い気が…。

ん?あれ?私…裸!?えっ!?なんで!?

ていうか、ここどこ!?私の部屋じゃない!?えっ!?えっ!?

あれっ!?隣で、誰かが寝てる?お、男の人!?誰!?しかもこの人も裸!?

いっ…!!いっ…!!!



「いやぁああぁぁぁあぁああぁああっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」



「うぁ!?!?!?」

私の叫び声で、私の隣で寝ていたその男が目を覚ました。

「あ、あ、あ、あんた誰!?!?ストーカー!?!?ここはどこ!?警察よぶわよ!!!!!!」

「美香!?何を言っているんだ!?寝ぼけているのか!?」


その男は、訳が分からないといった顔をしている。訳が分からないのはこっちだ!!!


「なんで私の名前を知っているのよ!!!!こんなところへ私を連れ込んで、何をする気なの!!!一体私に何をしたのよ!!!」

「こんなところって…ここは僕と君の家だろ!!!!そして僕は君の旦那だ!!!!昨日式を挙げたばかりだろ!!!!!一体どうしたんだ!!!!!!」

「はぁあぁあ!?!?!?アンタ頭おかしいんじゃないの!?!?!?私はまだ独身よ!!旦那どころか彼氏だっていないわ!!!それに昨日は私…、昨日は…」


あ、あれ?私昨日、何してたんだっけ?思い出せない…。思い出そうとすると、なんだか、頭が…痛い…。すごく痛い…。


頭を押さえて唸っていると、私の肩に手をかけ、その男は心配そうに声をかけてきた。

「み、美香!?大丈夫か!?!?しっかりしろ!?!?」

「私に触るな!!!!!変態!!!!!!」


その後は、私とその男の共通の友人やそれぞれの両親がやってきて大騒ぎだった。

私にその男のことを思い出させようと、これまでの思い出の写真や、思い出の品、さらにはその男との結婚式のビデオなんかも見た。そこには確かに、幸せそうな顔の私の姿があった。




けれど、私はついに、その男との「思い出」を思い出すことができなかった。

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