第3話-5 若人の老婆心
気付けば日も長くなった季節だ。18時でもかなり明るく、それでも涼しい風が吹くとまだ薄い長袖は欲しい、そう思う季節。
部室棟近くにある図書館前に俺たちは集まっていた。たくさん並ぶ木製のベンチに仁美と土谷さんが座り、二人の前で後藤と俺がバレーボールを投げ合っている。
「ごめんなさい! その、有平先輩だとばかり……」
後藤が笑いながら返す。
「いや、まさか先輩のほうが小さいとは思わないよな(笑)」
「黙っとけおまえ!!!」
バレーボールをドッチボールのように投げつける。
「ご、ごめんなさい!」
「……あ、いや土谷さんは悪くないから、気にしないで。ね」
「タメ口でお話してしまったし本当に……」
「あー、いいよいいよ。瞬はそういうキャラだから」
仁美が土谷さんの肩を軽く触りながら笑った。
「でもさ、須沢くんかっこいいもん。いいと思うよ。まさにアタック、しなきゃ!」
「――仁美さん! 別にわたしはそんな」
「頑張れ、土谷さん! 俺たちも出来る限り応援するよ! というか、もし土谷さんが須沢とってことになれば、うちのバレー部には伝統が生まれるってことか」
うちの高校のバレー部はマネとリベロが付き合うのが伝統なんだよー!――くだらなすぎてちょっと面白いかも。
土谷さんはこの三人に茶化される雰囲気だと思ってたかもしれないが、隣の仁美が母親のような笑みで座っていることが影響したのだろうか、ちょっとずつ話してくれた。
「さっき有平先輩にお話したことは本当なんです」
バレーボールを投げるスピードを緩めながら耳を傾ける。
「ユニフォームが違う二人をみたときすごく不思議で。こっそり仁美さんにお聞きしました」
「あの人たちは補欠なんですか、ってね(笑)」
思わず苦笑する俺と後藤。
「『あれはリベロっていう攻撃をしないポジションなんだよ』って教えてもらって、そんな面白いポジションがあるんだって思いました。まさに専門職って感じがかっこいいなって思いました」
リベロってそういうかっこよさもあるのか。アタックを打って点を入れるやつのほうが絶対的にかっこいいと思ってた。
土谷さんはやっぱり天然が入ってる。話を聞いてる俺と後藤が気恥ずかしくなるようなまっすぐな思い。吐露した言葉がどれだけ甘いものか、彼女は気付いていないんだ。
「土谷さん」
俺は思わず口を開いていた。
「はい?」
「――俺たちはこっそり応援する」
こっそり、応援する。
一年しか違わないけど、邪魔しちゃいけないと思ったから。本人たちになんとか形にして欲しかったから。
じゃれついてくる後藤を振り払いながら、帰り支度をした。
◆
あの甘酸っぱい部活から数日後。
三限が終わった俺はゼロ棟一階、人だかりのできる購買エリアに向かっていた。階段を降りていると踊り場近くで須沢と一緒になった。
「あ、先輩。おつかれっす!」
そういうと須沢は連れの友達と別れ、こちらへやってきた。
「須沢も購買?」
「はい。今朝は母さんが忙しくて弁当作れなかったので。先輩もですか?」
「俺は常連」
「へえー。あ、そうだ」
須沢がポケットから紙切れを取り出してこちらへ見せる。知ってるテーピングテープがいくつか書かれている。黒鉛の乗り具合から、ついさっき三限の授業中に書いたとみえる。
「手首の固定なんすけど、先輩のオススメありません? 今のやつ滑りが悪くて新しいの探してるんです」
床との接触が多い俺たちのポジションは苦労が多い。とりあえず何個かアドバイスをあげた。
「こっちはやめたほうがいいよ。跡残りすぎる。仁美も詳しいから聞いてみな」
「まじっすか! わかりました。――あと」
「ん?」
「――先輩って吉村先輩といつから付き合ってるんすか!」
「はぁ!?」
こいつがバレー以外のことを聞いてくるのが珍しかった。
「――もしかして須沢ってさ」
「はい? ……いや! いやいや! そうじゃなくて」
察したのだろう。逃げようとする須沢を俺は掴む。
このことはまだあいつらには秘密にしておこう。かわいい後輩君に免じて。
青色の滑走路 遼介 @hkdryosuke
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