第3話-4 若人の老婆心
「よし! 水分補給しろー。五分後にレシーブ練やっぞー!」
「「はい!!」」
部長の号令がかかると、咄嗟に仁美がこちらへ駆けてきた。
「ちょっと、さっきのなに?」
後藤も交えて三人でひそひそと話し始める。
「仁美さ、土谷さんマネに誘ってたんだから結構話はしてんでしょ?」
「うんまあね。GW前から動いてたから」
「じゃあある程度仲良いの?」
「後藤くん、女子のコミュ力なめちゃだめ。特に男子しかいないバレー部なんだから唯一の味方でもあるしね」
「じゃあさ……」
俺に代わって後藤が仁美に耳打ちする。すると仁美が声を上げた。
「うそっ……!!!」
「しーっ! バレるだろ!」
運よくみんなはギャーギャー会話を楽しんでいるらしく助かった。
「――ちょっと待って」
そして仁美が考え込む。俺と後藤は待ちぼうけを喰らう。
「なんだよ」「どうしたの?」
「――うん。やっぱり筋が通る。あのね……瞬、ちょっと頼まれてよ」
「は、俺?」
それは突拍子もなくて、後藤が好きそうなことで、かなりワクワクする内容だった。
◆
打ち合わせ通りにいくだろうか。めちゃくちゃ不安な気持ちをよそに部長が号令をかけた。
「よし! 休憩おわり! レシーブ練やっぞー」
レシーブ練とはその名の通りレシーブをする練習。相手が打ち込んできたアタックボールを受け止めるレシーブをひたすら行う。
コートに一年から六名が入った。リベロの須沢もレシーブならできる。というかレシーブをするのがリベロの大きな仕事だ。このレシーブ練ではランダムに部長がネット際の台に乗って上からボールを打つのでリベロ以外のメンバーもレシーブをする。誰にくるか分からないという緊張感ある練習だ。
そんな中、コート外で練習風景を眺める土谷さんに俺は近づく。遠目で仁美と後藤がこちらをみているが土谷さんはそれどころじゃない。仁美に休憩と言われ、さっき教わった名前をひたすら覚えている。新しい練習が始まったことにもやっと気付いたらしい。
「お疲れ様」
「あ、おつかれさま」
うん。俺たちの読みは当たってそうだ。左手で耳を触る。さっき三人で決めた合図。しれっと二人がゆっくり近づいてくる。気付かれないように、慎重に、会話が聞こえる範囲まで。
「部員多いけどどう? 名前覚えられそう?」
「うん……がんばる(笑)」
「俺の名前、覚えてくれた?(笑)」
「ユニフォーム違うもん。わかりやすいよ」
ニコニコしながら答える。
「――須沢くん。よろしく」
土谷さんのその奥、視界ギリギリのところで二人が音を立てずにグータッチしている気がする。今見たらばれる。無視する。
握手をしながら俺は須沢圭輔になった。
「よろしく」
「リベロっていうんだよね。守備専門とかかっこいいね」
「それは言い方次第。背が低いからやらされるんだよ(笑)」
「私より高いけどね! 先輩は須沢君よりちょっと高いよね?」
「17……6だったかな」
二人の押し殺した笑い声が微かに聞こえてきた。あとでしばこう。
「へえ。でもかっこいいよ。二人だけ違うスペシャリストだもん」
「そうかな」
多分、土谷さんは天然が少し入っている。あとかなり真面目タイプかも。
そろそろレシーブ練が終わりそうだ。早く核心を突いておきたい。俺は覚悟を決めた。
「――あのさ、違ってたらあれなんだけど、さっきサーブ練のとき先輩のことずっと見てたよね、土谷さん」
「……えっ!?」
土谷さんはそう言いながら今まさにコートにたっている「有平先輩」をチラと見る。
「別に誰にも言わないから」
「ちょ、ちょっと待って! 須沢くん、誤解してる!」
少しトーンを下げて土谷さんは続ける。
「須沢君知ってるかわからないけど、有平先輩は吉村先輩と付き合ってるんだよ」
知ってる。そろそろ一年になるらしいよ。
「だからその……そんなことないから」
「もし――」
後ろの二人がさらに近づく。
「――もし、先輩たちが付き合ってなかったら……?」
「……な、なにもしない!! もういいでしょ!」
ごめん、土谷さん。からかいすぎた。
あと、二人がもう耐えられないみたいだ。そろそろ終止符を打とう。
「有平先輩、交代っす!!」
「おー。おつかれ」
「えっ…………??」
「――どうだったよ『須沢先輩』」
「なんすか気持ち悪いっすよ(笑)」
「…………えぇええええ!!!これっ……!!えええええええ!!」
しどろもどろする土谷さん。きょとんとする須沢。
俺と後藤が肩を組みながらコートへ向かい、仁美が開いた口のふさがらない土谷さんをフォローしていた、そんなテスト明けの部活。
作戦は大成功だった。
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