第3話-3 若人の老婆心

 なんだかんだでGWはあっという間に終わり、学校生活が再開した。

 俺の高校は中間テストは五月中旬に行われる。つまり、GW明けからはしばらくのテスト準備期間となり、部活は休みだった。

 帰宅部にとってはなにも変わらない日常かもしれないが、部活組、とりわけ運動部はかなりストレスが溜まる気がする。俺も後藤も「つまんねーなー」と言いながらいつもより早い電車で帰り、形式上は机に向かうようにしていた。形式上は。


 そして今、この地理Bのテストが終われば……三日間に渡る中間テストも終わりだ。

 一分前からカウントダウンをしてみる。ちらほら時計を見ている同士がいた。


 キーンコーン、カーンコーン――



 答案が後ろから前に回されながら「終わったー」という声が各所から聞こえてきた。

 足早に教室を出てリュックを背負い、部室棟へと向かう。

 着替えを済ませ体育館に入り二年全員とよく意味の分からないハイタッチを交わした。


「おっつー!」「終わったわー」「うぃー」「おつかれー」

「瞬、どうだったよ」

「――ま、期末頑張るわ」

 同学年で近況を報告し合いながらグダグダと話していると部員は全員集まったようだ。

 しばらくして、部長と仁美が入ってきて部長の号令がかかった。

「集合ー!」

 整列こそしないが学年ごとまとまってネット際に集合する。何が始まるかを知っている俺と後藤は目配せをしながら駆けた。


「テストお疲れ様」

「「お疲れっす!!」」

「えーみんなに報告があって。今年は一年も結構入ってくれたので――」

 部長が一年を見回す。

「吉村のほかにもう一人、マネージャーに入ってもらうことになった」

 部長の言葉に合わせて仁美がドアに向かって手招きをした。


 仁美に招かれて体育館に入ってきた女子。確かに仁美の言っていた通りかわいい子だ。一年でこの感じなら三年まで進化しかないはず。一年男子にも顔だけ知ってるやつもいたらしくかなりざわついた。

「よっしゃ。じゃあ自己紹介、お願いしようか」

 部長の言葉に軽くうなづき、一歩前へ出る。

「よ、よろしくお願いします! ひ、あっ――吉村先輩とともにマネージャーをさせていただきます、一年の土谷つちやです。あの、バレーは初めてなのでわからないことだらけですが、勉強して、早くお手伝いできるようにがんばります! よろしくお願いします!」

 こんなに大勢が見守る中で挨拶とか俺なら無理だし尊敬しちゃうレベル。緊張しているようだったが男子どもはスピーチの文面は気にしていない。とりわけ一年の間では争奪戦が行われてそうな熱気が伝わってくる。

「はい! 鼻の下伸ばしてないでみんなも挨拶!」

 仁美の一声にハッとしながら「しゃっす!!!」と挨拶が返った。

「土谷さんにはしばらくの間、私がバレー全般の説明を教えていきます。練習中のみんなを見ながらルールとか基礎知識から。その後で練習メニューなどの組み立てや記録のつけ方も教えていくので、それまでみんなには迷惑をかけるかもしれません。協力、よろしく!」

「「はい!!」」

「一年たちのさ――」

 後藤が耳打ちをしてくる。

「――顔が変わったと思う」

「たしかに」


 テスト明けに吹いた清清しい風は、明らかなプラスを運んでくれたっぽい。



 ◆



 挨拶が終わったあと、土谷さんのためにまずは部員の名前を一人一人覚えてもらおうという計らいでサーブ練習をすることになった。個人の雰囲気も掴めるんじゃないかという三年の先輩から出た意見だ。代表者三名のじゃんけんにより、二年、一年、三年の順でやることになった。

 コートの東側に部員が集まるなか、俺と須沢だけは西側へと向かう。仁美と土谷さんは壁際に寄って見るらしい。

「有平先輩」

「ん? なに」

「――燃えますね」

 こいつも士気が高まっていたうちの一人か、と笑みが零れる。

「ま、顔面だけは意地でも避けようぜ」

「フッ……死んでも喰らいません(笑) っしゃー!」

「いっくぞー!!」

 後藤ら二年の声と同時にボールが飛んできた。


 納得がいかないことがあるとすれば、サーブ練習が学年別に行われたのに対して、俺たちリベロは二人ともコートに立ちっぱなしな点だ。おかしい。いや、交代要員がいないのはわかるけど、世の中の不条理がまた一つ見えた。

 二年のサーブが終わり、一年へと交代する。そこで俺もサボる口実が欲しく、こんな提案をしてみた。

「なあ須沢」

「はい。なんすか」

「次の一年のときお前だけでやってみろって」

「え!? まじっすか」

「バシッと決めたら――それはもうかっこいいぞ」

 そういって土谷さんの方向を軽く指す。須沢、悪い。本当は俺が休みたいだけ。ごめん。

「――やります!」

 案外、須沢もまだまだ純粋な一年だ。


 メンバーが変わり一年がサーブのスタンバイをするなか、俺はコート外でペットボトルを咥えた。すると後藤が散歩を待ちかねた犬のように駆け寄ってきた。

「なんだよ」

「さぼりかよー瞬」

「お前らだって休んでんだからいいだろ」

 見ればみな土谷さんの様子が気になるらしく、群れながらも視線だけがチラチラ移動している。

「ずるがしこくなったなお前」

「お前にいわれたかねーよ」


 そして練習が始まる。そこで一年のサーブを一年の須沢が受ける様子を見ているとあることに気が付いた。

「なあ後藤」

「ん?」

「もしかしてさ……」

 その後、俺の視線に気付いた後藤が同じ方向を見る。

「――おいおい、あれって……!」

「だよな」

 視線を前に戻す。確かに須沢が一球一球を返そうとひざを曲げて飛び込んでいる。

 仁美がチラとこっちを流し見た。

 俺と後藤が無言で手を組み、仁美に親指を立てる。仁美が「(は?)」と口を形だけ動かした。

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