第3話-2 若人の老婆心
「じゃあミックスグリルのセットとドリンクバーで」
「かしこまりました。お待ちください」
後藤のお母さんがなんか作ろうかと言ってくれたが、外に出て昼食にすることにした。
GWだがここは混んでいない。同じ学生たちがちらほらテーブル席を占領しているようにみえる。
「で、マネージャーが増えるってどういうこと?」
「本当はテスト明けにサプライズ登場を考えてたんだけど、まあしょうがないね。発表します! このたび、一年生の女子マネージャーを招くことにしました」
俺は不気味に緑色が光るメロンソーダを飲みながら話を聞いていた。
「さっきも言ったとおり一年生増えてから仕事も増えてきて。それで部長に相談したらマネを増やすのはどうかって言われたの」
「さすがに負担が大きいもんね。軽くなるならいいことだな。うん」
後藤が頷く。
「でもさ、こんな途中からマネ入ってくれる子なんているの? 帰宅部ならそれなりに事情がありそうじゃん」
「うん、私もそう思ったんだけどね」
俺の質問にストローでコーラを吸ってから仁美が続ける。
「吹部仲間の子から『帰宅部なんだけどマネ仕事を探してる子がいる』って言われて、それで紹介してもらったの。運動部には興味があったけど自分は運動神経が無かった、とか言ってた」
「それで仕方なく帰宅部だったと」
「バレー部は私がいるから枠はないと勝手に思ってたみたい。やりたいならやってみればいいと思って、マネなら運動部に在籍って形になるし仕事も楽しいよって宣伝してみた」
「真実を隠すとは魔性の女だな」
仁美がこちらをギロリと睨む。
「あんたたちのゼッケン洗ってるのも私だからね? データ記録も、雑用も、それから……」
「わかったわかった」
俺は運ばれてきたおろしポン酢ハンバーグにナイフを入れて視線を交わした。
ひとしきり食事に集中したあと、ドリンクバーのコップだけが残されたあとも話題が続く。
「そうそう。一つだけ心配なことがあるの」
「なになに」
スープバーのおかわりから宗孝が帰ってきた。
「その子、バレーを全然知らないらしくて」
その瞬間、思わずメロンソーダが気管に侵入した。
「ゲホッゲホッ!! な、なにそれ(笑)」
「それはおもしろそうじゃん(笑)」 「かなりカオスになりそう」
バレー部には関係ない宗孝もつっこむ。なぜだ。なぜそんな子をマネに引っ張ったのか。
「だ、大丈夫でしょ! 私だって経験者じゃなかったし」
「いやいや! 仁美はある程度ルールくらい知ってたじゃん」
「そうだけど……まあ教えていくから任せて。うん」
小さくガッツポーズをみせる仁美。
「でさでさ、仁美ちゃんにまだ聞いてない大事なことがあるんだけど」
「なに?」
後藤が目を輝かせている。
「お前の聞きたいことなんて想像つくよ。かわいいか、だろ」
「!? さすが瞬、よくわかったなー! ナイスコンビだな」
仁美が少し笑ってから真面目な顔になる。
「後藤君、喜びなさい――びっくりするくらいかわいいです!! もうね、妹にしたいくらい」
「よぉおおおおっし!!」
「うるせー! 静かにしろ!」
悲しいかな、宗孝の声は後藤には届いていないらしい。
仁美が笑いながらたずねる。
「なになに、後藤くん狙うつもり?(笑)」
「そりゃあかわいいなら仲良くしないとね! 期待の後輩マネだもんなー!」
「でもお前彼女作らないシュギじゃん」
そう。後藤はむかつくけど無駄にイケメンだしかなりモテる。でも彼女を作らない。
「そういえばなんでだ?」
宗孝も気になっていることだ。
「お前ら。意中の人がいる中で俺は一筋にいきたいんだよ!! まっすぐに! そうあれは――」
少し傾き始めた太陽の光が店内に届きはじめる。後藤は腕を組みながらその光を見つめる。たぶん、おそらく、どうせ、めんどくさい展開。話を遮ろう。
「結論、片思い中なんだろ?」
「おい、瞬!! 話はまだ終わってないって」
「なるほどなぁ」「なるほどねぇ」
「二人も聞いてってば!」
ファミレスを出てからはカラオケに行くことになった。なぜだ。勉強会とは概念だったのか。
俺は宗孝に聞けなかった物理の疑問点を頭に残しながら、立ち上がってラブソングを熱唱する後藤、その隣で笑いながら手拍子を小さく取る仁美、次の曲を黙々と探す宗孝の姿をぼーっと眺めていた。
なぜだかわからないけど、この光景がしっかりと頭に焼きついた感じがした。
そうだ、この前もらった新しい鉛筆画。
マンションだろうか、そのベランダに青年が一人。手すりに両手をかけながら向かいには都心の街並みが少しだけ覗いている。空中には旅客機が一機。
白黒だが俺には夕焼けが差し込んでいるように見えた。
今のこの風景としっくりきた。
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