第3章(全5話)
第3話-1 若人の老婆心
学校がある日よりも全然遅い8時。俺は眠い目を必死に開けながら納豆をかき混ぜていた。
テレビでは東京へ向かう高速道路の渋滞情報をニュースキャスターが伝えている。空の便は全日空で満席、日本航空は空席わずからしい。鉄道は……そんなことはどうでもいっか。
あの事件の後、姉貴は反省文を真面目に書いて提出した。姉貴がまともに反省文を書いたことに対して阿久津は少しおろおろしていたらしい。その姿はぜひとも見たかった。今日は朝早くから青春のミニ合宿だとかいって出て行った。多分三年の友達の家でひたすら曲を作るだけだ。
納豆が真っ白になっていることにようやく気付き、タレとからしとチューブ生姜を加えてご飯にかけた。
とりあえず勉強会ってことでテキトーに問題集をいくつかリュックに入れた。教科書とかはどうせ宗孝が持ってるしそもそも俺のやつは学校に置きっぱなしだ。ルーズリーフのファイルと筆箱ぐらい持って行けばなんとかなるだろ。
半袖が心地良い空の下、玄関を飛び出した。
◆
駅の改札を抜けると通路の端々で待ち合わせをしている人が多い。GWを実感した。高一みたいな若い顔も多く感じた。
駅から歩き、お馴染みの商店街へと入っていく。俺は商店街の一角にある団子屋に立ち寄った。
「みたらし2、ごま2、よもぎ、あんこ、ください」
「はいよ。480円ね」
どうも、と受け取るが手土産にしては物足りない気がしてくる。そしてコンビニにも立ち寄り品数を増やすことにした。
後藤の実家である八百屋は今日も朝から繁盛している。この活気を見るとあいつは手伝わなくていいのか不安になる。店に入ると後藤のお父さんと目が合った。
「ちわっす」
「おー! 瞬くん。もう宗孝くん来てるよ。さあさあ上がって上がって」
「お邪魔します」
「ゆっくりしてけな。 はい、いらっしゃい! 何にしますか奥さん!」
接客中のお母さんには軽く会釈をしてから急な階段を上って二階へ上がる。
ふすまを開けると宗孝はベッドに座ってスマホを眺め、後藤は床に寝転んで漫画を読んでいた。
「おはよー」
「おはよ」「うぃーっす」
急ごしらえしたであろう小さな机とちゃぶ台が一つずつ、部屋の真ん中に置かれていた。ちゃぶ台の上にはきだいパンのパンが山盛りになっている。
「後藤、これ」
「おっサンキュー。 団子とアイスって変な取り合わせだな(笑)」
そう言いながら後藤がアイスを冷凍庫へ移しに下へ降りていった。
「二人で来ると思ってた」
「ん? あぁ、仁美なら遅れるって」
「そっか」
後藤が戻るも、仁美無しでこの三人が進んで勉強など始めるわけもなかった。
◆
「だーかーらー、このCクイックがかっこいいんだって!」
今は後藤が左手にみたらし団子、右手でバレー雑誌を指差しながら宗孝に熱弁しているところだ。
「じゃあこのサインは?」
「それはBクイックとみせかけてのツーアタック」
おい後藤、友達とはいえサインを教えたら部長に怒られるぞ。
「覚えんの大変だな。瞬はサイン覚えてんの? リベロは攻撃しないんだろ?」
「覚えてるよ。チームがどう動くかを知らないといけないし」
きだいパンの焼きそばパンを
そのとき、仁美が到着した。
「――やっぱ遊んでるか」
「お、仁美ちゃんおはよー!」
「みんなおはよ。さっさと準備しなさい」
とりあえず勉強会っていう名目は果たす。
仁美の数学は俺が教える。宗孝は後藤に全ての基礎を叩き込む。飽きたら役割を変えて宗孝が俺に物理を教える。後藤が漫画に逃げると、仁美は一人、バレー部のMA仕事を片付けていた。
途中、俺に物理を教えている宗孝が心配そうな顔をするたびに、ピリッと緊張感が高まった。
「――瞬さ、中間はとりあえず応急処置だな」
「え! 瞬そんなやばいのかよー」
後藤が他人事のように口を出す。
「中間はとりあえず基礎だけ固めて、期末までに平均を出すようにするのがいいかもよ」
「うーん……」
中間の点数が悪くてもそこまで問題は無い。大事なのは期末テストだ。
こいつの点数が悪いと、科目によっては補習、追試が行われる。時間と労力が非常にもったいないことになるわけだ。
「頼む、宗孝! 必ず平均がとれる必勝法を!」
「そんな都合良い話はない」
◆
「にしてもさ、数学できて物理ができないって不思議だよねぇ」
仁美がノートに目を落としながら言う。
「なにやってんの?」
「これはバレー部の仕事。練習メニューをリストアップしてるんだけど」
すると後藤が漫画を放り投げて食いついてきた。
「だったら俺のランニング少なくしといてね」
「だめにきまってるじゃん(笑)」
「ちぇっ。でもさ、今年って俺たちの年より一年多いよな」
確かに後藤の言うとおり、一年生の人数は予定数以上だったと先輩たちが話してた。
「でもリベロは一人だけしかいないけど」
俺はボソッと口に出した。
「いいじゃん! 瞬専属の後輩とかうらやましいぞ」
「専属っていうかそうならざるを得ない、ってだけ」
「最近、仲良いよね。瞬と後輩リベロ君の……須藤君、だっけ?」
仁美がノートを戻して部員の名前が載っている箇所を探しながら言う。
「
すると宗孝が口を開いた。
「そういえばたまに教室に来てた一年ってその子だったの?」
「そうそう」
「うんうん。後輩っていいなぁ」
後藤は先輩という身分になった自分が好きなんだろうな。確かに慕われることは嫌じゃない。むしろ気持ちいいくらいだ。
気が付けば勉強そっちのけで部活の話をしていた。そして後藤が気付く。
「てかさ、一年多くなったし仁美ちゃんの負担って増えまくりじゃない?」
「ふっふっ。それについては実は作戦がありまーす!」
えっ、と三人が耳を傾ける。とりわけ俺と後藤は前のめりになっていた。
「実は、マネージャーが増えます!」
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