第2話-5 視線と爪痕

 体育館。衝撃のコンサートホールとなった場所。その中に二十数名の姿があった。


 仁王立ちして、短髪の髪の毛をそれでも逆立てて、目尻の血管が漫画のように浮き出ている阿久津 剛。その隣に施設管理課の用務員のおじさん。さらにお隣、実は軽音部顧問の宮城先生。

 その前に綺麗に直立不動している、軽音楽部の面々。


 どこか既視感のある光景。違うのは俺らが体育館の外にある小窓から覗いている点だった。

「あれはやばかったな」「まじかよすげえ(笑)」

 行き交う人々、小窓で俺たち同様覗いている人間からこぼれる言葉はどれも同じだ。

「姉ちゃんぱねえな。かっこよすぎるって」

 後藤が覗きながら言う。

「伝説になったな」

 宗孝が俺の肩に腕を回しながら言う。


 ボーカルのジャンプに合わせて裏でスタンバイしていた吹奏楽部の面々が大量の爆竹に火をつけた。爆竹は相当数用意されていた。

 地上に置いて、少しだけ打ちあがるタイプの花火も盛大に使われた。頭上の閃光はこいつだった。


「阿久津先生。被害としては多少なりとも床が黒く焦げたことくらいですね」

「――そうですか。修復はどうですか」

 部員をまるで呪うように睨み付ける目線は絶対外さずに、阿久津は用務員のおじさんに尋ねる。

「焦げはねぇ~。まあ気にならない程度までなら消せるでしょう」

「――よろしく、お願いします」

「本当にお騒がせしました」

 阿久津に続き、宮城先生が深く頭を下げた。


「阿久津、ブチ切れてるな(笑)」

 後藤の他人事感が光る。

「こえー。一年の俺だったら多分チビってる。」

 手汗を少しかきながら俺が言う。

「お前らだってこの前はあそこにいたんだろ」

「俺たちのはかわいいもんだったわ。な、後藤」

「んだな」



 三人揃って小窓から覗いているところへ、仁美がやってきた。

「事情聴取、終わった?」

 宗孝が仁美にたずねる。

「うん。まあ吹部とか他の人たちは知らなかったことだったしみんな無罪」

「仁美も知らなかったの?」

 少し声を潜めてから、仁美が俺たちの耳元でささやく。

「ほんとは私は聞いてた。宮城先生にも内緒にしてって夏穂さんにも頼まれてて。でもこんな量使うなんて予想外だったよ(笑)」


 軽音部員は反省文の提出と、二週間にわたる体育館の掃除を命じられた。



 ◆



 引き出しを開け、万年筆を取り出す。そしていつもの便箋を準備する。

 とりあえずここ最近の事件を面白おかしく教えてあげたかった。同じ体育館という場所で同じ血を引く二人が同じように怒られる。まさに落語にでもありそうなネタ。

 楽しく筆が走る。スラスラと書けるのはやっぱり気持ち良い。

 おしまいに、この前もらった鉛筆画について感想を付け足した。


 【俺が見たことのない景色だったよ。見てみたいけど見るのが怖そうな景色だった。】


 糊付けをしようとしたとき、一階から母さんと姉貴の声が聞こえてきた。



「だから! あんたはもうバカなことしかしないんだから!」

「大丈夫だってお母さん。内申書とか影響ないし、わたしも女子高生らしい青春したかっただけだもん」

「夏穂ね、大学生になるんだから少しは落ち着くってことを知りなさい!」


 阿久津に叱責された後、堂々と打ち上げをしてから帰ってきた姉貴は多分早く寝たいんだろう。母さんに文句を言わないあたり、様子がおかしいのがすぐわかる。

 いくつか母さんの戒告を受けてから姉貴が二階へと上がって来た。


「すげーじゃん。伝説作ってさ」

「ちゃんと見てた? やっぱりこれこそ青春、なわけ」

「もう少しで俺たちの部活場所が無くなるとこだったけど」

「ちゃんと消火器も用意してあったんだから。そこらへんは大人なの」

 ガチのマッチポンプってやつじゃんか。

「瞬もさ――まあその色々やりな。 じゃおやすみ」


 あくびをしながら部屋に戻る姉貴が、ほんの少し、極限をとればゼロになるくらいだけかっこよかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る