事後処理

「さてと、報告は以上で大丈夫かな?アルファ…いや、有明 楼」

「以上です」


俺こと有明 楼は今回の任務で起きた一部始終を纏めた報告書を部長に渡していた。


「ふむ、鬼が復活した…か」

「申し訳ありません。こちらが油断をした結果です」

「そんなことはどうでもいいさ。勇者と対等に戦える人間は少ない。それも上位レベルならこの隠密部ではアルファとベータ、お前たち二人くらいだろう?」

「あ、ありがとうございます」

「…」

「ベータは素直だな。まぁ、アルファに関しては今回失敗した人間だから余計に口を開きづらいか」


俺の沈黙は部長からそう捉えられる。

それもあるが、今回の任務は言ってしまえば失敗だ。


それも自分の油断の結果だ。


勇者に勝てる…と、言い切れない。

あの瞬間、俺は勇者の動きを察知できていなかった。


それが続けば…


「んで、お前達二人、似非霊能者達が新たに組織に加入すると」

「え、あ、はい」

「よ、よろしく…お願いします」


裕太と椎菜は部長に対してガチガチに緊張した様子で返事をする。


「そんな緊張するなって、俺はお前達の先生だ。それに、俺はアルファとベータには勝てないからな」


そう言って部長は二人の頭に手を置く。


「にしても、アルファが拾ってくるなんて珍しいな」

「ニヤニヤと気持ち悪い笑顔で口を開かないでください」

「酷くね?」


少しイラっとしたので強めの言葉を言うと分かりやすく部長は落ち込むそぶりを見せるが…


「他の部署等では子犬を拾うようにぽんぽん関係者を増やす人間もいるからな。お前達に関しても問題はない。ベータも拾ってきて今の人数だからな」

「ぶ、部長!その話をするのは無しでは!?」


焦るベータは部長を睨むがそんなものを気にした様子もなく部長は話を続ける。


「君らの存在は大きな意味を持つことを理解してるかな?」


二人は首を振る。

ベータと俺はなんとなくはわかっている。


「ま、君らはこう言った世界で生きていた訳ではないから分からなくても仕方ない。今回の件、ぽっと出の政府公認組織と昔から秘密裏に認知だけされ続けてきた陰陽師の戦争だ」

「せ、戦争ってそんな大袈裟な」

「何故、日下部はそれが大袈裟と言える?言ってしまえば君らのやってきたことを真っ向から否定するための戦いだ。その交錯で例え数十人規模で争うものであろうと人は戦争と呼ぶ」


裕太の顔が青ざめていく。

そして、分かりずらいが椎菜も結構なショックを受けているようだ。


「やはり、その自覚は無かったか。まぁ、だからこそ君らが一番問題がないと言えるか」

「そ、それって…」

「君達はアルファの下に着くと共に組織と陰陽師の架け橋になってもらいたいのだよ」


二人は複雑な顔をして見合わせると俺を見てくる。



全く、世話の係る眷属達だ。


「二人とも安心しろ。複雑に言ってはいるがこれに関してはやってもらう、もらわないじゃないお前達と言う存在が陰陽師との繋がりを強くする要因だ」

「いや、それは…わかってはいるけど…でもいいのか?俺たちで」

「た、たしかに…私は貴方の巫女だけど…私に務まるの?」

「二人とも理解してないな。まず、裕太。お前は分家とは言えでも一子相伝を持つ非常に強力な陰陽師だ。そんな家の息子が立場として務まらない?んな、訳あるか」

「た…たしかにそうなのか?」

「椎菜、お前はさっきも言っただろ。務まる務まらないより、陰陽師であるお前達が組織に家公認で預けられてることが1番の働きだ」

「…そ、そう言うもの?」

「だから、安心しろ」


俺はそう言って椎菜の頭に手を置く。


凄く嬉しそうな椎菜を見て個人的には複雑な気持ちにはなる。

巫女である故に少しでもプラスの感情があればそれが何倍にも増幅される。

それを知っている身としてはしてはいけないことをしてる気分になる。


「相変わらず、自分の部下に対して扱いが丁寧だな。部長であり先生である俺の扱いは雑なくせに」

「何に対する嫉妬ですか?部長」

「嫉妬ではない、ムカついただけだ」


ガキか何かか?

いや、まぁ部長は前からこんなものだったな。

そうして挨拶や報告が終えていくと部長は手を叩く。


「さてと、これで今日の仕事は終了だ。各人解散!」


部長はそう言うとベータはすぐに帰っていく。

俺も二人に帰るように促す。


「あ、忘れてた。すまん二人とも先に戻っててくれ」

「え、楼帰り道ってこっちで合ってるよな?」

「合ってる合ってる」

「えっと、有明…楼、なんか変なこと考えてる?」


椎菜に怪しまれる。

それもそうか、普段は巫女に対して思考を隠すことはしないのに急に不鮮明な状態にされてるもんな。


「いや、別にな。ちょっと今回の後処理にお前達がいると言い辛い内容を言い忘れててな」

「それわざと忘れてるだろ」

「言い出すタイミングがなかったんだよ!」


裕太の指摘は助かる。

お陰で少しだけ話を逸らすことができた。


二人を見送ると俺は部長のところに戻る。


「それで、部長何の用ですか?」

「その前に、お前一人か?」

「はい、俺一人です」


部長はいつになく真面目な雰囲気で俺を睨む。

おぉ、怖い。


「そこまで思ってないのに表面で薄っぺらく考えるな」

「やっぱり、部長にはバレますか」

「これでも隠密部の部長だぞ。他者から得られる情報に対しては得意だぞ」


まるで敵を見るように言葉を放つ部長。

威圧は先ほどまでのものとは違い、おそらく勇者くらい相手にできるだろう。


「貴方こそ、いい加減な言葉やめてくれませんか?さっきの勇者の相手できないとか嘘だろ」

「嘘ではないさ。表ではな」


やれやれと微笑う部長。

正直、いつ見ても思うがこの人の底が一向に見えてこない。


「んで、部長からの報告はなんですか?」

「お前が捕らえた勇者の情報とこちらの調べた情報の統合をもう行った」

「あの二人、もう吐いたんだな」

「お前のお陰ですぐ終わったよ。後ほどガンマに預ける予定だ」


ガンマか。

あまり関わらないから分からない相手だが、俺とベータと違い戦闘力は無い。

しかし、隠密部らしい諜報能力が高くガンマの部隊の部隊員は名前も出自も捨てたものが多い。


ある意味、最も秘密組織に近い部隊だろう。


「それで本題は?」

「この地区以外の封印されていた存在については知ってるな?」

「まぁ、知ってはいる。詳しくは無いがな」

「なら話は早い。その封印が全て解かれた」

「勇者達の仕業か?それなら問題は…」

「いや、それ以外の存在だ。勇者達はあくまでも一番近くのここしか狙ってないみたいでな」

「要するに別の勢力が動いてると?」


俺の言葉に部長は頷く。

たしかに厄介で、綺麗に終わってるような状況だと思ってる新人には聞かせ難い話だろう。


「なるほどな、それで俺に意見が欲しいと…でも、それだけじゃ無いんだろ?」

「やはり、お前は察しがいいんだな」


部長はそう言って少しの時が経つ。

そして、俺に一枚の書類を渡してくる。


「お前にはある勇者達を知っているな?」


その書類に書いている名前と顔を見て俺は笑う。


「全く、生きてるなら報告をしてもらいたいものだな」

「それは肯定と取っても?」

「さ、どうだかな」


俺はそう言うと書類を放る。

その放った書類は燃え始めて、塵となっていく。

そんな中で僅かに残る破片。


「だが、一つ言えることは今回の一件と関わりがあるのはコイツだけだ」

「桜木 野良(さくらぎ のら)か」


俺は何も言わずに部屋を出る。

懐かしい名前に思わず動揺をしてしまったから。

この状態で話すと余計なことまで言い出しそうで不安だった。



**



日曜日の昼、事後処理は今日の朝まで続いて、俺は疲れた体で校門前に立っていた。


「この時を待ち侘びていたぞ楼よ」

「よっす、犬神」

「うむ、今日もまた表の世界は平穏であるな」

「そうだなー平和だなぁ」


犬神の言葉に俺は遠い目をしながら頷く。

今朝まで事後処理を色々としていた身としては平穏になって良かったと思っている。


「あれ、裕太は」

「我も知らぬぞ」

「そっか、家の用事かな」


あいつも忙しそうだったし、今日は結局来れないのかな。


「おーい」


そう思ってると走ってこちらに向かってくる人影があった。

それは手を振って大きな声でこちらに呼びかけている。


「「裕太」」


「遅れてすまない」

「別に構わぬ。このようなゆっくりとした時間もまた我には必要なのでな」

「気にすんな、犬神もあいも変わらず訳わからないこと言ってることだし、行こうぜ」


疲れて膝に手をついている裕太に俺と犬神は手を差し出す。


「あぁ!」


その手を裕太は取る。

それは日常のちょっとした出来事なのかもしれない。


それは当たり前のような光景なのかもしれない。


でも、明日も見えない少年にとって…



それは奇跡に近い光景だったのかもしれない。


「なーんてな」

「どうかしたのか?楼」

「足が止まっておるぞ、我々はこの日を楽しまねばならぬのだぞ」

「あぁ、分かってるよ」


俺は二人と一緒に町を歩く。


当たり前を享受する。


なんて事のない日常として。

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世界はどうやら魔法を認識したようです ARS @ARSfelm

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